「存在する子供たち」存在のない子供たち 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
存在する子供たち
見る前から期待はしていたものの、一抹の不安もあり。中東の貧困、虐待、移民、人身売買などを扱った作品を日本人が見て理解や共感出来るのか…?
そんな不安は全く無用だった。
気付いたら作品世界に引き込まれ、時に胸苦しく、時に胸打たれ、非常に非常に素晴らしい作品だった!
それにしても、こんなにも底辺も底辺の生き方を強いられている子供たちが居るとは…。これを思い出すだけでまた胸が苦しくなってくる。
まだ『パラサイト』や『万引き家族』の方が恵まれているかもしれない。
レバノンの劣悪な貧困窟で暮らす“おそらく”12歳の少年ゼイン。
彼には身分を証明出来るものどころか、戸籍すら無い。
つまり、こうして生きてはいるが、存在して居ないという事。
無論学校には通えず、朝から晩まで働かされている。
ボロ家住まいで生活は家賃や食べるものに毎日困るほど貧しく、両親は毒親で時々虐待も。
それでもまだ幼い妹や弟たちの為に必死に働いていたが、ある日ゼインの我慢も遂に爆発する出来事が。
11歳の妹と特に仲良かったゼイン。
その妹が親の勝手な都合で望まぬ結婚をさせられる。これが日本だったら、一体いつの時代の話どころか、犯罪。
ゼインは家を飛び出す。両親などどうでもいいが、幼い弟妹を残していくのは心苦しかっただろう。
あちこち放浪した末、掃除婦として働くエチオピア移民の女性ラヒルと知り合う。
ひょんな事から彼女の家で暮らす事になる。赤ん坊が一人居て、面倒を見る。
全く赤の他人の少年と母子。血の繋がりのある家族より血の繋がりの無い擬似家族の方が幸せな事がある。束の間のひと時。
…再び、苦境が。
ラヒルが仕事に行ったっきり帰って来なくなる。
あんなに優しい人だったのに、赤ん坊を残して…?
そうではない。ラヒルは不法移民。拘束されたのだ。
そうとは知らず、帰りを待つ。
ゼインは“存在して居ない子供”だが、考えてみれば、母親が不法移民であるこの赤ん坊も。
そんな少年と赤ん坊、肩を寄せ合って。
このまだ幼い“存在して居ない”子供たちに、世の不条理は何故にこんなにも過酷を強いる?
自分の弟妹ならまだしも、赤の他人の赤ん坊の面倒を見るゼイン。
もう立派過ぎる!
我が子を虐待する世の大人どもは、黙ってこの映画を見て、彼の爪の垢を煎じて有り難く低頭して頂け!
ゼインだって本当なら親に育てられ、まだ甘えたいだろう。
それなのに、こんなにも逞しく。
…しかし、12歳の少年と赤ん坊がたった二人でどん底の暮らしを続けていく事には限界がある。
家を追い出される。
ゼインは時折相談していた男性に赤ん坊を託す。
無論ゼインは、喜んで手離した分け与えではない。手離す時、溢れ出る涙を何度も何度も拭う。拭っても拭っても、止まらない。
ゼインにとっては、二度目。自身の妹やこの赤ん坊を守れなかった。そんな自分への怒りと、悔しさ。
が、ゼインは預けたその男が、人身売買者である事を知らなかった…。
再び、実家に戻ったゼイン。身分証明を出来るものを手に入れる為に。
真っ当な仕事をする為にも、夢である余所の国へ行く為にも、身分が証明出来るものが必要。
が、先にも述べた通り、ゼインにはそんなものは無い。
勝手に家を飛び出したゼインに、両親はとてもとても実の親子とは思えない辛辣な言葉を投げ付ける。
「俺たちは虫けらも同然」
「お前など産まなければ良かった」
さらにゼインは、信じたくもない悲劇を知らされる。
嫁いだ妹が嫁ぎ先で…。
ゼインは包丁を持って飛び出し、相手を殺しはしなかったものの、気が付いたら刑務所に居た。
本当に本当に何処まで苦しむのか。苦しまなければならないのか。
ゼインや子供たちが何か悪い事でもしたというのか。
こんな劣悪などん底で、この世に生を受けた事自体が罪だというのか。
救いはないのか…?
しかしやっとやっと、ゼインに救いの手が。
刑務所で電話を掛ける。
それは、TVの生放送の相談番組。
ゼインの訴えは波紋を呼び、弁護士が付く。
そして彼は訴える。両親を。
罪状名は、“僕を産んだ罪”で…。
映画は回想形式で、実の親vs子の裁判の様子も途中途中挿入される。
ゼインが不利になったり、
ラヒルも証言して赤ん坊を奪われた事を悲しみつつも、ゼインに対して恨みは無いと有利になったり、
実の両親の賛とも否とも取れる反論あったり。
母親の涙の叫びは、あれは嘘偽りではないだろう。毒親とは言え、自分のお腹を痛めて産んだ我が子を手離し、亡くした事を微塵も悲しまない親は居ないだろう。
が、「お前など産まなければ良かった」と言った親に弁解の余地は無い。
そんな母親のお腹には、また新しい生命が。
これには唖然とした。
こんな最低最悪の暮らしの中で、また子供を産むというのか。
産まれてくる子供に罪は無い。
が、また一人、ゼインのような恵まれない子供が増えるだけ。
一体、何を考えているのか。
自分のようになって欲しくない。
ゼインの心からの訴えが胸に突き刺さった。
自身の実体験も盛り込み、だからこそのリアリティー。ドキュメンタリータッチのナディーン・ラバキー監督の演出が素晴らしい。(余談だが、弁護士役でも僅かながら出演していて、とても美人さん!)
でも何と言っても、ゼイン役のゼイン・アル・ラフィーア少年。
子役ではなく、役柄の環境に近い貧困窟でスカウトされた全くの素人。
本当に素人!?…と思うくらい、圧倒的な演技力、存在感! 例えるなら、恐ろしいくらい。スゲェ…!
強気な口調、性格で、ずっと仏頂面ながら、澄んだ瞳と内に秘めた切実な思いが、不条理な世界に対して爆発するほど訴える。
それから、赤ん坊のヨナスくんが愛らしい。
ラストは少々出来すぎになったかもしれない。
でも、いいじゃないか。ずっと過酷な現実を強いられて、せめて映画だけでも報われ、救われて。一筋の希望。
この世に生を受けた事に何の罪も無い。
産まれて来なければ良かったなんて事は、断じて無い!
産まれてきた事には、きっと何かしら意味がある。
歴史に名を残す偉業、世を動かす力、その人一人のささやかな幸せ…何だって構わない。
我々は生きている。
僕たちは存在している。
ラストシーンのあの笑顔にーーー。
近大さん、かなり前に見たので結構忘れていた所ありました。近大さんのレビューのおかげで、話の進行と同時に、見たときに胸が苦しくなった感情まで思い出すことができました。ありがとうございます!