「複雑な問題にも関わらず、スポーツのそれに似た清々しさ。」判決、ふたつの希望 sannemusaさんの映画レビュー(感想・評価)
複雑な問題にも関わらず、スポーツのそれに似た清々しさ。
監督のストーリーテリングが抜群に上手いので、レバノン情勢に詳しくなくても安心して観れ、もっと知りたくなる、そんな作品。実生活でも避けて通れない争いに対処するためのヒントを教えてもくれた。
俳優2人の演技も素晴らしく、演技に引き込まれて怒りに震えたり、辛くなってしまうシーンが多々あった。
はじまりは些細な2人の諍いだったが、周囲の思惑に翻弄され、国をも揺るがす事態になっていく、悪夢のような展開。ラストはやや強引な感もあるのだけど、スポーツの名勝負が終わった後のような清々しさで、そこに至るまでのあれやこれやを考えると狐につままれたような感もある。笑
人類の歴史上長く繰り返される、宗教、人種、国、を跨いでの争い。
多数の愚者もいたし多数の賢人もいたが、長い歴史を経て、今なお争いは止まない。トランプ大統領の台頭っぷりを見ていても、今後ますます対立は深まってゆくのではないかという危機感の方が強い。
終止符は打てるんだろうか、平和的解決に向かうためにはいったいどうすればよいのだろうか、と考えてはみるものの、単なる一市民である自分に何ができるわけでもなく、深い知識もなくごく平凡な頭脳の自分に天才的な方法が閃く思いわけでもなく。
言葉が無理なら武器の戦争やめてスポーツで決着つけたらええやん、でもそれやったら金にモノを言わせるとこが結局権力持ってまうな、、などと考えはじめて思考停止に陥ることが私の常ではある。
主人公のトニーはいわゆる「愛国」主義者。物語の序盤では、私から見るとけして好感を持てる人間ではなく、むしろヤーセルの一本筋の通った好人物っぷりについ肩入れしてしまう。彼はパレスチナ人であり、現在も過去も虐げられてきたということも容易にわかるし、私だけではなく多くの観客がそうなりがちなのでは。
でも、それだけに終わらないのが本作の面白いところ。
傷つけあってきた歴史を、傷つけられた想いを、どう乗り越えるべきか。
辛さは伴うが、お互いの思いを言葉でぶつけ合い、相手の主張にも耳を傾けることがいかに大事か。輩っぽいから、論理が破綻しているから、などと決めつけて話を聞かない、聞いたふりをするのは大損だよなと心底思った。
とはいえそれが一番難しくて。興味を持てない、もしくは憎んでいる相手の主張に耳を傾けることはかなり難しい。
本作では、お互いが歩み寄るきっかけになるそのはじめの一歩を踏み出したのはトニーだった。けして大統領に背中を押されたわけではなく。笑 一見さり気ないのだけどとても大切なそのシーンは本当に胸熱で、思い出すだけでニヤニヤしてしまう。
本作の方が争いのスケールは大きく、スマートな闘いではあったのだけど、登場人物たちの位置関係やストーリー展開はスリー・ビルボードにも似た構造だなと感じた。どちらも名作。
民族同士の対立がますます深まる気配もある世界情勢だけれど、そんな中で、和解へのヒントを積極的に提示する名作が生まれていることもまたひとつの希望である。