イン・ザ・ハイツ : 特集
“2021年の暫定No.1”いま世界で最も感動と共感を呼ぶ
絆と希望のドラマ! ミュージカルが苦手な映画.com
編集部員も時を忘れてドハマリした映画体験をレビュー
2021年が半分を過ぎた今、編集部・尾崎秋彦は“今年のNo.1作品(暫定)”に巡り合うことができた。7月30日に公開される「イン・ザ・ハイツ」だ。
ジャンルはミュージカル。正直、僕はミュージカルが苦手な部類なので、本作にここまでハマったことに自分でも驚いている。劇場のフカフカのシートに深く腰掛け、スクリーンで躍動する音楽とダンスとドラマに刺激され、スピーカーから放たれる音楽に浸ると、体中に幸福感が溢れ出していった。
絶賛するのは、何も僕だけではない。海外のスターたちもこぞって、その映画体験を「最高だった」と恍惚の様子で語り合っている。この特集では「イン・ザ・ハイツ」の魅力を、①世界の評価 ②鑑賞したレビュー から詳らかにしていく。
次に観る映画を探している人は、作品選びの参考にしてみてほしい。(構成・文/尾崎秋彦)
ヒュー・ジャックマンらスターたちが絶賛に次ぐ絶賛!
ミュージカルが苦手な映画ファンにこそ観てほしい一作
[世界絶賛]海外スターたちも、あの辛口批評サイトも…相次ぐ“最大級”の評価!
作品の概要は映画.com内の作品情報で確認してもらうとして、まずは本作への評価にスポットを当てていこう。
「X-MEN」のウルヴァリン役や、「レ・ミゼラブル(2012)」「グレイテスト・ショーマン」などで知られる人気俳優ヒュー・ジャックマンは、自身のTwitterアカウントで「圧倒された」とコメント。「演技もダンスも音楽も演出も信じられないくらいに素晴らしい。自分がミュージカルをやっているからって全てのミュージカルを見ているわけじゃないし、すべてのミュージカルが好きなわけじゃないけど、この映画は圧勝だ」と興奮気味に語っていた。
さらに若年層から圧倒的な支持を受ける歌手アリアナ・グランデも、Instagramアカウントで「この映画がなぜこんなに美しく完璧なのかが理解できないくらい。驚くほどの出来栄え。とてもとても、美しい」と感激した様子だ。
そして超辛口で知られる映画批評サイト「Rotten Tomatoes」では、驚異の満足度99%(5月28日時点)を記録。「アカデミー賞間違いなし。10年に1本の傑作ミュージカル。いま世界に必要なのはこの感動だ」などと断言していることから、その映画体験の素晴らしさが予感できるだろう。
[世界共感]絆と希望の人間ドラマに、映画ファンなら心揺さぶられるはず!
本作は新型コロナウイルス感染拡大により、1年以上も公開延期を余儀なくされていた。そして現地時間6月4日、ついにアメリカ公開された際には、現地の映画ファンたちは普通ではない熱狂をもって本作を迎え入れた。なぜなら、アメリカがコロナ禍を乗り越え、再び“以前の日常”を取り戻した象徴となっていたからだ。
Rotten Tomatoesの評に、こんなものがあった。「映画館への見事な凱旋。私たちがなぜ大スクリーンで映画を観ることが好きなのか、その理由を何度も何度も思い出させてくれる」。
物語の舞台となるのは、ニューヨーク“ワシントン・ハイツ”。いつでもどこでも音楽が流れている、実在する移民の街だ。そこで育った4人の若者たちは、つまずきながらも自分の夢をかなえようと生きていた。
ある時、社会の変化により街の人々が住む場所が奪われそうになり……逆境に立ち向かう人々の絆、若者たちの夢を乗せた“魂の歌唱”と“圧巻のダンス”は、映画ファンならば必ずや心を揺さぶられるはずだ。
編集部・尾崎が本気でドハマリ「2021年No.1です」
ラストに最大の感動が押し寄せる映画体験をレビュー!
ここからは筆者のレビューを掲載。繰り返しになるが、僕はミュージカルが苦手にも関わらず、本作が“僕の2021年No.1映画”(7月末時点)となった。その理由を3つにわけて紹介していこう。
[ミュージック]心躍るパワフルな歌とダンス!すさまじい興奮が連続で押し寄せる!
シートに座り場内が暗転し、ワーナー・ブラザースのロゴが映し出された。僕は、大丈夫かな~、ミュージカルにハマったことないんだよな~、でもアメリカでかなり絶賛されてるしな~、と、正直に言えばやや引き気味だった。しかし。そんなローテンションは、オープニングシーンから即座に吹き飛ばされることになる。
いきなりスクリーンに映し出されたのは、エメラルドグリーンの波打ち際を上空から垂直にとらえた俯瞰ショット。同時に「ドゥッドゥッドゥッドゥッ」という何かが始まる予感をはらんだベースが刻まれ、次いで素早いカッティングで代わる代わるワシントン・ハイツの街並みが登場する。
そして、ベッドから起きたウスナビ(主人公)が歌い始める。「イン・ザ・ハイツ!」。ラップ、R&B、ポップス、ジャズ、カリプソ、様々なジャンルを横断する音楽はのっけからハイボルテージで、爆音のシャワーが僕の肌をビシビシと叩いた。500人以上が一斉に躍動するダンスシーンは、ローに決まっていたテンションのギアを一気に上げ、感情がドドンパ(富士急ハイランド)ばりの経験したことのない速度で昂っていく。シンプルに衝撃的だった。
始まって10分ほどしか経っていないのにこれだ。このペースでいけば、やがて僕はぶっ壊れてしまうんじゃないか。怖いくらい楽しんでいる自分に気づき、ヒュー・ジャックマンらが絶賛する理由が感覚的に理解できた。オープニングだけでも鑑賞料金1900円の価値は十分ある。ひょっとすると、映画史に残る数分間なんじゃない?とすら思った。
また「ドラマの合間に歌が挟まれる」のではなく、「歌の合間にドラマが挟まれる」ノリなため、よく言われる「急に歌い出したな」という違和感は70%オフ。この押し寄せる楽曲の波に溺れるような体験は、例えるなら音楽フェスに近い。フェスは結構、好きだ。だからミュージカルに親しみがない僕でもここまで楽しめるのか。マスコミ試写じゃなければ、きっと僕は、タオルを振り回しながら「フォー!!」とか叫んでいただろう。それくらい楽しかった。
[メッセージ]何度でも立ち上がる――世界中で広がる“今の生き方”を色濃く反映?
音楽の力も素晴らしかったが、物語の力も同様に素晴らしかった。ウスナビら街の住人たちは、底抜けに明るく、のんびりと心地よく生きているように見える。しかしそれは表面上の振る舞いに過ぎない。
ざっくり説明すると、街の人たちは地価の高騰により住み慣れた我が家を追われる経済的危機に見舞われていて、ウスナビたち4人の若者も金銭的問題から「この地で安住するか、ここでないどこかで夢を追うか」のジレンマに悩まされている。“陽気なミュージカル”を一口かじれば、中からビターな社会派テーマがこぼれでてくる――。
物語を読み込めば読み込むほど、そうしたギャップに驚かされる。カリブ海の人々がアメリカに移り住んだ経緯や、ニューヨークの郊外に生じる切実な金の問題、Z世代のラテン系の人々をめぐる差別の変化などを事前に把握しておくと、この物語は一段も二段も三段も深みを増していく。これは映画好きにはたまらない要素だった。
本作はやがて、「苦しい時こそ、正しい行いができるか」を問うエモーショナルなシークエンスを経て、開始直後に抱いていた予感をいい意味で裏切るラストへと突き進んでいく。エンドロール前に待ち受けるのは、最後にして最大の感動。彼らの生き方に感化され、劇場を後にした“あなた”の生き方も変わる。そんな体験ができるはずだ。
[クオリティ]スタッフには“現代最高峰”の名手たち 自信を持っておすすめできる“傑作”
最後に。本作を創出したクリエイターたちを紹介し、カーテンコールとしよう。
監督はジョン・M・チュウ。ほぼアジア人のみのキャストにも関わらず、アメリカで異例のヒットを記録し“歴史”をつくった「クレイジー・リッチ!」で知られる時代の寵児だ。本作ではほぼラテンの人々のみを主軸に据えた物語をきっちり映像化。社会派のテーマを軽やかなモチーフにのせ、軽妙洒脱に描き切るセンスが、今回も存分に発揮されている。
そして原作は、ブロードウェイで大ヒットを記録した同名ミュージカル。これを生み出したリン=マニュエル・ミランダが、とにかくもう、本当にすごい男なのだ。
ミュージカルファンにとっては常識だろうが、ミランダはピューリッツァー賞(文学など)、グラミー賞(音楽)、エミー賞(ドラマ)、トニー賞(演劇)といった“各界のアカデミー賞”の受賞歴を持つ俳優・演出家。映画監督で例えて説明しようと思ったが、類似するクリエイターが存在しないから困った。唯一無二のヒットメーカーである。
彼はプエルトリコの移民の息子であり、ワシントン・ハイツは実際に住んでいた街。「イン・ザ・ハイツ」は25歳のときに執筆した作品で、ミランダ自身の切実な感傷がこもっている。そのことが観るものの胸を強くノックする源泉に。ミュージカル版はトニー賞4冠とグラミー賞最優秀ミュージカルアルバム賞を受賞し、今もなお愛され続けている。
時代の寵児と、現代最高峰のヒットメーカーがタッグを組んだ本作。考えてみれば「面白くないわけがない」作品だったのだ。
さあ、映画館へ出かける準備はできただろうか? 1人でも多くの読者が、僕と同じ感情になってくれることを願っている。