「生理現象の家と嗜好の家」ハウス・ジャック・ビルト つとみさんの映画レビュー(感想・評価)
生理現象の家と嗜好の家
主人公ジャックが謎の人物ヴァージと会話をしながら無作為に選んだとされる5つの章を回想していくというストーリー。
過激なバイオレンスで退出者続出作品と思っていたけれど、バイオレンス描写はそこまですごくはない。問題がありそうだと思うのは理不尽な暴力と理不尽な殺人、そして遺体に対する敬意のなさだろうか。
ジャックはなぜ人を殺すのか、彼が建てようとしている家とは?、ヴァージは何者なのか、開かない扉、注目ポイントは多いが、とりわけ目立つのが赤い物だ。
ジャックは赤い物を持っていたり身につけている人を殺している。章が進むにつれ赤い物は鮮明になっていくのが印象的。最後のトレーラーハウスに住む男性に至っては真っ赤なフード付きロングコートである。オッサンが着ていいシロモノではない。
ジャックの車が赤いことから、彼は元々赤が好きなだけだったのだろう。それがいつしか殺人と結びつき、赤いライトを照らしていた老女を殺さなかったことを激しく悔やんだように、赤い物を持つ人物への殺人衝動と変わった。
赤い枠の開かない扉をこじ開け、現世から地獄へ続く世界ヘ入ったジャックはここでヴァージと出会うことになる。赤は地獄の色でもあった。
ヴァージの助言で遺体の家を造り一見満足したようにも見えるのだが・・・
ジャックにとって殺人は生理現象。赤は嗜好。現世ではその両方を同時に満たせていたため現世へ戻りたがるが、彼が裁かれる罪は地獄より二層上の「暴力」で、そこにはおそらく赤はない。
ヴァージは助言により生理現象の家を建てさせ、ジャックの嗜好である真っ赤な地獄を見せた。ジャックが地獄に落ちることを確信していたと思う。ヴァージの優しさかもね。
そして真っ赤な地獄に飲まれていくジャックはある意味、大好きな嗜好の家を得たハッピーエンディングでもあったように思う。ジャックには生理現象か嗜好かのどちらかしか選べなかったのだから。
地獄には落ちるがそれが幸せとはなんとも皮肉が効いていると思う。やはりヴァージの優しさなのかもね。
観終わって全体を考えてみると、始まりは、作中でも言及されるゲーテの「ファウスト」で、赤い枠の開かずの扉を開けてからはダンテの「神曲」だった。ヴァージと出会ってからが物語の始まりだから最初から「神曲」だったとも言えるが、それはまあいい。
「ファウスト」や「神曲」が悪魔や地獄を扱いながら芸術でもあるように、本作も連続殺人鬼を扱いながら芸術作品となれるのではないか?というのが作品の本質だったかなと思う。
作品内で行われるジャックの暴力やミスター洗練としての行動に芸術性は皆無だけれども、少なくとも、ただストーリーを分かりやすく追うだけのつまらない映画より本作は芸術的な作品だったなと感じた。