凪待ちのレビュー・感想・評価
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溺れるか抗うか
内縁の妻と高校生のその娘と共に暮らし5年、まともに働かず 競輪大好きなキレやすいおっさんが、車券選手を引退して働き、女川の嫁の実家で共に暮らし始め巻き起こっていく話。
仕事をさせたら結構できるし普段は人にも気を配れる普通のおっさん。酒と競輪がなければねな主人公。
誘惑に負けた心の隙と娘を心配する余りの嫁のヒステリーで揉めたことで一転していくストーリー。
サスペンスとはいうけれど、ことが起こる前から犯人は見え見えだし、犯人探しの様なものは無く、おっさんが崩れて、人に支えられて足掻くヒューマンドラマという感じで、常にイメージは陰だけど優しく温かい話だった。
ただ、再生は父ちゃんによる助けが余りにも強いし、父ちゃんの情は嫁から話を聞かされていたからだろうけど…それにしても父ちゃんが良い人過ぎるし、深くは描かれないけれどこの人は何者だ?
両さんなめてたスマン
怒りの矛先が正しい
香取慎吾はやっぱり役者ですね
10代の頃の未成年やドクで見せた純粋な役者香取慎吾はもう見られないのだと思っていました。その後の香取慎吾の演技はわざとらしく感じて、あまり好きになれないでいました。しかし、今回のポスターの表情があまりにも衝撃的で、引き込まれるように映画館に足を運びました。そこには40代になった役者香取慎吾がしっかりと存在していました。愛想笑いもしなければ、優しさを言葉に表すこともしない、郁男が生きていたのです。歳を重ね、様々な苦悩を経て、役者香取慎吾の復活です。それにしても、白石監督は凄い監督です。脇を固めるキャストも石巻に生きている人間になっていました。
自分史上最も劇場で泣いた作品
これみよがしな感動巨編ではないし、劇的で単純なハッピーエンドでもない。ただ、哀しくも途轍もない優しさに溢れた映画だった。そんな『凪待ち』に、私はボロ泣きさせられてしまった。これまでの人生で種々様々の映画を観てきたが、間違いなく、これが〝自分史上最も劇場で泣いた映画作品〟となった。その理由は、言わずもがな《主演 香取慎吾》の存在感と名演にある。“熱演”という言葉はしっくり来ない。「こう見られたいから、ここでこういう動きをして、こんな顔をして…」などと、役者の欲が透けて見えるようなうるさい芝居は一切していないからだ。ギャンブル依存の郁男(香取)が誘惑に負け覚醒し、陶酔し、溺れ、底へ底へと沈み行く様と、堰を切ったように“郁男が溢れ出る”シーンの体現は圧巻で、その狂気と絶望と純粋さにはただただ涙するよりほかなかった。彼の目、顔に、圧倒され続けた。脇を固める役者陣も見事に適材適所。一つの穴もなく、どこを取っても生々しくリアルでドキュメンタリーを観ているかのよう。不条理極まりない現実を誰もが抱え生きる石巻を舞台に、どうしようもない悲劇の中でもがき苦しむ優しきロクデナシは《再生》できるのか。人生の凪は、差し伸べられた愛情のすぐそばに…。香取慎吾という怪物級の稀有な役者を得て、白石和彌監督のまた新たな代表作が誕生した。
亜弓の開業資金はどうやって調達したんだろう?
香取慎吾さんの渾身の演技が出色の出来であることに全く異論はありません。香取さんの演技が素晴らしかったので、木野本郁男の再生物語が、ある種のファンタジーとして描かれていれば、素直にいい映画だったな、と受け止められると思うのですが、印刷工場の配電盤や製氷工場の積み下ろしなどに象徴されるリアルな演出が想像力をフル回転させてしまい、鑑賞後は希望よりも現実的な困難の方が否応なくのしかかってきて先行きに対する不安や重苦しさに包まれてしまいました。
❶亡くなった亜弓について
自主的な判断や選択の余地を与えない決めつけの言動で子どもを躾けようとする親は子どもの心を傷つけることが多い。象徴的なのは、子どもにとって大事な友達を金髪であることひとつをもって付き合うべき友達ではないと決めつけた発言。自分にとって救いともなっている友達を子どもにとって理不尽な理由で否定すれば当然、子どもからの信頼を失う。
生きていたら、毒親になっていたかもしれないが、だからこそ、香取慎吾の、子どもであってもひとりの人格として接してくれる父親振りが美波からの信頼に繋がる、という皮肉。
❷木野本があの街で生きていくことについて
勝美じいさんが生きているうちは、ある程度表面化するのが防げるかもしれないが、心ない一部の人間による口さがない噂や邪推(※)、或いは、この街が小野寺という怪物を生んでしまったことに対する後ろめたさが逆恨みのような情念になって木野本や美波への、お前たちが帰ってきたからこんなことが起きてしまったのだ、もう出ていってくれ、という空気を作ってしまうことが起きるのではないか。
そして、勝美じいさんのいない世界で、もし木野本がまたギャンブルによる借金やトラブルを起こしてしまったら、今度は美波も巻き込まれることになる。
祭りや工場での喧嘩騒ぎやギャンブル依存によるヤクザとの関わりを考えたら、少なくとも、木野本の再生・更生を暖かく見守ろう、という人間よりも厄介者扱いする人間の方が多いのではないか。
※たとえば、亜弓の美容室の開業資金を小野寺が出していたのではないか、その金銭を巡るトラブルが殺人の動機ではないか、みたいなことをあの元夫あたりが発信源となって勝美じいさん、郁男、美波にとって耐えがたいうわさ話が流布されるようなこと
(実際のところ、あの開業資金はどこで調達したのだろう?)
現実世界に存在する人間の弱さやずるさがあれだけリアルに描かれてしまうと(まさにこの監督の凄みの部分)、想像力もリアルに刺激されてしまい、とても辛いことになってしまいました。
最近観た中で一番の映画です!
香取慎吾のクズっぷりに見応えあり
これは、香取慎吾の映画じゃない。
どうしようもないクズな男の生き様を通して、見えてくる今の世の中を
リアルに香取慎吾が演じている?というより、郁男として生きている。
ギャンブル依存症、アル中、仕事が続かない、キレると感情を抑えられず、暴力を振るう、家族のお金を盗む、、、。
自分は、どうしようもないクズな人間で、生きてる価値がないと思っている。
人に必要とされたり、誰かからちゃんと愛されたりすることなんて、自分にはないと思っている。
というより、それを期待することを避けて逃げて、この人生からは抜け出せない、やり直すことなんてできないと諦めている。
郁男の恋人、亜弓は、DVの夫と離婚しシングルマザー。彼女の娘、美波は、不登校。石巻で漁師をしている亜弓の父親、勝男は奥さんを津波で失い、今は末期ガン。
全員が何かを抱えて、どうしたらいいかわからない自分の人生をなんとかやり過ごしている。
層のように重なり続けていく、抜け出せない現実が絡み合って、とんでもない事件が起きる。
その原因は、自分がダメな人間だったからじゃないか、自分さえいなければ良かったんじゃないか、そんな思いばかりが募り、その思いから人を傷つけてしまう。
この物語の中では、何人もの犯罪者と犯罪者ではない人の人生が描かれている。しかし、犯罪を犯すか犯さないかは、多分違いはない。
そして、震災後の石巻で、人も街も失った喪失感。元には戻らないその場所で、それでもこの場所しか生きる場所はないと思い日々働く人たち。
この映画を観終わった時、誰もが、色々な想いを持つと思う。
自分もこの石巻のように再生していくことはできるのか。
そしてある意味、この映画の一番の重要なシーンは、エンドロールだと思う。
クズ男の生き様がじっとり纏わりつく
白石監督らしさが終始漂う画造りと、香取慎吾の放つクズなのにどこか愛らしい男という出で立ちがマッチして、男臭い映画が出来上がっていました。
正直亜弓を殺した犯人はあらすじを読んだ時点で予想がつきますが、物語を味わうにあたり犯人探しは重要でないので、気にならなかったです。
ギャンブル依存の郁男と関わる周囲の人物達によって、郁男のどうしようもなさ、危うさ、幼さが浮き彫りになると同時に、優しさや包容力、彼が持つ真っ直ぐな部分も見えてくるので、何やってんだよ〜と思いつつもどこか憎めない。その辺りの表現が非常に巧みで、さすが白石監督だなと。
終始じっとりとした汗と湿気がまとわりつく気分が良いとは言えない作品ですが、体力あるときに是非観てほしいです。
切なくて悲しくても生きていく
この映画を見て、涙が出ました。
切なくて悲しくても生きていくしかない、逃げたくても逃げても、明日は来るのだから…
こういう映画なら、ここで誰か助けに来るんだろうなと思っていたら、そうはいかない。
ここで立ち直るんだろうなと思っていたら、また逃げる。
どうしてそうなる?と思っても、実はそういう事がありふれた世の中の出来事何だろうなと思いました。
震災のあった街で、悲しくても辛くても前を向いて歩いていく。一言で言えば簡単だけど、でも、皆が皆そういう強さは無いのが普通なのだから
この映画は、そういうありふれた人達の中のありふれた物語の1つなのかもしれない。
ドラマチックじゃないから、気持ちが動きました。
復興は、陽のあたる場所では進んでいるかもしれない。でも、実際はまだまだだと聞く。
この映画が、そういう事にとてもリンクして泣けたのかもしれない。
香取さんのファンなので、この映画を見ました。
正直白石監督の映画も見たことの無いような私です。
でも、始まって数分でいつも知っているキラキラした香取慎吾はおらず、もがいて、苦しんで、逃げて、それでも歩いていく郁夫を見つけました。
喪失と再生。
再生はそんな生易しいものではない。苦しみの中でもがき足掻いてするものなのだと見せつけられました。
でも、最後には一筋の光が見えたような気がする、そんな映画でした。
人間味溢れる作品
香取&白石和彌のダッグが凄い。
香取慎吾の演技が素晴らしい。
元々、沙粧妙子や未成年、ドクなど
演技力はあったのにキャラクターものの
イメージが付き過ぎて損していると思っていたが、
この年齢になりジャニーズの殻が取れたからこそ
出来た体当たりの役だと思う。
この役に抜擢した白石和彌監督も
今までの作品とは全く違う人と街の喪失と再生の物語
に仕上げている重厚なヒューマンドラマ。
香取慎吾はまず眼の演技が凄まじい。
狂気、苦しみ、悲しみ、絶望、優しさ、弱さを
表現する表情も素晴らしい。大きな身体から
放出される怒り、悲しみに満ちた背中、
包まれる優しさに身体全身を使って泣きじゃくる。
こんなに悲しく、切なく、愚かで惨めな郁男を
抱きしめるはずの亜弓の居ない悲しさ。
しかし、郁男に残された家族の愛が
一筋の光を示してくれる。けして絶望的な
映画ではなく、かと言って答えは決まっていない。
撮影現場も郁男の再生を描くだけではなく
石巻の現状とともに再生すると言う意味も
込められているからこその場所だと思う。
作品を固めるキャストも一人一人が素晴らしい。
日本人だからこそ忘れてはいけない震災の復興が
まだまだ出来ていないことを改めて知りました。
白石監督がこんなにも優しく温かい作品を
日本の映画界に送り出してくれた。
素晴らしかったです。
これから見る人に注意
香取慎吾は凄い
組事務所から勝美に引き取られた郁男が、美波と3人で歩きながら号泣する表情は、安心した子供のように見えたり悔しさや情け無さいろんな感情が吹き出したかのようだ。
感情が入り込み郁男の涙がこころ震わせた。
このシーンは、大きな体の郁男を挟んで華奢な美波、小さくなった勝美とのバランスも良く、家族に見えるとても素晴らしいシーンだ。香取慎吾は凄い映画俳優だったんだ。
結局、犯人は小野寺だったんだけれども何故殺したのか?など一切描かれていない。
観客席で考えてみろ的な白石監督のメッセージなのか?
自分自身あの時踏みとどまれなかったら今どうなってた?
っていうのあるでしょ。
そんな事も思い出しました。
タイトルが秀逸
ひとり凪を待ちながら、郁男はどこにたどり着くのか。
どこにも救いがない中、人だけが優しい映画だった。
サスペンス要素が強くて、半世界に比べると作り物といった感じが強い。セリフも、少し文語体みたいなところが多かった。
でも、香取慎吾の等身大というか、いつもとは違う一面を見られて良かった。普段はキャラクター感が強いから、間近で映されると、思った以上にでかい体とパワーである。彼も、ある意味芸能界を郁男的に渡り歩いてきた面があるのもしれない。
凪待ち、いいタイトルである。凪は、一時的に海風が止んだ状態に過ぎない。風の中で凪を待ち、凪を経てまた次の風に吹かれる。この繰り返しの先に、私はどこにたどり着くのだろうか。
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