劇場公開日 2019年10月11日

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WALKING MAN : インタビュー

2019年10月10日更新

ANARCHY×野村周平が語る、ヒップホップを武器にした極貧青年の成長と青春

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野村周平が主演し、ラッパー・ANARCHY(アナーキー)が初監督を務める映画「WALKING MAN」が公開される。川崎の工業地帯を舞台に、極貧の母子家庭で育ち、人前で話すことが苦手な主人公・アトムが、不用品回収業で生計を立てる中でラップに出会い、突き動かされて、最底辺から抜け出すべく“歩き出す”物語だ。ラップ=ヒップホップを題材としつつも、より広い射程を持った青春映画を目指したという監督のANARCHYと、監督とはプライベートでも仲がいいという主演の野村周平の二人が、この映画の魅力を語る。(取材・文/中島晴矢 撮影/松蔭浩之

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—ラップに目覚める主人公・アトムを演じた野村さんは、元々ヒップホップがお好きだったとか?

野村 ヒップホップは小学校高学年くらいからずっと好きですね。元々ANARCHYさんの曲も聴いてました。ANARCHYさんの前で、ANARCHYさんのモノマネラップを歌ったりしてましたから(笑)。

ANARCHY バーで、爆音でね。しかもフルバース(笑)。

—それはすごい! ANARCHYさんは自伝『痛みの作文』も出版されてますが、なぜ初監督作品を自分の物語ではなく、あえて「フィクション」として描こうと思ったのでしょうか?

ANARCHY 俺はこれまで音楽でも何でも、自分が表に出るものしか作ったことがなかったんです。そうじゃなくて何か別のモノを作ってみたいと思った時に、音楽だけでは表現できないことが映画ならできるかな、と。今まで散々ラップはやってきたし、それしかできないんやけど、今までとは違った表現を人の力を借りて見せたかったというのがスタートですね。

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—とはいえ、アトムにはANARCHYさんの実人生も投影されているように見えました。

ANARCHY アトムと俺の人生は全然違うんですけど、アトムの気持ちはよく分かるんです。「お母さんがいない」とか「貧乏な街で育った」とか、俺も言いたいことがいっぱい溜まってましたから。「何で俺だけこんな状況なんや」って自分を不幸だと思うこともあった。だけど、そういうものもプラスに変える気持ちを持ってたという部分は、俺もアトムも一緒かもしれません。そんな「メッセージ」を持った主人公にしたいという気持ちはありましたね。

—まさにアトムは人前で話すことが苦手であり、言葉を吐き出すことに切実さが伴います。野村さんとしては、喋れない役を演じるにあたって、難しかった点や気をつけた点はどのようなところでしょうか?

野村 生半可にやらないことですね。吃音症などは実際にある病気ですし、中途半端になってしまうと、それを患っている人たちに失礼でもあります。だから徹底的に学んで、それを自分なりに整理しました。その上で台本を読んで、アトムに合わせた個性を加えていくという作業でしたね。

—映画の舞台は、劇中にも登場する現実のラップクルー「BAD HOP」でも注目される、川崎南部の工業地帯です。母子家庭や貧困といった社会的な問題も散りばめられています。そういった世界観を設定した意図を教えてください。

ANARCHY 「ゲットー(貧困地区)」というのは地域だけじゃなく、「心のゲットー」もあると俺は思ってます。川崎が貧乏な街だからゲットーかと言えばそうでもなくて、渋谷だってゲットーなんじゃないか。自己責任論ではないけど、全部を環境のせいにしてしまう「心の中のゲットー」がいろんなところに溢れてるんです。

でもそれは悪いループにハマっちゃってるだけかもしれない。たしかに環境には恵まれていないにしても、自分でその気になって一歩踏み出せば、そこから抜け出したり夢を掴めたりするチャンスは、どんなところにでも、誰にでもある。川崎の貧困家庭を舞台にした背景には、そんな想いがあります。

—まさに映画の冒頭は、渋谷で浮浪者風の男が徘徊するシーンでした。実はラッパーでもあるその男・三角(みすみ)はすごく印象的なキャラクターです。

野村 劇中で流れるtriangle(三角のラッパーネーム)の曲、すごくいいですよね。

ANARCHY アトムがラップを志すきっかけだから、「ダサく全問正解」みたいな曲を作りたかったんです。言ってることは全部間違ってないのに、ダサい。だから三角は売れへんけど、自分の気持ちをちゃんと歌ってる。「何も言えないバカよりマシだ」「なめんな」っていうリリックは、アトムに一番突き刺さる言葉やったりもする。彼に必要だったのは、かっこいいラッパーの曲よりも、どうしようもない奴の耳を奪われる1フレーズ。そういう一番いいバランスで作るのがミソでした。

—また、フリースタイルバトルのシーンが丁寧に描かれていました。バトルシーンで特に意識された点はありますか?

ANARCHY バトルの出演者はみんなラッパーなので、ラップに対しての心配は全くなかったですね。重要なのは、やっぱりアトム。アトムにとってバトルでの言葉はキーになるから、あそこで彼が動きだすことが大事でした。バトルの勝敗はどうでもよくて、彼が「勝負している」ことだけは伝えたかったんです。

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—常にアトムの姿勢ありきなんですね。何より象徴的なのは、アトムが交通量整理のバイトの最中、係数カウンターのカチャカチャ音でビートをつかみ、言葉を発していくシーンです。野村さんはラップをする演技に対して、どのように臨んだのでしょうか?

野村 僕はラッパーではありませんが、友達にラッパーも多いし、ヒップホップも好きなので、ああいう感じでビートをつかんでいくっていうのは何となく分かっていました。だから楽しかったですよ。それに、きっかけが面白い。交通整理のカチャカチャでビートを刻んでそれに合わせるって、リアルに「ありそう」じゃないですか。ラップを始めるきっかけはみんなそれぞれ違うと思うけど、本当にありそうな理由だから、自然と演技に入りこめましたね。

ANARCHY 実際、野村くんの「ラップ力」には驚かされました。俺は人に曲を書いたのも人生初だったんですが、野村くんのラップは決してANARCHYのモノマネとは違う、アトムのラップになっていましたね。一回クラブを貸し切って二人で練習したんですが、ラップのノリ方や感情の部分を伝えたくらい。「教えすぎんでよかった」と思いました。それも彼ならではですよね。

野村 といっても、アトムになって歌わなきゃいけないので、簡単ではなかったですね。大事なシーンって勝手に気合いが入るけど、入れすぎると空回りする。だから、それを抑えることに必死でした。どこまでクールに持っていって抑揚をつけられるか。そして、それをカッコよく見せなきゃならないわけですから。

—熱量とクールさ、両方必要なんですね。あと映画の中では、カセットテープやスニーカーといったヒップホップ的なガジェットも散見されます。そこにはどういったこだわりが?

ANARCHY この映画を通して、ヒップホップっていうカルチャーも伝えたかったんです。カセットテープやエアジョーダン、ベースボールキャップもそうやし、チェーンをゲットするのもそう。ただ、いわゆる「ヒップホップ映画」を作ろうという気持ちはなかったですね。もちろん、ヒップホップを武器にしているのは間違いない。でも、俺からしたらこれはヒューマンドラマであり、青春ムービーなんです。

逆に言えば、ホンマのヒップホップファンからしたら「ドープじゃない」と言われるかも知れない。でも、俺はそれでいいんです。もっと広いところに届けられるモノを作りたかったから。ヒップホップやラップを使って、自分が通したい一本の筋を、この映画で表現できたと思ってます。

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—ありがとうございます。最後に、「WALIKING MAN」というタイトルにはどのような想いが込められているのでしょうか。

ANARCHY 俺の中ではダブルミーニングになってます。カセットテープの「ウォークマン」と、それに出会って「歩いていく男」がかかってる。人は誰でも、何かに出会うじゃないですか。それはヒップホップ雑誌やスケートビデオかもしれないし、ロックフェスで喰らう衝撃かもしれない。何かがきっかけとなって、夢や憧れ、やりたいことを見つけた時の初期衝動って、すごく大事やと思うんです。

野村 僕も役者として、アトムの「歩き方」はかなり意識しましたね。僕は普段は元気だし、姿勢もいい(笑)。だから肩を落としたり、歩幅を狭めたりして。それでも顔だけはしっかりと前を向いていることを心がけました。そっちの方がカッコいいですから。

ANARCHY そういう野村くんの細かい演技は、編集しだして気づきましたね。ストーリーが進むにつれてアトムは成長していくし、堂々と見えてくる。初めとか歩き方ヤバいもんね。めっちゃ変なヤツ!(笑)

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