「危機感は持ち続けなければならない」アルキメデスの大戦 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
危機感は持ち続けなければならない
傑作だと思う。最初から最後まで息つく暇もなく引っ張り回され、最後は二転三転という展開は、よく考えられたプロットと俳優陣のリアリティのある演技に支えられている。特に柄本佑がよかった。単細胞だが真っ直ぐな人柄の少尉が、菅田将暉演じる主人公櫂直の人柄と才能に魅せられて関係性が変わっていく様子が面白い。こういう役をこれほど上手に演じられたことは役者としての面目躍如である。
菅田将暉は言わずもがなのカメレオン俳優だ。本作品の櫂直はとても「帝一の國」の主人公と同じ俳優と思えない。本作品は主人公櫂直の能力と人柄の魅力で成り立っている作品だから、一分の隙も見せられない。国家主義者でも愛国者でもない彼を戦前という時代の主人公に据えたからには、理性的で緻密な科学者の側面と同時に、ヒューマニストとしての優しさを持たせる必要があった。そのために登場したのが浜辺美波が演じた尾崎鏡子である。この女性の存在が主人公のキャラクターの幅を広げている。惜しむらくは尾崎社長の掘り下げがなかったこと。原作ではどうだったのか知らないが、少なくとも矢島健一の演技を見る限り、尾崎社長は奥の深そうな人物に見えた。
舘ひろしの山本五十六や田中泯の平山忠道造船中将は肯定的に扱われているが、結局は軍人である。つまり人殺しだ。沢山の人が死ぬことを肯定している限り、どれほど国のことを考えていても、肯定されるべきではない。原作者や映画の製作者がどう考えているかは関係がない。戦争を前提として国家を語るのはどう転んでも軍国主義だ。
それに対し、笑福亭鶴瓶の大里清だけは違う理想を述べる。「戦艦でも空母でもなく、商船で世界と戦う」と彼は言う。平和主義の彼は同じく平和主義の櫂直にシンパシーを覚えたのかもしれない。
間違っても山本五十六が立派な軍人だったという映画ではない。大和という巨大戦艦を巡って、立場が微妙に異なる軍人たちが、それぞれの都合や考え方をぶつけ合う。あくまでも戦争を想定した考え方で、その前提となったのが日本全体を覆う戦争への意志である。日本が戦争へ向かったのは一部の軍官僚たちが天皇を騙したとかいう話ではない。当時の国民の多くが戦争を望んでいたのだ。今となっては考えられないことだが、作品の中で平山中将の言葉として触れられているように、日露戦争の勝利で日本が無敗の不沈艦であるかのように勘違いしてしまった国民は、国家主義の熱狂にとらわれてしまったのだ。
特定秘密保護法や安保法制で不戦の誓いが世界から称賛される日本国憲法の平和主義を骨抜きにしたアベ政権の支持率が6割もあるのは、日米戦争の前の世論にそっくりだ。作品中で何度か出てくる「戦争になりますよ」という台詞に驚く人は、戦争になどなりっこないと思っていた。しかし実際には戦争になってしまった。現代でも、戦争が如何に割に合わないものかを知っている人は、たとえアベ政権がどんなにバカでも、さすがに戦争はしないだろうと思っている。しかし支持率のために韓国叩きをしている暗愚の宰相には、戦前の国民が冒されていた国家主義の熱狂と同じものを感じる。危機感は持ち続けなければならない。