「この岬から」岬の兄妹 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
この岬から
時々日本のインディーズ界から、韓国映画に匹敵するような力作が生まれる事がある。
あのポン・ジュノや山下敦弘の下で学び、低予算で90分ほどながらまるで3時間の重量映画を見たようなKO級、日本映画も捨てたもんじゃないと思わせてくれる、俊英・片山慎三監督の鮮烈デビュー作。
ある寂れた港町。
造船所で働きながら自閉症の妹・真理子を養う良夫だったが、不自由な片足を理由に解雇されてしまう。
そんな時良夫は、真理子が町の男相手に体でお金を得ていた事を知る。
最初は激しく叱責するが、生活はド困窮。妹を使って、売春の斡旋を始める…。
とにかく描かれている題材全てがえげつない。
貧困。生活は底辺どころか、クソ溜め。
障害。片足が不自由な兄と、自閉症の妹。
犯罪。法に反する売春の斡旋。
暴力。他の売春斡旋業者から袋叩き。
性。客から連絡を受け、体で稼ぐ。
他にもいじめやとあるシーンでのう○こ攻撃のお下劣描写。
それらを生々しく、赤裸々に。
人によっては反吐が出るほど受け付けないだろう。
確かに不快で胸クソ悪いが、ズシンと重苦しく響く題材、監督の入魂、無名のキャストの熱演で引き込まれた。
良夫は典型的なクズだ。
自分より“下”の立場の者には強く出、自分より“上”の立場の者にはペコペコ弱々しく。
ズル賢く、何より妹に売春を斡旋させるという人道外れ。
でもクズなだけであって、悪人ではない。
不自由な片足で解雇されたのは同情に値するし、妹を使って売春斡旋させている事に少なからず葛藤や罪の意識も滲ませている。
兄として人として、道から外れた事をしているのは分かっている。だけど、こうでもしなきゃ生きていけない…。
自閉症の妹・真理子は無垢で天真爛漫だが、ただそれだけではない。
鍵を掛けておかないと一人で勝手に家を出てふらふらする事はしょっちゅう。
本当に手を焼き、その無垢で天真爛漫さが見てて時折イライラもさせ、良夫の苦労も分かる。
一方がクズ人間で、一方が同情出来るのではなく、両者にそれぞれがある人物描写が秀逸。
無名ながら、それらを体現した松浦祐也と和田光沙の迫真の熱演は言うまでもなく。
人間の醜さをさらけ出した松浦も素晴らしいが、自閉症という難役に加え、際どい濡れ場の数々も体当たりで披露した和田に圧巻。
また、兄妹をよく知る友人の警官役で、『男はつらいよ』の三瓶ちゃんこと北山雅康が好助演。良夫に対して言う、「お前は足が悪いんじゃない、頭が悪いんだ!」の台詞が辛辣ながらも友を思い、響く。
売春で食っていく中で、兄妹の心に変化が。
斡旋を続けながらも罪悪感を感じる良夫に対し、真理子は「お仕事する!お仕事する!」と積極的に。ある一人の客に好意を抱いたような素振りも。
また、真理子の売春は何でもOK。本番や最後まで、アレも付けず、○出しも。故に…。
妊娠が発覚。
こんなクソ溜めのような最低最悪の中でも宿った“生命”。
良夫は藁にもすがる思いである客の下に頼み赴くが…。
突き付けられる痛々しい現実。
障害持ちの兄妹、明日の身も分からない困窮…無理もない。
選択肢は一つしかなかった。
一体、どうしてこんな惨めな人生を…?
何処で道を踏み外した?
売春の斡旋を始めた時から?
解雇された時から?
地方の貧困地で生まれたから?
自分たちの人生はそう生きていくしかない宿命(さだめ)なのか…?
生きていく事は辛く、苦しい。
それでも生きていきたい。
生きていかなければならない。
生きていれば…
宙に舞う売春斡旋のチラシの美しさ、段ボールを剥がし薄暗かった部屋を差す眩い陽光、夢で見た走れる嬉しさ…。
こんな人生を照らす光や希望が、いずれ、きっと…。
でも、今はまだ。
また変わらぬ日々が始まる。
この岬から。
それはまるで、これから日本映画界に挑んでいく片山監督の姿そのものに見えた。