「出版戦略の二極化」騙し絵の牙 movie mammaさんの映画レビュー(感想・評価)
出版戦略の二極化
とても面白かった。
重すぎず、誰も死なないし、どよんともこない空気の中で味わえる作品なのは、出版という娯楽文化の上での話だからだと思う。
見終えて思うのは、誰も騙し合っていなくて、それぞれの生い立ちや背景のもと、移りゆく今に合わせて牙を仕掛けているだけということ。
紙媒体にとって、手に取って貰う販路整備が非常に重要。でも中身も重要。
紙媒体は雑誌に依存、雑誌は広告に依存。
この収益体質を変えない限り、中身も面白くはできない。
そのどこにこだわるかが、登場人物ごとに違っていて、とても面白い。
速水は根がフリーで各出版社を渡り歩いてきただけあり、出会いや人脈や考え方も輪を広げていくスタイル。良いものは共有していけば良いという思考の持ち主。最後には先代社長の息子惟高氏と組み、薫風社文書をAmazon独占販売とする拡大の戦略を取るが、面白さを重視する。
先代社長、伊庭喜之助のもと5年温めた、昔から文学を扱ってきた歴史ある薫風社の文学資料館を本の物流センターとして扱うKIBAプロジェクト。
これを先代亡き後もどうにか推し進めたい改革派の東松と、小説薫風の品格と歴史を守りたい宮藤の派閥争いに思えたが、先代の息子惟高は既に先手を打ち、薫風社の書籍をAmazon独占販売とする交渉をアメリカで半年かけてまとめ、雑誌はweb化する策を練っていた。
東松は先代を守りたい、そして敵対派を出し抜きたい一心だったようだが、KIBAを進めるには時が立ちすぎていて、のろのろしているうち惟高も帰国し、失脚。
利益の出ない小説薫風が社内で聖域化しているものの、宮藤は薫風のブランド力をかざすだけで、風穴を開けようとしない。どころか、小説の賞に影響力を持ち、文学界の公平な評価を妨げてその名を汚す言動まで。結果、失脚する。
小説薫風を背負い守ろうとしていた江波は、薫風と作家と宮藤に失礼のないよう、名を汚さぬ事だけを考えていたようだ。作中、守りの象徴、攻めない象徴的存在。だが最後には高野を手伝い新たな一歩を踏み出す。
高野は街の書店が実家で、作品や作者と向き合って高めていきたい。良いものがあると思ってお客さんが足を運んでくれるスタイルを最終的に父から継承し、ドラマにも漫画にもなっていない、本で読むしかないもの。そこでしか買えない本を扱う選択と集中型を取った。
社内の派閥争い、社内の小説薫風vsその他雑誌の争い。雑誌トリニティの編集グループも巻き込まれながら、販売部数のために企画を挙げていく。
速水はサバゲーを趣味とし、前から気になっていたのはジョージ真崎ことモデルの城島咲の狂った文体だった。銃器好きの城島咲がトリニティで表現するきっかけを作る。城島咲役の池田エライザ以外できないような、可愛くて闇とハードボイルドを秘めた存在感がとても良かった。
高野は新人作家として目をつけていた矢嶋聖が薫風の賞からははずれるため、個人で目をかけてデビューさせようと思っていたが、実は矢嶋と、高野が好きな伝説の小説家、神座(かむくら)は同じ人物だった。
大御所作家としては、二階堂というワイン好きで出版社の経費で豪遊する、所謂な作家先生も出てくる。二階堂は長年甘やかされていた指摘を受け、原作をトリニティでコミック化する決意をする。
みんな、表現した文章を、現代でも認めて貰いたい気持ちはあって。
それらの文章や才能と、現代の市場や消費者動向とのかけ合わせを行いつつ、縮小業界を担わねばならない出版社の方々の苦悩がわかりやすく上手に描かれていた。
らしさvs面白さでは、作中では面白さに軍敗が上がったようだ。
販路の拡大vs縮小のどちらが面白いのかは、速水も高野も生存戦略のどちらを取ったかというだけで、正解はないような気がした。