「アルマゲドン級」アド・アストラ アラカンさんの映画レビュー(感想・評価)
アルマゲドン級
字幕盤を鑑賞。”Ad Astra” というのはラテン語で「星々に向かって」という意味である。ブラピが初の宇宙飛行士役を演じ、プロデュースも兼任しているという力の入れようである。近未来の話で、月や火星に大規模な基地が建設してあり、ハブ空港として機能していて、多くの人間がそこで仕事に従事しているという時代設定になっている。
冒頭のシーンは宇宙船のシーンかと思ったら、宇宙空間まで伸びた超巨大なアンテナという設定である。非常に見事な世界が描かれているが、多くのオペレーターたちが宇宙空間での保守作業中に、ある異変によって大きな災害が発生してしまう。「アルマゲドン」や「ゼロ・グラビティ」などで既視感のある展開であるが、このシーンは非常に見応えがあった。
映画の全編にわたって宇宙飛行士の心理チェックが描かれているのは、人間はパニックを起こす生き物であり、誰も助けてくれない宇宙空間でパニックを起こされるとミッションが失敗してしまうためである。旧ソ連の宇宙開発で初めて女性飛行士となったテレシコワは有名だが、宇宙空間でパニックを起こしてしまったため、彼女の後 19 年間も女性飛行士が登場しなかったという史実がある。
人間は狩猟も農耕も一人で行うのは困難であるため、集団生活が不可欠であり、孤独は空腹と同じように致死性を持つことが研究の結果明らかになっている。マサチューセッツ工科大学(MIT)の神経科学者らは、孤独感を生み出す脳の領域を特定しており、背側縫線核(はいそくほうせんかく、DRN)と呼ばれる部分で、通常はうつ病とのつながりで知られる部位である。複数のネズミを一緒に飼っているとき、ネズミたちの DRN のドーパミンニューロン(ドーパミンを産生する神経細胞)は比較的落ち着いているが、一時的に仲間から引き離した後、再び一緒にすると、このニューロンの活動が著しく高まることが観測されている。
このため、アメリカの宇宙開発において、一人乗りの宇宙船しかなかったマーキュリー計画では、最長2日のミッションしかできなかったが、2人乗りの宇宙船が投入されたジェミニ計画からは最長2週間のミッションが可能になっている。そういう常識に当てはめると、この映画の物語は、到底ありえない話であり、ブラピの父親役を演じたトミー・リー・ジョーンズのような存在はスーパーマン級であると考えるべきである。そもそもあれほどの長期間の生存を賄えるほどの食料やエネルギーがあの宇宙船に搭載されていたとはとても思えない。
SF 作品を見るとき、私はそのリアリティを5段階に分けて評価している。
1. 2001 年級:「2001 年宇宙の旅」のように完全に緻密な現実的表現を極めているクラスだが、このクラスに実存するのは「2001 年宇宙の旅」の1作品のみである。
2. ゼロ・グラ級:かなりリアリティが追求してあるが、肝心な部分でご都合主義をやらかしてしまっているクラス。「ゼロ・グラビティ」や「ミッション・トゥ・マーズ」など多くのリアリティ志向作品が入る。
3. SW 級:娯楽のためなら宇宙空間で音が聞こえようと平気というクラスで、リアリティが二の次にされているもの。「スター・ウォーズ」シリーズや「スター・トレック」シリーズなどが入る。
4. アルマゲドン級:地球との衝突コースにある小惑星の存在がたった 16 日前に分かったり、衝撃波も出さずに隕石が地上に墜落したりと爆笑させてくれるクラスで、「アルマゲドン」の他に「アウトランド」や「SW ep.8」などが入る。
5. コナン級:マッハ 30(秒速数 km という速度)くらいで落下してくる人工衛星にサッカーボールを蹴って当てるという離れ業を見せてくれて、私を窒息死させようとするレベル。実写作品では幸いまだ該当作はない。
今作の宇宙の描写は、残念ながらレベル 3 であった。
物語は、海王星まで行って地球外知的生物の発見を目的とした父を、息子のブラピが探しに行くという壮大なものであるが、それまでに、月面の意味不明のカーチェイスや、救難船の探索など、観客を飽きさせないために入れたとしか思えないエピソードがてんこ盛りになっており、おまけにわざわざ出かけた結果があの有様では、映画そのものの出来はレベル 4 という印象を受けた。
宇宙船の推力は、はやぶさに搭載されているようなイオンエンジンらしかったので、加減速にやたら時間がかかるはずで、ブレーキをかけてから実際止まるまでには数日から数十日かかるはずで、救難船がいたからちょっと止まって様子を見るという訳にはいかないのである。また、一旦止まってしまうと、再加速には減速に要したのと同じ日数がかかってしまうはずである。
また、宇宙で発生したエネルギーは、距離の2乗に反比例して伝わるので、海王星で発生した磁気嵐が地球上であれほどの影響を及ぼすはずはない。もっと近い太陽で発生している磁気嵐でも、宇宙の建造物を破壊するなどということはないのである。また、アンテナの回転力だけであんなスピードは出るわけがないし、海王星の輪を通過する際に受ける抵抗で、進路は乱されるはずなのに、まるで星飛雄馬のようなコントロールで飛んでいく様子にも鼻白む思いがした。
「アルマゲドン」にも出ていたリブ・タイラーがかなり老いを感じさせていたのには衝撃を受けたし、ブラピが演じた宇宙飛行士はどんな時でも冷静沈着が売りのようだが、むしろ何事にも動じないその態度は、映画的にはロボットでも見ているようでマイナスではなかったかと思う。「遠くを探すより近くを探せ」というのは、海王星の衛星トリトンに水の存在が確認されたことを意味するのだろうが、あれだけの台詞ではうまく伝わらなかったのではないかと思う。
(映像5+脚本2+役者3+音楽3+演出2)×4= 60 点