サスペリアのレビュー・感想・評価
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おっさんは魔女も大変だなあ、と思ったよ。
ホラーをリメイクするといって、そのまんまリメイクすることも問題ないが、本作の監督のように、思い入れが強すぎて、またゲイであることも十分に発揮して違った作風になったり、もっと言うと「ホラー」ですらなくなる、ということも全然アリだ。だから、より自由に撮れるアマゾン・スタジオでの製作ゆえ、安易なリメイクの氾濫の警告なぞ全く関係ないし、勇気ある選択も関係ない。
また映画をそのまま見ていけば、フラッシュバックで惑わされることはあるが、1977年のドイツという時代設定を少し勉強すれば、迷宮に入り込んだ、複雑な話でもないことは分かる。
そして、
ティルダの一人三役をやっている、ということが、特に3人目の役が誰なのかが分かった時点で、なぜティルダにその3人を演じさせたか、を考えると作り手がやりたかったことがわかる。
「サスペリア」
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トム・ヨークの「嘆き」のテーマソングがなんだかいつも通りだが、画面の、のどかだが不可解で不気味なシーンでいいオープニング。
というか、結果、ここでしっかりネタバレしているという。
1977年のドイツはいまだ政権はナチスの残党が一部居座り、ドイツの秋と呼ばれるテロ事件が起こった年である。そんな混沌とした情勢を舞台に、第二次大戦中に妻と生き別れをし、その行方を捜し続け、帰りを待つ精神科医が狂言回しとして、リメイク版のみ登場する。
魔女の巣窟であるダンススクール内でも、政権交代がなされず未だ旧体制の「マザー・マルコス」派が、「魔女の在り方」もっというと、「魔女たちを統制する政治のやり方」がスクールで行われていた。
そのやり方とは、そう、ダンスの上手い娘を、魔女の頂点に君臨するといわれる「3人の母」の一人である「嘆きの母」に生贄(器、入れ物)としてささげることで、魔女たちは外界の喧騒をよそに古くから生きながらえてきた訳である。
だが、その体制は、第二次世界大戦のナチスと変わらず、排他的、独善的な組織。魔女たちの晩餐は、常に狂気の笑いに満ち、ナチスのそれのようでもある。
そこで主人公の登場である。出身はオハイオ州。メノナイト派キリスト教徒の家庭で育ち、キビシイ躾などで、その環境になじめずにいた。
その反発から魔女の誕生となる土壌がある。
これは、ドイツの旧態依然とした政界、経済界を覆そうとするテロ運動の時代に並行し、ドイツにいる魔女の旧態依然とした政権に終止符を打つべく、アメリカで誕生した魔女がやってきた、というお話。
とまあ、ストーリー自体はそんな感じなのだが、ロケや衣装、妙なパンをするカメラなども時代感はしっかり打ち出せている。
だが、正直、テロ運動については、その経過をせいぜいテレビで流す程度で、それを魔女の政権交代に並行させなくてもいんじゃね、と思う。
もちろん、それはトランプ政権下にて、作り手の、表現者としてどうしてもやりたかったことなのかもしれないが、深みはない。
そして本作で最も大事なダンスのシーンだが、カットが細かすぎて、「小細工感」が出てしまって、妖艶な感じも、迫力もないのが残念。
追記1
薔薇映画の次は、百合かよ、という想定通りの描写。ダリオ・アルジェントは激怒したというが、そりゃ変態監督なら怒るわな。
追記2
オレの解釈は、スージーは生まれつき、ではなく、「ウィッチ」(2017)のように魔女になった、とみる。彼女自身が生まれつきの「嘆きの母」なのか、は分からないが、彼女が「3姉妹」の一人である描写があったように思う。
追記3
宣伝文句のように「よじれる」シーンもそんなに怖くなく、終盤までショックシーンがないのが残念だが、ラストのどろどろシーン。
「あんたが嘆きの母っ??!!」からの「ブシャー」が素晴らしい。
マルコス政権とその支持者を粉砕し、被害にあった、醜く生かされている女子の「死にたい欲求」を満たしてあげ、妻の帰りを待つ精神科医に事実を伝えたのち、記憶をなくさせ、息の根を止める。
やさしいのか、やさしくないのか、分からないが、スージー新政権誕生。
奇想のオリジナルとは別種の奇想
閉ざされた学校を舞台にシュールかつ筋の通らない恐怖シーンのオンパレードで、ゴブリンの異様な音楽と原色の映像美によって「なんだかすごいものを見ている!」という興奮状態に陥れられるオリジナルの怪作っぷりとは趣向を変えて、外の世界(社会)と関連する裏設定をわんさか放り込みつつ、シュールであることは変わらないというアプローチは、本作なりのオリジナルへのリスペクトなのだと思う。
ただ、前衛舞踊を取り入れたことでビジュアル的に強烈なインパクトを与えようとした意図は感じつつ、悪魔崇拝や悪霊憑きというよりも単に「スゴい前衛舞踊パフォーマンス」だと思ってしまった。シーン単体としては非常に面白いが、世界観を広げるにはちょっとパフォーマンスに頼り過ぎという気もする。
安易なリメイクが氾濫する現状への警告か?
ダリオ・アルジェントの「サスペリア」は強烈な色彩と全編を通して繰り返されるエレクトリカル・サウンドに翻弄される体験だった。いったい何が怖いのか分からないのに、視覚と聴覚だけは常に刺激されているような。しかし、同じイタリア人であるルカ・グァダニーノは、先人がチョイスした色彩の度合いをあえて抑え、物語の舞台に準じたジャーマン・ロックの周波数が低いサウンドをバックで流しながら、ある意味、明確な恐怖の実体に向けて演出の舵を切る。でも、これを単に恐怖映画と呼ぶのには抵抗がある。何しろ、本作でグァダニーノは、アルジェント版には登場しなかった、前衛バレエ、それに伴う肉体表現、ナチスの影を引きずる登場人物、露出度の高い舞台衣装、等々、ディテールや構成要素にこだわることで、かつて見たこともないほどえぐく、ムーティで、カタルシスに溢れる映画的世界へと観客を誘ってくれるのだ。多くのレビューが指摘しているのように、そんな大胆な改ざんにこそ、アルジェントに対するグァダニーノのリスペクトと、オリジナルを単純になぞることへと強い抵抗を感じる。彼の勇気ある選択は、安易なリメイクが氾濫する現状への警告ともとれるのだ。
果てなき迷宮に翻弄される愉楽
オリジナルの舞台は、血をイメージさせる鮮烈な赤の内装の建物だったが、今作ではそれが再現されず、古風ではあるが平凡なインテリアだったのが残念。その代わりか、終盤の群舞での紐ビキニ風衣装に血の赤が引き継がれている。
ダコタ・ジョンソンにはあまり魅力を感じないが、本作でのダンスは力強く、良いパフォーマンスだった。クロエ・グレース・モレッツの起用法はもったいない。「キック・アス」で動けるのは実証済みなのだから、彼女にもダンスの見せ場を作ってあげたらよかったのに。ティルダ・スウィントンはさすがの存在感。振り付けの演技も説得力があり、超然とした佇まいから放たれるカリスマ性が闇の力の強大さを感じさせる。
終盤の修羅場は見事の一言。全体としては迷宮に入り込んでいく面白さもあるが、話を少々複雑にし過ぎたか。
「自分の妄想を人に信じさせる、それが宗教だ」確かに
DVDレンタル開始時にパッケージ・デザインとティルダ・スウィントン出演でレンタルした超有名作のリメイク。今見直すとダコタ・ジョンソンとクロエ・グレース・モレッツが出てたのも思い出した。ミア・ゴスが生徒役で、『サスペリア』の主人公ジェシカ・ハーパーも精神科医の奥様役で出てたのを今回知った。
実はジョセフ・クレンペラー精神科医でクレジットされているルッツ・エバースドルフの正体は特殊メイクをしたティルダ・スウィントン。
きれいな映像がグロさをも盛り立てて…
個人的にはホラー系は全く興味がないが、本作は「君の名前で僕を呼んで」のルカ・グァダニーノ監督ということと、主役ではないもののクロエ・グレース・モレッツちゃん出演ということで鑑賞。
製作陣や出演者からして、ホラーとはいえども何だかんだ楽しめるだろうと淡い期待があったが、結構ハードなそのまんまホラーだし、ストーリーがとても複雑で油断できない内容ゆえ、結局やっぱり汗々だ。
正直なところ、やはりあまり好みではなかったが、作品としてはとても凝っていて創り込まれていたと思う。
オリジナルを大胆に別物に変えたリメイク!
オリジナルは最も美しいホラー映画と言われた、ダリオ・アルジェント監督の傑作ですが、本作は完全に別物な作品に仕上げられています。オリジナルの原色の色彩や興奮を書き立たせる音楽は全く引き継がずです。魔女というキーワードは同じですが、本作では不気味な"儀式"がテーマとなっています。
世間の評価は賛否両論で真っ二つに分かれるのですが、個人的な感想を先に述べますと、私は"否定派"です。だって、あのホラー映画の傑作のサスペリアですよ!?芸術性や独特な雰囲気あってこそのサスペリアです。それを無くしてしまい、さらに物語のテーマですら捻じ曲げてしまっては、全く別物の映画で、単に名前を借りたかっただけの気がしてしまうのです。リメイクではなく単なるカルト映画にしか見えなかった。
映画自体ですが、オリジナル以上に意味が分かりません。まず心理療法士のクレンペラー博士の存在ですが、重要なキーマンかと思いましたが、結局何をしたかった(何をしてあげた)かが分からない。スージーの母親の病気も意味深のようで意味不明、劇団スタッフ?のか弱そうな女性の急な自殺も意味不明、ラストの儀式も意味不明。なんだかちんぷんかんぷんです。
では、ホラーとしてはと言いますと、怖いよりグロいです。冒頭のスージーがダンスによりダンサーが人体破壊されていきますが、いきなりグロさ全開です。最後の儀式もかなりグロさを表に出しています。ただし視覚的な恐怖はあるのですが、オリジナルに見られた精神的に来るドキドキ感は感じられないのです。
でも、良かった部分もありますよ。
まずオリジナルでは取り入れられていない、ダンスシーンがふんだんにあります。スージーを演じるダコタ・ジョンソンの魅力もふんだんに表現されています。儀式としてのダンスとなるため、その異様さや迫力もしっかり表現しつつもセクシーさもあります。監督自身ダンスを重要視したと言ってますので、その通りな仕上がりでした。
嬉しい部分は、オリジナルのヒロインである、ジェシカ・ハーパーの出演です。正直出演のさせ方は無理やり感があるのは否めないですが、お年を取られても表情や演技は変わりないですね。またサスペリアでお会いできるとは感動であります。
新旧ヒロインに注目すると、ジェシカ・ハーパーは静的なかわいさ、ダコタ・ジョンソンは動的な美しさ、といったところでしょうか。お二人おきれいですが、全く質が違う美しさですね。
この映画、俳優さんもかなり豪華なんですよね。主役級の女優ティルダ・スウィントンとクロエ・グレース・モレッツが脇を固めます。といっても、ん?クロエちゃん出てた?って思う方もいるかもですね。というか・・・クロエちゃん何やっているんですか!立派な女優になられたんですから、少しは仕事選んだ方がいいです。
ということで以上が感想ですが、あんまり否定的なレビューは書くことはなのですが、余りにもオリジナル愛が強すぎるので今回はしょうがないレビューと思っていただければ。映画としてはグロさ満載で、ホラー好きには楽しめると思います。何度もいいますが、サスペリアリメイクとして見てしまうと、がっかりな内容でした。
サスペリアの名前付ける必要ない
つうか長い!
2時間カットしたら
少しはマシになるんじゃないの
あとラストの赤いフィルターみたいのが無い完全版あるらしいけど ここまで駄作だったら見る気にならないし
ミアゴス出てるから そこを評価してマシマシでこんなもんです!
えっ、、、コワイ
結論、よくわからんかった。
芸術的ではあると思う。
よく言えば美しさとグロさがミックスされてるのかな?
でも、意味わからんが強すぎて。
ダンスも個性的すぎて、、、決して怖くはないけど、夢に出てきてうなされそうな映画ナンバーワンって感じ。
あっ、プロローグのモレッツちゃんが可愛かった!
圧巻の仕上がり!
マダム・ブラン役のティルダ・スウィントンが語ったパンフレットのインタビューでの
「この作品は、リメイクじゃなくて、カバーヴァージョン」
という発言にすべてが集約されていると思う👏
ルカ・グァダニーノ監督の、君の名前で僕を呼んで(17年)は記憶に新しいところだが、まさに大ヒットするだけのセンスが今作にも遺憾なく発揮されている!
まあ、ラスト15分は映画史に残る狂気のラストだと思う👍
難解そうで意外に直球の王道
目の前の日常生活が崩壊していく恐怖をホラー映画でバグらせ太郎!
ネタ(オチ)はともかく、その手前までは楽しめた。
サスペリアの2は夢に出るほど好きなサイコホラーですが、スタイリッシュな怪奇ものの1は普通。
さらにリメイク版である本作は舞踊団、惨劇、隠し部屋といったお題だけ借りたさらに別物。
こういう意味深で思わせぶりな引っ張り方だと、どうしてもネタを明かした瞬間に気まずくなるのは仕方ない。そこを画面のパワーで補ってくるクライマックス。
細かいとこはわかんないけど、設定的に進撃の巨人(北欧神話)を想起させる。
博士に関しては、ラストでいちおう最低限の説明はしてくれる。台無しでは?と思わないでもないけど。
「母が見た末っ子の罪」is何、は明示されないので結局よくわからず。まぁ性的な事柄なんだろうか。
どのみちリングのホラービデオみたく明かしたところで誰も得しない、野暮ってやつかな。
でも主人公にとって怪物になったのは母のせい、逆に母からすれば彼女が恐ろしい異物に見えたから罰した、そのドラマこそが結構重要な部分だと思う。
それが明確に言及されないのでということは主人公の「本性」もぼんやりして判断を留保されたまま終わる。観た人がどちらに受け取るかに委ねたい、ということなら何も言うことはありません。
マザーとマダムも母娘ってことなりそう。スージーとマダムでオカルト版の「キャロル」みたいな訳には行かないのね。。
とはいえオチに至るまでの過程は楽しめたし、ロケーションとか映像はいいので、これなら劇場に行ってもよかったなと思う。
ただ膀胱の限界に挑戦してくる150分超え。。その割には、音と映像を重ねて前後のシーンのつながりを伝えていくとか、寮の似たような室内でも誰なのかわかるように前もって衣装を強調しておくとか映像的な配慮は行き届いている。
なので一見難解そうに見えても、わかりにくいとか場面の意図がわからなくて混乱するとかはない。偏差値は高い。
でも結局のところ男性的なストーリーの型に収まっていたように見える。偽りの父と別れ、真実の父に巡り合って一人前になる話、と変換するとたちまちハリウッドの王道パターン。
それ自体が悪いわけじゃないけど(むしろ好き)、問題は「男に向けた男の話」を女の身体(めちゃくちゃ脱いでる)を利用して語ってるという構図。
女の値打ちはあくまでその表象にあり、中身は興味ないってそれ古典的ミソジニー仕草。。
一見つよつよな女たちの話に見せかけて、根底には女が怖い、女の肉体(母性)に飲み込まれることが怖い…と。あっハイ🤭
「転移」は本作の重要なテーマですが、実はその範囲は作り手から始まっていた!という壮大なオチ。
そのため母娘のストーリーでありながら、むしろ男性に刺さりそう。いっぽう女の心にはあまり刺さらなそう。
不気味…
前衛的で狂気に取り憑かれたダンス、女の園、マダムたち、フック船長を思わせる鈎、博士、そして何よりもティルダ・スウィントン。。時系列が突如移り変わったり、戦後のドイツに馴染みがないので、物語をつかみにくい。エログロ?満載なのだが、ラストはダコタ・ジョンソンがマルコス派を優雅な音楽と共に一掃。ダコタは魔女の生まれ変わり。結局は権力闘争だったのか。一番驚いたのが、解説を見て、ティルダが一人三役、マルコスと博士を演じていたこと。道理で不気味だと納得。ダコタは健康的で美しかった。ストーリーはアート的?高尚過ぎて分からなかった。
身体の折れ具合が、い、い、痛ーい🥶
昔、サスペリアを観た時に凄く怖くて、私的にオーメンよりも怖さMAXだった。あの音楽を今でも覚えているし、学校の中の独特な雰囲気が不気味で、まち針や蛆虫にひぇー😱(今思うとそんなに怖くはないけど、、、でも音楽はやっぱり怖いな)。今回はどのくらい怖いのか期待したけど、それほどでもなかった。
怖いというよりグロい!博士の奥さんとの哀しい話(奥さん役が初代スージーなのか?)やテロ活動が織り込まれていたり、ちょっとゴタゴタしてわかりづらかった😟終盤での不気味なマルコス登場での集団ダンスはミッドサマーを思い出した😅博士まで裸にさせられたのは気の毒!
1977年の時代設定で、この映画に限らず思うことは、レストランでの食事シーン、みんなタバコ吸いながら飲んだり食べたり。今ではありえない光景だな、時代は変わったなって思ってしまう。
迷宮の恐怖、はツマラナイ。
魔女悪魔もので作者の考え次第でなんでもアリ系は好かぬ。
広げた風呂敷を畳めていないだけだろ。
迷宮の恐怖です、だから物語は無いんです、ではこっちは楽しめぬ。
原典の明快さゆえの怖さの方を改めて買う。
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