「リベンジアクション映画として価値がある」ライリー・ノース 復讐の女神 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
リベンジアクション映画として価値がある
復讐というのは恐ろしいほどの意志が必要とされると思う。本作品のように夫と子供を理不尽に殺され、仮にギャング組織に復讐しようと思ったにせよ、実行するには数多くの犠牲を払わねばならない。その犠牲というのは、ひと言で言えば日常である。普通の人の普通の暮らしは、喜怒哀楽を日常生活の雑事に紛れ込ませ、暦と一緒に流していく。日常は人生であり、それを捨て去ることはそれまで暦に刻んだ人生を捨て去ることに等しい。
復讐には、人を呪わば穴二つという面がある。違法行為による復讐は自身を窮地に追い込むことになる。違法行為を行なうことで自分を相手と同じ位置に貶めてしまうことにもなる。かといって復讐の相手を社会的に抹殺するなどというカッコイイことは権力者か大金持ちでなければ簡単にはできない。
だから一般人は恨みの気持ちを押し殺して平静を装いながら日常を生きるしかないのだ。それでも時折は被害を思い出して夜中に飛び起きて怒りに震えることもある。怨恨は一生かけても消えないものなのだ。
さて本作品の主人公は、最初は普通の人がするように、まず法に訴える。しかし世間は四面楚歌だ。イントロのシーンで高級住宅街というさ言葉が出てきて、主人公が格差を感じていることがわかるが、それも主人公が追い詰められる一因だろう。そして追い詰められた彼女は、我々には決してできないことをやってのける。まさに痛快である。リアリティもあり、見応えがあった。
復讐に向かわず、心の傷を癒やす再生物語にする方向もあったと思うが、本作品はリベンジアクション映画として、それなりの価値があると思う。特に主人公が普通の中年女性であるところがいい。落ち着く場所も現実的だ。警察内部の微妙なコミュニケーションのズレも物語のスパイスになっている。