楽園(2019)のレビュー・感想・評価
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ムラのY字路
FODプレミアムで鑑賞。
原作(犯罪小説集)は未読です。
冒頭からムラ社会の閉鎖感が充満し、悲惨なことが起こるに違いないと不安を掻き立てる演出と脚本が見事。澄み切った映像が捉える風景が長閑で美しい分、より際だっていました。
疑心暗鬼が伝染し、集団が個を追い詰めていく怖さはムラ社会に限らず起こり得ることだと感じ、歯止めが効かなくなった末の悲劇は目を背けたくなるほどに残酷で虚しかったです。
様々な人たちの人生がY字路を起点に交錯し、そのまま運命の分かれ道を暗示させている構成が本当に上手いな、と…
悲劇ばかりが続く物語だったけれど、微かな希望を抱かせるラストに、ほんの少しだけ救われた気持ちになりました。
息苦しく生きづらい
サスペンスかと思っていたら違った。
二つの大きな事件が起こりますが、特に後半の善次郎が絡む事件はどこかで聞いたことがあると思ったら、実話ベースなんですね。
当時ニュースで知って村八分の恐ろしさと限界集落の閉塞感の怖さを感じたけど、この映画もまさしく。
孤独が人を追い詰めていく話だと思った。
どうでもいいけど、混浴誘っておいて相手が欲情したら思いっきり嫌悪感出す久子も罪深い。
誰が犯人?!ってそういう問題じゃない。
犯人でもない人が、疑われて死に追いやられてしまう。ちょっと目立った行動をすると反感を買い、最後には殺人犯になってしまう。
人間の怖さと、現代の日本が抱える問題が
誘拐事件を軸に繰り広げられる。
小学生の女の子が行方不明になる。
一緒に帰宅した子は無事家に帰宅。その子は何年もどうして私だけがって悩み続け、何でお前だけが生きてる?なんて言葉を浴びせられて
あの誘拐事件のことが彼女の人生からずっと離れずにつきまとう。
信頼していたある男性が
犯人なんじゃ?と村人たちに疑われる。追いこまれて油をかぶって火をつけて死亡。
こんなことがあっていいのか?と
彼女は立ち上がる。
あー、書いてたら眠くなってきちゃった
それぞれ
色んな人から見る角度の模写がラスト出てきて
ここでこうなってこうなってたのかぁってなりました。
結局彼が犯人だったのでしょうか?
小説を読んだらもっと細かく分かりますかね?
なんだが、みんながみんな抱えているものがあって
人間模様を描いた作品だなと思いました。
犯人か分からないのに犯人だと決めつけて
連鎖反応でもうみんなが犯人だと思い込んで
追い詰めてしまう人間たちの心理。
何がきっかけで人間が犯罪を犯すかなんて
分からない気がする。
自分は絶対犯罪者にならないと思っていても
どんなことが起きるかわからないと思う。
そしてこれ、実話を元にしたお話と聞いて
ゾッとしました。
面白い面白くないというよりは
最後まで見入ってしまう作品でした。
村八分っていう意味をこの作品で知りました。
日本人の方が、カタコトの話し方の演技をするって
なかなか難しいなと思いました。
カタコトになるのは、その国ごとに独特なクセがあると思うので、それを表現するのも難しいですよね。
楽園ってなんだろう。
あったかな?楽園なんて。
楽園とは
小学生誘拐事件をキッカケに平穏な“楽園”が一変にして失意に包まれる。
人々は心に大きな傷と蟠りを抱えて生きてくには辛く耐えられず、1人の青年を犯人に仕立てる。
その結果、心の中に平穏を取り戻そうとする。
実は平穏な日々は取り戻せているのに、心にある釘を抜こうと“無駄な生き方”をしてしまい、負の連鎖に。
このようなストーリーと、人々の様相を描いていく。
物語の終盤、最後に紡が“私は心に抱えながらで良い、抱えながら生きていく!”と強い意志を示す。
スクリーンを見ているものに訴えかける強く健気なとても心地良い演技で、発せられた言葉が心に刻まれた。
人の嫌な部分が常に、表面に出てて、終始モヤモヤしているが。
先述の紡の言葉と、虹郎くん演じる少年の“俺、かあさんから出てきた時を覚えてる、あーなんて広いんだ、あーなんて自由なんだ”この言葉がつよく残った。
サスペンス要素も適切にあり、良作、私好みです。
俳優陣を申し分無し。
ただ、やっぱりタケシが犯人だったのは、もやもやが残る…
監督には見えた楽園が私には見えず、悶々とする閉塞感はただ閉じた光
知らない人の葬式に連れてこられたような気まずさと違和感。漂う異様な世界に、主人公たちを弔う気持ちにはなれなかった。
この物語の主軸は、少女の失踪と村八分の成れの果て。どちらも共通する"疑心暗鬼"が、己の正義と他人の排除に駆り立てる。個々人の思うがままに動き出す集団の気持ち悪さと、永久に消えることのない過去の過ち。それを背負いながらも生きて行くという訳だが、どうもズレている。アイカを拐った犯人はおろか、事件性があったのかも踏み切らない。ついでに、ラストシーンに彼女の名を聞いたところで、本人かは分からない。一方の村八分。突然畳み掛けるように孤立していくわけだが、いざこざの元凶ははっきり見えない。その末の凶行。自業自得でもあり、何も生まない悲劇にすぎない。この作品、結局のところ、モヤモヤより、"?"が多い。悲劇だ無情だと投げ掛けられるばかりで、どうも良く分からない。消化不良ばかり。最初はこういう答えで収めようと努めたが、他のレビューを見て、間違ってないことを実感。瀬々監督だけが見えた水平線が私には見えない。終止息苦しくて、光を求めて2時間を追ったが、ただ辛い、苦しいだけの映画だった。
瀬々監督の作品は3作目なのだが、もしかすると、相性が悪いかも。『ヘヴンズストーリー』を観たら変わるのかもしれないが。ちょっとメッセージと筋、着地までボンヤリしていて分かりにくかった。
光を感じた映画
紡と野上広呂が絶望の中で光を掴み「楽園」を2人で見つけ出せるかもしれないという、ほんの少しの希望で終わっていく。どこまでも人らしさがありありと描かれていて、この映画に人が生きるとはを問われ、教わった気がします。絶望感に圧倒されましたがこの映画に光を感じました。
楽園なんてない…
結局何が言いたいのかわからなかった。限られた社会、村のルール、そこでの常識から外れると村八分にされる怖い社会。それは人を殺人者に仕立て、自殺に追い込み、また別の者は本当の殺人者に至るまで追い込んでしまう。映画としては答えを必ず求め、分からずとも無理やり作ってでも答えを出す閉鎖的な社会に警鐘を鳴らし、村上虹郎の病気が快方に向かい、杉咲花と田舎を捨て、二人の楽園を作るべく、希望を見出すところで終わると伝えたかったのかも知れない。けれど、他者がいる以上、楽園なんて存在しないと思う。殺人者に仕立てられた綾野剛は二回目の行方不明の際は結局別の犯人がいて、濡れ衣であり、自殺に追いやってしまうのは完全に村人の罪だと思う。しかし、殺すシーンはないものの、女の子を追い掛けるシーンを杉咲花の妄想で描いており、結局は犯人だったのか。ここが一番解せない。杉咲花も言ってるように分からないままで良かったのではないか。矛盾を感じるし、佐藤浩市も含めて、何があっても結局殺人はだめでしょうとなってしまった。理解が浅いかも知れないが、役者陣の演技は良かった。
役者は良いんだけど
役者はみんな若手からベテランまで芸達者だった。それ故に話のつまらなさと言うか、何がしたいのかが分からないのが目立ってしまった。
実際の事件を元にした短編集から二本の小説を繋げたらしいが、元々、別の場所で起きた関係ない事件を繋げる為に紡と広呂と言う最初の事件で小学生、二つめでは二十歳くらいの少女と少年を使っているが、あまり意味も無いし、広呂を病気にする理由も、何の病気かも分からない。
綾野剛サイドの最初の事件(少女殺人)、これは検索すると冤罪を主張しているが、映画では犯人と思わせる描写。佐藤浩市の二つめの事件(村八分にされた犯人による集落虐殺)は過程の描写が雑過ぎたかなぁと言う印象。
最初の事件の被害者少女の祖父で、佐藤浩市を村八分にする引き金を引いた柄本明が何故か殺されないのも変な感じ。
130分の長い時間、特段に盛り上がらなかった。他のレビューで時間軸をイジるので分かりにくいと言う意見が多いが、まぁ、あまり意味のある演出では無いが、一瞬「ん?」とは思うが、分かりにくいと言う程では無かった。が、やはり意味を感じられない演出。むしろ、紡と広呂にエピソードを入れる方が分かりにくい。
監督の履歴を観ると、ひたすら長く退屈だった「64」、なんか単純は話を面倒にした「ストレイヤーズ・クロニクル」があった。どちらも自分的には星一つ程度の作品だった。なんか、監督が自分だけ分かっている自己満足映像を見せられている感じだった。
うーむむ。。
事件の真相が分かりづらい。骨のところが説明不足。しかもよりによってなぜぜんじろうの家の庭に?それぞれが抱えた誰かを失う痛みを描きたいのは分かるが、終始暗くて見ていて辛い。まぁそういう話なんだけど。虹郎の件は必要だったかな?あんだけ重い病気にする必要ね。ぜんじろうの元妻と被ってるし。キャストNo. 1は園子温作品にも出ている綾野剛の母親役。素晴らしかった。
勘違いするな、誰も本気に思ってねえよ
映画「楽園」(瀬々敬久監督)から。
タイトルの「楽園」は、私のメモからすると、3回発せられる。
「何? 楽園って?」と、鉄道のそばで話した会話。
母親が、多国籍の息子に言った台詞「あそこ(日本)は楽園だ」
そして、ラストシーンで、同級生の男性が主人公の女性に言った
「紡は俺たちのために楽園、作れ」
内容がタイトルと結びつかず、ちょっと困った。
この作品で、一番気になったのは、
限界集落で愛犬と暮らす養蜂家の善次郎さんが、
村おこし事業を巡る話のこじれから村八分にされてしまう場面。
「賛成してくれたんじゃ・・」と善次郎さん。
「勘違いするな、誰も本気に思ってねえよ」と村人。
この会話が、限界集落ならではの人間関係の面倒臭さを感じた。
巷では、過疎をなんとか食い止めようと、
「この村は、人が温かくて、といいところだよ」というが、
実は、物語のように、ネチネチした村八分があったりして、
新しい住民を受け入れよう、というカケラも感じられない。
こんなことを繰り返しているから、当然のように、人口が減る。
限界集落に住むデメリットみたいなものが浮き彫りにされ、
設定された村も、フィクションとわかっていながらも、
「こんなところ、住みたくない」と感じるインパクトが強かった。
本当のところはどうなんだろうか、正直、気になる。(汗)
わかりづらい
愛華ちゃんを殺害したのは豪士、最後追いかけていくところしか描かれてないですが、ランドセルなどの所持品を捨てようとしてたから、間違いないと思います。
ただ、それなら村人達が正義になってしまう。
豪士がもともとサイコパスであるような描写もあるので
ジョーカーみたいに、普通の人が悪に染まる話ではないのか。
悪が日本で花開くの?
わかりづらいです。
メッセージ性に乏しい気がする
悪人などのセンセーショナルな感じに比べて、現代の田舎社会を表現した様な作品。
地方での惨劇の起こるメカニズムなどに触れた印象だが、結局伝えたいことが何なのか今ひとつ伝わってこなかった。
終始暗い雰囲気で、盛り上がりも少なく終わってしまった印象。
この悲劇(世界)に楽園は創れるのか
原作は『悪人』『怒り』の吉田修一、監督は『64』『友罪』の瀬々敬久。
見る前から重厚なサスペンス・ドラマである事は容易に想像出来る。
それに然り…いや、以上。
ある地方都市。
Y字路で少女が行方不明になり、直前まで一緒に居た少女。
12年後、再びそのY字路で少女が失踪する事件が起こり、疑われる青年。
Y字路の先にある集落で村八分にされる中年男性。
吉田修一の短編集『犯罪小説集』の中から『青田Y字路』『萬屋善次郎』の2篇を同舞台にして構成。
それを、3人を軸にした『罪』『罰』『人』のアンサンブル仕立ての3エピソードとして。
事件が起き、その犯人捜しのミステリーを期待する人は間違っても見ない方がいいだろう。
そういう話ではない。
事件によって心に深い傷と苦悩を抱え、犠牲や狂気へと陥っていく様を、胸苦しくなるほど描き出される。
『罪』
失踪した少女・愛華と直前まで一緒だった紡。
愛華の祖父には忌み嫌われ、今も罪悪感に苛まれ、他人に心を閉ざしたまま。
ある時後ろから走ってきた自動車を避けようとして自転車で転倒し、笛を壊してしまう。
その自動車を運転していたのが、母親と共に日本にやって来た移民の青年・豪士。
日本語がまだ不自由で、他人との交流や町にも馴染めない。
自分が悪いと笛を弁償。
そんな豪士の優しさに心を開く紡だったが…、
再び起きた2度目の少女失踪事件。
それは、何の確証も無い一言。あいつが怪しい…。
容疑者とされ…いや、犯人とされ、住民たちに追われる豪士。
蕎麦屋に逃げ込み、追い詰められた末に取った行動は…。
『罰』
約一年後。
町を出て、東京の青果市場で働く紡。
妻に先立たれ、集落へ出戻って来た善次郎。飼い犬レオと共に、萬屋や養蜂で慎ましく暮らしている。
最初のエピソードと次のエピソードを繋ぐようなエピソード。
豪士が衝撃の事件を起こした後。当初は何も語られない。それだけで何があったか分かる。
それはあまりにも悲痛な悲劇。
皆、忘れようとしている。
皆、あいつが犯人だったとしようとしている。
“犠牲”になった少数の者の苦しみなど、こんな閉鎖的な共同体の中では気にも留めない方がいい。
しかし、追い討ちをかけるような事件が…。
『人』
養蜂で村興しを考える善次郎。
が、話が拗れ、村人から疎外される。
あんなに若ェモンに期待と言われていたのに、手のひらを返すかのような仕打ち。
無視、孤立、村人からも薦められていた中年女性とのある場を誤解され色狂い呼ばわり…。
さらには飼い犬のレオが村人に噛み付いた事でますます立場を悪くし…。
こんな筈じゃなかった。
妻を失くし、帰ってきた村で静かに穏やかに暮らす筈だった。
養蜂で村興しも村の事を思って。
犬が好きで、以前は飼えなかった犬も飼える。
それらが全て…。
彼もまた追い詰められ、孤立し、壊れ、正気を失った末に取った行動は…。
『怒り』も『友罪』も実際の事件をモチーフにしているが、本作も。何年間か前にあった限界集落で起きた凄惨な事件を思い出した。
その事件の犯人も村八分にされ、追い詰められた末の犯行で、本人も難ありの性格や言動を繰り返していたようで、当時のニュースを見ながら被害者たちやトラウマを抱えた村人たちには非常に同情し、全て犯人が悪いと決め付けたが…、本作の場合はどうか。
善次郎は善良な人だ。
豪士だってそうだ。
怖いのは、些細なあるきっかけで人が犯罪を犯してしまう様。
被害者側の無念さも充分分かるが、集団ヒステリーや閉鎖的な限界集落が抱える闇や問題…。
それらが恐ろしく炙り出される。
いつの時代の話だ?…とさえ思う。
差別、偏見…。
移民、余所者…。
老醜の業…。
村の掟に背いた者は、徹底的に標的にされる。
まるで、金田一耕助の世界だ。
が、実際に近年も起きた。
決して非現実的でも、他人事でも無い。
どうしてこんな悲劇が起きる…?
分からない。人の心の闇は時にどんな常軌を逸するのか、分からない。
分からないから、怖い。
単純に善悪の問題でもない。
あの分かれのY字路。運命の分岐点とその先にあるのは、悲劇へと通じる道しか無かったのだろうか…?
瀬々敬久の手堅い重厚演出。この人が手掛ける重厚サスペンス・ドラマはいつもながらヘビー級。見終わって、どっと疲れた。
メインとなる綾野剛、杉咲花、佐藤浩市は入魂の熱演。
綾野剛と佐藤浩市は、見ていて哀しさ滲ませる。
二人や各エピソードのパイプ役でもある杉咲花。
彼女も哀しみ背負うと共に、もう一つの役目が。
“楽園”。
いきなり取って付けたような希望のラストだが、ちょっと救われたような気がした。
幼馴染みの村上虹郎も最初はウザキャラだったが、次第に好印象。
総じて、悪くなかった。
演出、演技、題材、考えさせられ、“映画”と呼ぶに相応しい見応え。
賛否両論でヒットはしなかったが、こういう見る者に訴えかける力作はどんどん作られて欲しい。
…でも、そういう作品じゃないと分かっていても、結局犯人は分からずじまいで、消化不良やモヤモヤ感は半端ない。心情や描写など一筋縄ではいかないほど難しくもある。
もう何て言ったらいいのだろう、この自分の中でも賛否感。
それは作中でも描かれている人の善悪にも通じる。
だとするとやはり自分の中に響いた事になるが…、嗚呼でもやっぱり!
さながらあのY字路の如く、人それぞれ分かれる。
色々様々な事を感じ、受け取れ切れぬほど受け止める。
時代錯誤だし、作品の品質も最低
朝鮮人に殺人の濡れ衣被せたり、村八分で追い込んだり、関東大震災じゃないんだから、百年前ですよ、こんなの。
今でも、いじめの殺しは多いけど、別物ですよ。
短編小説のエピソード詰め込んでるから無茶苦茶ですよ。
綾野剛がすぐに焼け死んでるし。
最低最悪。
鬱映画
こういう、裏も表もある役は柄本明さん、うまい。いや、裏表ではなくて独自のエゴで生きてる老人という役なんだけど。で、清濁併せ呑む感じの田舎のいいおじいさん。
とにかく生きていくのが嫌になるようなストーリー。
差別されるフィリピン人親子。
ちょっとした行き違いで村八分にされるUターンの男。
最後に一緒にいたために、被害者家族から責められ自分を責め続けている少女。
皆、集落の空気から疎外され居場所がないし救いもない。
杉咲花の演じる紡は、人を信じられない世界は嫌だと言い、憎しみを持ったとしても抱えて生きていく!と宣言するが、
いやいや病気の同級生、パンクさせるような卑怯なストーカーやん。アレ、救いにはならんやろう、とつっこみたくなったラスト。
この人の世は、生きていくのは、地獄やな。天国はあの世にしかないということか
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