劇場公開日 2019年7月20日

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「圧倒的な環境に為すすべなく屈するのか、それでもできることを探し抗うのか。」存在のない子供たち とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0圧倒的な環境に為すすべなく屈するのか、それでもできることを探し抗うのか。

2023年4月10日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

泣ける

難しい

幸せ

子は宝。だが、”宝”の意味はそれぞれ違う。

 子を働かせて、子を売る親。
 ゼインの両親は、私たちから見てそう見える。
 それでも、彼らにとっては、代々続いてきた生き延びるための知恵。
 両親とも、IDがなく、正業に就けず、商店主・アサードの情けにすがっている。
 アサードは、この地の風習として、少女婚をごく当たり前のことと思っていた。体が成熟していないうちの妊娠・出産が、母体と胎児にどんな影響を与えるかわからずに。
  ー 日本だって、『源氏物語』の頃は、サハルくらいの年で結婚していた。初潮があると、裳着の式を行い、結婚できる年齢になったことを周知して、婿が来るのを待つ、もしくは入内。中世のヨーロッパだって…。だから、母が出産後の肥立ちが悪くて亡くなり、世界中、こんなにも継子いじめの物語が多い。
 両親も、娘を”売った”という意識はないだろう。持参金をたくさん払える男に嫁がせる。持参金をたくさん払える=生活資金がある、生活が安泰ということだ。日本での婚約指輪も同じ発想。また、アサードの舅・姑になることで、”情け”を確実にもしたかったのだろう。自分たちの地位のための姻戚関係なんて、日本でもざら。結婚による口減らし。木下監督の『楢山節考』でも、後妻は「あちらで食べさせてもらえ」と早急に嫁がされてきた。
 貧乏の子だくさん。子は労働力。だからたくさんほしい。乳幼児死亡率も高いだろうし。
 ジュース売り。大人が売るより、子どもが売った方が売れる。『スラムドック$ミリオネア』を思い出した。
 店の手伝い。子どもの方が賃金が安いから、雇われやすい。
 という、事情があるにしろ、父は…。
 母は母なりに、子どもの面倒は見てきたのだろう。7,8歳くらいにしか見えないゼイン。栄養状態が悪く、実年齢より小さい。栄養状態どころか、衛生面でも不安なこの家で、病気等で亡くした子はいない。子どもたちの中で、サハルが初めて病院に行ったというように、大きな病気をせずに育ててはいる。
 とはいえ、「出ていけ!」と言われたのが一番やさしい言葉というようなやり取りとは。
 IDはともかく、誕生日も覚えていない両親…。弟妹のと混乱しているのではない。

 ゼインを拾ったラヒル。
 偽造IDを買って、子を育てながら働く。母国に残してきた母に送金し養うために不法労働している。
 不安定な状況は似ている。しかも、ヨナスの父は、ヨナスの写真を見ることもなく「迷惑」と言い切る。母国の母にも仕事が変わったことを言っていない。電話での会話や裁判の証言からすると、ヨナスのことを自国の母にも言っていないのでは…。
 そんな苦しい不安定な中でも、ヨナスの誕生日を祝うラヒル。ラヒルとヨナスのやり取りは、見ているこちらも幸せになってくる。
 そんな、ラヒルとヨナスを見て、ゼインはどう思ったのだろうか。
 不安定ながらも続くと思った生活。でも…。

帰ってこれない事情を知らないから、帰ってこないラヒルにイラつきながら、ヨナスの面倒をみるゼイン。たくさんの弟妹を育ててきた経験が役に立つ。
 母の母乳しか受け付けないヨナス。氷に粉ミルクをまぶして与えるゼイン。TV。自家製乳母車。etc. なんて賢い子なんだ。材料の調達法はともかく。
 ゼインがかってにつけたTVのアフレコが悲しい。ああいうやりとりしか知らないのだろう。
ゼインは、どうしてヨナスを見捨てないのか。小さきものへの愛?ヨナスにサハルの姿を見ていたのか? ラヒルへの思いからか? 自分を慕ってくれる者、自分が大切に思うもの、誰か(ラヒル)が大切に思うものを守り抜こうとするゼイン。
 そうやって頑張っているのに追いつめられる。
 援助対象の哀しい格差。なりすましがやりきれない。
 なんとか合法に暮らしていこうとしたが、だが…。
 すぐに違法行為に手を出していないところが、ゼインを抱きしめたくなる。

メイキング映像・特別映像等を見ると、
 ゼイン役のゼイン君が「子どもを見捨てるようなそんな人たちがいっぱいいるよ」「子どもを頼っているような人たち」…「育てられないのになんで子どもを作るんだ」と本気で言う。 自分の身の回りにいた人たちを参考にして演技したそうだ。
 父を演じた人が素で子どもたちのことを語る時の眼差し。アスプロを演じた人が「私たちの人生を表現してくれた」という。母を演じた人が「私たちの苦悩を語った」という。
 「誰が欠けてもこの作品は作れなかった」この映画に関わった人たちが、本気でこの映画の意義を認めて参加した作品。思いがたくさん詰まった映画。

ゼイン君自身は、ラヒルのような両親に育てられたのだろう。スウェーデンに家族と一緒にいくと喜ぶ。
 それでも、「映画の人たちは僕を人間として扱ってくれた」という。ゼイン君にあんな眼差しをさせる、圧倒的現実。何を見て、経験してきたのだろうかのだろうか。

 その中で、現状を受け入れあきらめてしまった映画の中での両親。
 あがきながらも、道を見つけようとするゼインとラヒル。
 せめてものラストがうれしい。
 でも、現実は映画の中でのゼイン君のような子どもたちはたくさん存在する。

★ ★ ★ ★ ★

これは、ベイルートの話で、遠い国の話のようだが、日本にだって

”大人に頼られている子どもたち”はたくさんいる。
 昔流行ったアダルトチルドレン:子ども化した親の代わりに、子ども時代から大人の役割をさせられて、子ども時代に”子ども”として過ごせなかった人たち。実際に大人の代わりに家事をした等というだけでなく、心理的に大人を支えた子どもたちも含まれる。
 そして、今、福祉・教育の現場で大きく取りざたされているのが、ヤングケアラー。こちらは、大人も頑張っているが、子どもも介護や保育等の担い手として、”子ども”としての時が持てない子どもも含まれる。本当は友達と遊びたいのに、祖父母の面倒をみないといけないから遊べないとか。いわゆる”手伝い”の範囲を超えて、責任を持たせられている状態。
 どちらも、親から頼りにされて、家族の中での地位を得て、本人が自己効力感を得ている場合もあるが、それでも子ども時代に経験するべきこと:大人に安心して頼り、場合によっては、甘えられないことが、その後の人生に大きな障害となって現れることが多いので、今、問題視されている。

また、「生理用品も買えないくらいの貧困」も取りざたされるようになって久しい。
 派遣等の不安定収入の場合もあるし、病気等で働き手がいない家庭もいるし。”育休”取得が取りざたされて久しいが、それ以前に「保育園に預けた子が熱出したので早退を」と気軽に言えない職場。場合によってはリストラ対象になる社会。
 教育は無償化の方向に進んでいるが、学用品費の納入がなくて、肩身の狭い思いをする子どもたち。場合によっては授業が受けられない。給食が1日のメインディナーであっても、それは給食費が収められてこそ。ブラック企業に勤めてしまい、課税申告ができずに、減免制度が使えない親。パチスロ等に使ってしまう親…。

虐待。身体的虐待が解りやすいが、心理的虐待:ゼインが両親から言われていたような言葉を浴びせられて育つ子のなんと多いことか。
 ゼインと両親のように初めから基本的安心感の関係がない子どもも今は多い。思春期・青年期の自我ができてからの暴言と、自我ができる前の乳幼児期・学童期にこれらの言葉を浴びせられて育つのとでは、自尊心の持ち方が全く変わってくる。人との関係の持ち方が全く変わってくる。

そして、親のために生きる子どもたち。
 その受験は何のため?誰のため?自分の力を試したいからと、受験やアスリート他、困難に挑戦する子ども、それを応援する親ならまだわかる(それでも『ファーストポジション』の、子に奉仕する自分に酔っているミコの親は毒親だと思うが)。”点”がすべてなのか?
また、友達親子。親の手のひらから抜け出せなくなってしまっている子どもたち。子どもの方が上手な場合もあるが。
 親の価値観の中で生かされる子どもたち。
 児童扶養手当をもらうために、子どもを産み続ける夫婦。世話は長じた子どもに任せている。

親の都合で戸籍ない子どもたち。
 「離婚後の法律のせいで」という主張はもっとものようだが、離婚が成立してから子を作ればいいだけだと思う。離婚がしづらい状況は様々ではあるが。
 他にも、信条・宗教がらみで、本来他の子と同じように享受できる権利を奪われている子どもたち。
 国の施策に翻弄されて、戸籍がとれない難民…。

       ★ ★ ★ ★ ★

この映画のような圧倒的現実を前にすると、自分の無力さを感じてしまう。

ゼインの両親のように、圧倒的な環境に為すすべなく屈するのか、
ゼインやラヒルのように、それでもできることを探し抗うのか。

砂漠に水をまくような本当に本当に小さな関り。
その子の環境の抜本的な解決にはならない。
それでも、滝平二郎氏著『半日村』みたいになるかもしれない。
やらないより、まだましだろうと思う。

この映画を生み出してくれた方々、届けてくれた方々に謝意を表します。

とみいじょん
CBさんのコメント
2024年6月11日

映画にも教えられましたが、このレビューにも深く教えられました。これからも、こういうレビューもたくさん書いてください。
(もちろん、この映画、楽しかったよ系のレビューもまた、たくさん書いてください)

CB