テルアビブ・オン・ファイア : 映画評論・批評
2019年11月19日更新
2019年11月22日より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにてロードショー
様々な角度からイスラエルとパレスチナの現状を痛烈に風刺した傑作コメディ
「テルアビブ・オン・ファイア」とは本作に登場する劇中ドラマの題名。
ルクセンブルグ、フランス、イスラエル、ベルギー合作によるイスラエル生まれのパレスチナ人監督のこの映画は、混乱を極めるその撮影現場が舞台となる。
ドラマの舞台は1967年、第三次中東戦争開戦前夜のイスラエルの首都(当時)テルアビブ。パレスチナの女スパイとイスラエル軍将校との禁断の恋を描いたパレスチナのTV局製作のそのメロドラマ・シリーズは、パレスチナ人からユダヤ人まで、中東全体で主婦層に大人気で高視聴率を獲得していた。
映画の主人公はイスラエルに住むパレスチナ人青年サラーム。アラビア語とヘブライ語に堪能な彼は、叔父がプロデュースするそのドラマに言語指導で雇われ、イスラエルの検問を通って毎日パレスチナの現場に向かう。彼は双方の文化や習慣の細部を知ることから、やがて脚本チームに参加するようになるが、彼が脚本家だと知るやパレスチナ側、イスラエル側の様々な人物がそれぞれの立場で物語の展開に口を出し、サラームは誰もがハッピーになる結末をどうすればいいのか頭を悩ませることになる…。
設定、展開、キャラクターなど、練りに練られた抜群の脚本をベースに、様々な角度からイスラエルとパレスチナの現状を痛烈に風刺した傑作コメディ。一見ややこしい話だが、見事な構成力と小気味良い演出で中東情勢を詳しく知らなくても十分理解できるエンタテインメントになっている。困難な状況下、対立しながらも互いの信頼と協力によって、難題の解決に挑む登場人物たちの姿は、まるで政治では対立していても韓流映画やドラマ、Kポップの人気が衰えない日韓関係の今を見ているよう。
軽快でユーモアに満ちた知的で楽しい作品だが、扱っているテーマは極めてセンシティブだし、笑いはかなりブラック。そして、相互理解と譲歩による平和への可能性を模索するメッセージも実はとても重い。中東問題を知るだけでなく、世界中で起きている対立を考えるためにも是非見るべき1本。中東料理の定番、ひよこ豆のペースト=フムスの味が物語の中で重要な役割を果たしているのも見逃せない、美味しいポイントだ。
(江戸木純)