「加藤はそんなやつではない」宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち 第五章「煉獄篇」 ゴリさんの映画レビュー(感想・評価)
加藤はそんなやつではない
少年のころ、さらばをリアルタイムで鑑賞し、まさに当時のヤマトを愛した(ただし、認めたのはさらばまでで、ヤマト2は別の物語だと思っている)世代です。
今回の2202は、2199で出渕さんのヤマト愛に共鳴し、いろいろ不満もあったがまあまあ許せたし、そのままの勢いで観ている感じです。たぶん、2202については、何があっても最後まで観ます(もはやそろそろ辟易しているが)。見届けるつもりです。
しかし、だ。
加藤三郎はあんなやつではない。ラスト5分は絶対にありえない。
あの行為は2199のみならず、すべてのヤマト観を否定している。
今後第6章、7章でこれが布石となって、きっと何かが起こるのだろうが(たぶん三郎はこれを苦にして最後は何かやってヤマトクルーを守ろうとするんだろう)、もし本当にそうなるとしたら、かなり安っぽい。2202は、40年前、ぼろぼろのコスモタイガーの銃座で死んでいた三郎を見て泣いた以上の感動を与えてくれるのだろうか。あの死にざまは、こんな三郎のバックグランドはなくても、観る側にいろいろな想像とヤマトの世界観を与えてくれていた。
それでまた、予告編の「銀河」ってなんだあれは。他のレビューアーも書いてたが、私も「大ヤマトかこれ」とちょっと笑けた。ありえん。
だがしかし、私は最後の第7章まできっと観るだろう。
ヤマトとは私にとってもはや人生の1ページにしっかりと刻まれてしまっているのだから(50のオヤジがいうことではないが)。最後まで見届けるつもりだが、その後はわからない。山南が生き残ったのは、たぶん、永久に(だったか)で艦長にするための布石ではないかと想像する。もはや期待はしないが、2202の第7章ラストが、その後も観る気にさせてくれるものであることを、祈っています。