劇場公開日 2019年10月4日

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「濃密で荘重で沈鬱な空気」蜜蜂と遠雷 keithKHさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5濃密で荘重で沈鬱な空気

2019年11月1日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

難しい

物語がピアノコンペティションの1次予選から最終選考までを描いており、善悪もなく、只管各出場者の刻苦勉励の苦闘と本番のパフォーマンスを描くことに終始しているため、屋外シーンもなく、無論アクションもラブロマンスもないため、スジとしては極めて単調にして淡白であり、映像として動きも抑揚のない、敢えて言うとピアノの激越な敏捷さでの弾奏が唯一の見せ場の動きであり、ピアノに縁のない大半の観衆にとっては、どちらかいうと退屈な物語といえます。
主な出場者4人にスポットを当てつつも、互いの確執は生じず、唯々求心的に己の音感と技量を磨き上げる、息苦しいまでの極めてストイックな求道者の世界で、物語というより一種のドキュメンタリーフィルムとも捉えられます。
ただ、にも関わらず、間延びしたような尺を一切感じさせず、約2時間、観客を飽きさせず惹きつけ続けた監督とカメラマン、そして編集の手腕と力量は大いに評価できます。
それは、映画の最大の構成要素である「スジ」が単調であり、また役者の「ドウサ」(演技)も所作・言動よりも専ら微妙な表情の変化による感情表現が主となるという、非常に地味で見栄えがつけ辛いため、畢竟残る「ヌケ」(映像加工技術)に粋を凝らしきったことの成果だと思います。手持ちカメラを多用することによって、強引なほど画に動きをつけて、而もスピード感と緊張感を漂わせ、更に常に仰角の寄せカットを多用することで観客に重圧を与え続けました。
カットも小刻みで速いテンポで割られ続け、やや長回しになるのは、出場者最年長の松坂桃李のシーンのみです。
ピアノ演奏のエリート中のエリート達は、狂人と紙一重の天才揃いであり、私には感情のないロボットのように見え、いわばロボット同士による玲瓏でロジカルに無表情で頂点に向けて疾駆する、もはや無意識での氷点下の世界のように感じられました。
松岡茉優の、喜怒哀楽が少なく正気と狂気の境目を彷徨う迫真の演技は、その典型ですが、唯一人、松坂桃李のみは飄々としつつ、彼が画面に登場すると人間的な温かさが湧きだす感覚がしました。寄せの長回しを松坂桃李の場面だけにしたは、その所為でしょうか。

映画に求められる三要素「笑い、泣き、(手に汗)握る」において本作は、終始手に汗握り続ける映画であり、原作である小説であれば十分醍醐味を満喫できるでしょうが、2時間ずっと濃密で荘重で沈鬱な空気に包み込まれ続けては、日常空間で観賞する映像作品としては適宜緊張を緩和させて観られるでしょうが、非日常の閉鎖空間である映画館で観る「映画」としては、果たして如何かと思うしだいです。

keithKH