エンジェル、見えない恋人 : 映画評論・批評
2018年10月9日更新
2018年10月13日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにてロードショー
“透明人間の視線”のスリルと快楽に身を委ねたいラブ・ファンタジー
「神様メール」「トト・ザ・ヒーロー」のジャコ・ヴァン・ドルマル監督がプロデューサーを務めたこのベルギー映画の主人公は“透明人間”だ。といっても、画期的な新薬やテクノロジーによって透明化したのではない。生まれつき姿の見えない少年エンジェルと、盲目ゆえに気配と匂いで彼の存在を察知した少女マドレーヌが織りなすメルヘン風の純愛ファンタジーだ。
その名の通り、透明人間は不可視の存在なので、ヴィジュアル化するにはひと工夫を要する。最もよく知られているのはジェームズ・ホエール監督のクラシック・ホラー「透明人間」で、帽子、包帯、サングラス(ゴーグル)をまとったそれだろう。透明人間が雪原を歩くと、足跡だけがぽつぽつと残されていくクライマックスも有名だ。
本作にもそうしたアナログな特殊効果が用いられているが、俳優でもあるハリー・クレフェン監督のユニークな試みは透明人間の視線をP.O.V.で撮ったことにある。エンジェルは森に囲まれた屋敷に暮らすマドレーヌにおそるおそる接近し、この美しい赤毛の少女の虜になる。2人が庭でかくれんぼに興じ、たちまち恋に落ちていく序盤の描写が抜群に素晴らしい。被写界深度の浅いレンズで映像化されたエンジェルの眼差しには、未知なる外界や他者への恐れと好奇心が息づき、まばたきで視界がぼやける感覚までが繊細に表現されている。目眩を誘われるほど甘美でみずみずしく、幸福感に満ちたシークエンスだ。
つまり、これは画面にまったく映らない主人公が、最愛の少女をひたすら見つめ続ける映画だ。2人は相思相愛なのだが、それはマドレーヌが盲目だから成立する特殊な関係でもある。後半、マドレーヌが手術によって視力を回復すると危機が訪れるが、“目隠し”という絶妙な小道具が2人の距離を再び近づける。そもそも覗き、不法侵入などのあらゆる不道徳な行為をやりたい放題の透明人間は、映画史的にも犯罪や狂気と結びつきやすいキャラクターだ。しかしクレフェン監督はエンジェルからマドレーヌへ一方的に注がれる眼差し、すなわちフェティッシュな窃視のサスペンスやエロスさえも純化させ、このうえなく素朴で親密なおとぎ話を紡ぎ上げた。
そして本作の成否の鍵を握っていたのは、マドレーヌ役のキャスティングだろう。少女から大人への変容を演じ分け、透明人間の眼差しのスリルと快楽を具現化した3人の女優に、誰もがまさしく“目を奪われる”に違いない。
(高橋諭治)