万引き家族のレビュー・感想・評価
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家族のあり方について考える
是枝監督は数々の作品で、これまでも「家族のあり方」について問題を提起してきたと捉えている。
『そして父になる』や「海街diary』。
今回のそれも、同じく家族のあり方について考えさせる作品であったと感じた。
とある歪な、一見「バラバラ」な6人が一つ屋根の下に暮らしているーーー。血の繋がりはないし、年齢も性別もバラバラだ。家計は苦しく、生計を立てる手段として常態化しているのが万引き、紛れも無い「万引き家族」だ。
作品が進むにつれ、そこには色々な形の愛があり、確かな家族がそこにはいたのだ。
しかし、つまらない定規によって簡単に家族はバラバラになり、突如として歪さが露わにされる。
この作品に出会うまで疑問にも思っていなかった定規。見終わった今となっては、それは本当に信じるべき定規だったのだろうか...。
その定規によって、一つの家族がつまらない「集団」という括りにされるのであれば、その定規は手放していいものなのかもしれない。
なぜならそこに愛はあったのだから。
家族の存在意義は、家族に伝播させ、残るものがあるかどうかだと思う。
しょうたが興じたビー玉遊びはゆりの中に活きているし、6人で身を預けた海の青はまたゆりの脳裏に強烈な思い出として焼き付いている。
作中で描かれた愛は書ききれない。
ゆでたてのトウモロコシから立ち上る湯気、花柄のワンピース、音だけ見上げた花火、ラムネの中で転がるビー玉...セミを追いかける少年の背中にかけられる「お兄ちゃん」という声、触れ合う肌、賞賛の言葉、存在を肯定する言葉たち....。
愛を受けた者はおそらく人に愛を与えることができるのだと思う。
傷ついた人に愛を与えることは実は難しいことではない。
それは例えばそっと傷口を撫でてあげることだったり、抱きしめてあげることであったり。
簡単に思えることも、時として難しく簡単でないことを知る。
対極的な存在として描かれる“じゅり”の実の父母の登場でそれには突如気づかされる。
一見外見は所謂「バエ」たビジュアルで登場する彼ら。しかし一度蓋を開ければ、あくまで愛を表現するために、彼らの傷口に触れればそれは禁忌行為であり、娘を抱きしめることさえこの人間には難しい。
簡単なことは時として難しく簡単ではない。
なぜだろう。改めて、今私はやはり、信じてきた定規でくくったこの歪な家族が、貧しくて卑しいように思えるはずなのに、私は今愛しくてたまらないのだ。
犯罪と常識の境目 歪でも確かな家族の形
今は良くても、いつか必ず破堤するし、取り返しのつかないことになるのは考えればすぐにわかるのに、それを考えない。要らない物でも盗んで集めて家の中は不潔な上に不要な物で溢れている。
貧困の連鎖、教育格差、社会的倫理観の欠如。それはこの人達だけの責任ではないし、でもだからと言って誰かが簡単に止めれるものでもない。
そもそもこんな風に偉そうに誰かが止めようとする必要もないのかもしれないと思うくらい、劇中での彼らはとても幸せそうだった。
社会の規律を守ることは結局犯罪の抑止力にもなるけど、だからと言ってその規律通りにしようとすると必ず歪みが生まれる。
彼らは人の痛みがわかり、傷ついた弱者を守りたいと思う心優しい人達だし、実際保護されたりんは元の家にいた時とは比べ物にならないくらい人の優しさに触れられただろう。
でも、やってることは万引きの強要だ。そのままずっと学校にも通わず(祥太同様みんな本当の家族ではないので公的サービスは一切受けられない)大人になるなんて無謀すぎるし、それが彼女や祥太にとって幸せなのかと言われると疑問だ。
映画を観ていると、つい万引き家族に同情してしまう。こういうのもありかななんてさえ思えてきてしまう。
彼らが平和ボケしてる恵まれた人間よりもずっと、りんの痛みを理解できたからこそ、関係ないと切り捨てられず、放って置けなかったこともよくわかるし、安藤サクラとのやりとりなんて涙なしには見られないくらい胸をえぐるものがあった。
むしろ生暖かい環境で苦労を知らずに生きてる人間の方が浅はかで、理解が足りないというか、理解ができないことが多いんだということに憤りを感じた。
祥太は万引きが悪いことだと知っていて、りんを仲間外れにしようとするけど、リリーに「役割を与えた方が居やすいだろ?」と言われて一応納得したような顔をする。でも駄菓子屋のおじさんとのやりとりの中で、やっぱりりんにはさせては駄目だと思う。
リリーのことは好きだし、慕っているけど、悪いことを平気でするしさせてくる彼への戸惑いも同時にある。
最後、りんが初めて自分から万引きしようとしたのを見て、これは駄目なことなんだと身をもって伝えたくなったのではないかと思った。万引きが生きる術だった彼にとって、捕まったらどうなるかなんて分からなかっただろうし、反射的に、お前は染まるな!と体が動いてしまった様に見えた。
家族って何で繋がってるの?金でしょ?というセリフ。
血が繋がっててもそんな家族も沢山あるだろうななんて思った。血が繋がってたって合わない人とは合わないし、愛が冷めた夫婦だってごまんといるだろう。
万引き家族は確かに金でも十分繋がっていた。生きるために必要だから。でも、心も繋がっていた。それはあまりに歪で、おばあちゃんとさやかの関係なんてもう怖すぎて、でも同時に切なくて、なんて形容すればいいのか分からないけど、人間らしい感情で確かに繋がっていた。
りんはなぜか虐待を受けていたことが伏せられ?元の家に返されてしまうけど、恐らく虐待は繰り返されるだろう。
なぜノブヨやリリーは虐待から保護したと言わなかったのか、子供が産めない哀れな女が他人の子供を誘拐してしまったという話に片付けられてしまったのか、そこはとてもモヤモヤしたけど、犯罪者の声など、誰もまともに聞いてはくれないと諦めてしまったのだろうか?そういう色眼鏡で人は見るものだし、相談員の対応もどこか呆れ哀れむような態度だったし、実際本当にノブヨの母性が誘拐を引き起こしたと本人も思ったのかもしれないが。
見終わった後、なんて余韻を残す映画だろうと一人で悶々としてしまった。まとまらないのでこの辺で。
万引き=バレないように盗る、万引き家族=バレ無いように盗ってきた家族
この物語は安藤サクラのセリフ 「盗ったんじゃない、拾った。誰かが捨てたものを拾った」に集約されている。
万引き家族は捨てられた人々。樹木希林は夫、安藤サクラは母になること、リリーフランキーは学歴や仕事(男性社会)、男の子と女の子は親である。(松岡茉優は後述)
そんな面々が集まって全く血の繋がりは無いけど、でも最も心休まる「家族」を作った、という話。
是枝監督は家族という血縁で繋がった価値観を壊したがるというか「家族とは何か。親や血は選べないし、それが自分にとって心休まらない場所なら、それは家族なのか?家族って心休まる他人でもいいんじゃないか」という価値観がすべての作品に共通している。
ただ、家族の集まり方が「万引き」だった。
女の子は虐待の上に腹を空かせていた所を、男の子はパチンコ屋の車の中からそれぞれ連れ去られている。子供達二人は恐らくそのままの場所に居たらネグレクトで亡くなっていた可能性が高いが一応、親の保護下に居た状況下から連れてきてしまっている。
樹木希林は夫を奪われ一人ぼっちだったが同居という型で彼女の家にリリーフランキーと安藤サクラが転がり込んできた。さらに死も隠蔽され年金も「万引き」される。
リリーフランキーと安藤サクラが「万引き」して作ったのがこの家族だった。(そもそも安藤サクラもリリーフランキーが前夫から「万引き」して奪ったものだ。リリーフランキーが作中で「俺は万引きしか教えられるものが無い」と言っていたが彼の人生は人からバレないように物を盗って積み上げてきたものだということだろう。)
しかし万引きは犯罪である。それに唯一、対抗したのが男の子である。彼はもともと賢い子で最初から万引きに罪悪感があった。反面、バレなければ良いしその技術があるとも思っていたが柄本明に女の子を巻き込むなと諭された事で万引きが犯罪であり、はなからバレていることも悟る。この彼の贖罪の意識が万引き家族を崩壊させた。
「時には犯罪も犯す血縁も無い社会的弱者が、彼らの居場所では安らぎを感じていた。果たしてそこは法律は犯していても悪だろうか?」が本作のテーマである。
が、どうも私はこの作品にしっくり来なかった。それはテーマを重ねすぎた為だと思う。
この映画には自分が確認出来た限り以下、3つの問いが掛けられていると思った。
・社会的弱者が生きる為に行う犯罪は罪なのか?社会の欠陥では無いのか?
・血が繋がらなくても心安らぐ他人の集まりは家族と呼べないのか?
・社会的に間違っていても当事者に取って居心地の良い空間を世間は否定する権利があるのか?
幾ら何でもテーマを重ねすぎた。どれか1つに絞り、それに映画の中で監督自身の見解を誠実に示すべきだ。テーマを重ねすぎた為に何を伝えたいのかがボヤけてしまっている。
物語についてもっと細かく言えば私が疑問に思ったのはリリーフランキーが脚を怪我する場面。この怪我によって彼が働けなくなり、安藤サクラも職を失って仕方なく樹木希林の死を隠蔽し年金不正受給に手を染める。その行為に対して男の子が倫理感や樹木希林への愛情から取った行動で問題が発覚する、という流れならば生きる為の年金不正受給(法律違反)という善悪や倫理を問う問題提起が出来たはずだ。ところがこの怪我が後遺症も無く治る。物語上、全く怪我が機能していない。あの怪我の描写は何のために入れたのか分からなかった。
もしくは是枝監督はそもそも何かの問いに対して自分の考えを示す事を目的としておらず、倫理命題を重ねて世間の常識(これも曖昧なものだが)とはかけ離れた所にあるユートピアを見せ観客の常識・倫理感を突き崩したいという欲求のために作っているとしたら、万引き家族は是枝監督がやりたいことが出来ている。
しかし、それは映画として誠実なのだろうか?客から金を取って2時間の映画を見せ、その映画が見るに耐えない出来だったとき観客の損失は映画代だけでは無い。製作者は観客を2時間分殺した、映画製作とは人の生死がかかった仕事だという話を聞いたことがある。
是枝監督は観客に倫理命題を突きつけた上で、観客から2時間奪う責任を果たしたのだろうか。
だが、本作は非常に評価されている。その理由はパルムドールを取ったからだと思う。内容よりも海外での実績から良作とされているのでは無いか?では何故パルムドールを取れたかというと是枝監督の才能、人を綺麗に見せることができる力の為だと思う。この作品、万引き家族はずっと何か食べている。それも安っぽいスーパーの残り物やカップラーメンを下品に食うのだがそれがリアル且つ綺麗なのだ。もしも現実にあばら家に住む貧困家庭の食生活を見たら目を背けたくなるような光景かもしれない。しかし是枝監督はその環境をまるでこの世のユートピアのように演出してしまう才能がある。そこにヨーロッパが好む哲学的雰囲気を上乗せしたのでパルムドールを取れたのではないかと思う。
そして日本人は海外の評価に弱い。これにより万引き家族は名作映画となったと推測する。
この映画を見て観客に何を感じろというのか、何を感じて欲しいのか私には分からなかった。私が鈍感なだけなのかもしれないが少なくとも私には伝わらなかった。
是枝監督の映画製作動機が「何かを伝えたい」では無く「観客の倫理に揺さぶりを掛けたい」ならば今後も私は彼の作品に拒否反応を示すだろう。
最後に松岡茉優について。彼女はほかの家族とは違う。彼女は何かから捨てられた存在では無く、捨てた側の人間。推測だが彼女は元々、実の家族と自分自身に嫌悪感を感じていた(反抗期に由来するようなものか)。そこに自分の家族は樹木希林という女性の犠牲の上に成り立っているという事実を知り、樹木希林に対する贖罪と自分より不幸な存在から感じる安堵を得たくて、この家族に加わったのではないかと感じた。
彼女の葛藤はとても現代的で理解出来る。しかし彼女の人物設定はこの物語で語ろうとする問題からズレている。松岡茉優自身の魅力もあり、彼女の場面は美しいのだが、この話の中では違和感を感じてしまった。先のリリーフランキーの怪我といい、この映画には物語が伝えたいことからズレている場面が多いのだ。その原因は恐らくだが撮りたい場面から物語を構想していった為ではないかと予想する。その結果、物語がチグハグな構成になってしまっている。脚本がテーマを貫いていないという印象。
と、ここまで書いてふと思った。松岡茉優の立ち位置こそ、この映画を象徴しているのかもしれない。「よく分からない」という点で。
家族の形はいろいろ
貧しさがリアルに表現されていた。
家の感じ、着ているもの、、、
役者さんの自然な演技にどんとん
吸い込まれていって見入ってしまった
1つ屋根の下に暮らせば
家族。そのような感じがした。
愛情や優しさの深さも感じた。
好きなシーンは
花火が見えないけどみんなで
空を見上げるところと
海でジャンプするところ。
この物語のあたたかみを感じた。
おばあちゃんに対しては
扱いちょっと雑かった笑笑
ハッピーエンドでもバッドエンドでもない
終わり方に疑問を感じたので
自分なりに考えてみました。するとそこがまたこの作品のいい所だと思いコメントをしました。
最後のメッセージ性のある終わり方に私が出した答えは「元いた場所が幸せとは限らない」という事です。
祥太は万引き家族といるより元の家族(パチンコで車の中に置き去りにする親)より施設に行った方がよかった
りんは家に帰るよりあのまま万引き家族の元にいたほうがよかったのではないかと思ったりしました。
そんな考えに辿り着きました。
皆さんも是非この万引き家族を見て貴方だけの答えを出してみて下さい。
観たかった映画
Amazonプライム・ビデオて観ました。
訳ありの偽家族だからそりゃ、お婆ちゃんが亡くなっても葬儀できないし、遺棄するしかないか。
ショウタ君がワザと捕まったのは…
偽家族の愛情を確かめる為かな。
それともそろそろこんなことやってちゃダメだと気づいたのか。
そこのところは個人の取り方次第かな。
救いようのない話だけど、きっとこんな事実際にあると思う。実際にあっても殆どの人が見て見ぬ振り。
ジュリちゃんは児相に入るべき。
虐待されてた疑いあるんだから…
親元に帰されたけど、あの終わり方は無いな。
未だ謎に包まれたままの状況です
映画「万引き家族」(是枝裕和監督)から。
最近、映画館の中ではメモを取らずに作品鑑賞をし、
その後、DVDになってから、何度も巻き戻しを繰り返し、
気になる台詞を書き出す作業をすることが増えた。
そうすることで、不思議なことに、映画館では気付かなかった
面白い会話や演技を発見することになる。
今回は、多くの方が鑑賞し絶賛しているので、
なかなか選ぶのが大変だったけれど、
どうして、日本でこういう家族が生まれたのか、気になった。
物語後半まで、ひっそりと暮らしていたこの家族が、
ある事件をきっかけに、世間に対して存在が知られてしまう。
そして、毎回繰り返されるように、マスコミ各社が押し寄せ、
家の前で、大スクープのように大騒ぎする。
それを象徴するかのように、TVレポーターの女性が、
こんな台詞をカメラに向かって叫んだ。
「家族になりすましていた人たちが、一体何を目的に
この家に集まっていたのかは、未だ謎に包まれたままの状況です」
たぶんこの話題は、翌日に違った事件、事故が起きれば、
もう過去のこととして、謎に包まれたまま消え去っていくから、
この事件の背景も、なぜ彼らがこのような行動したのかも、
われわれ国民は、想像の域を超えないまま、次の話題に移っていく。
そうした二次情報に振り回されている、慌ただしい日常生活こそ、
今回のような家族を生み出しているような気がしてならない。
確かに・・二度観ると、この作品の素晴らしさがよりわかってくる。
P.S. (台詞ではないけれど、お見事というべきシーン)
・海ではしゃぐ家族をじっと見守る、樹木希林さんの言葉なき演技。
家族のあり方
なごやかな貧乏だけど楽しく過ごしている家族
一見昔ながらの家族に見えるが実際は色々な秘密を抱えていた。
万引きしか教えることがないって言ってたお父さん
最後の少年が小さくとうちゃんって呼んだのは感動した。
色々教わっていたんだなーと。
家族のあり方、父としての優しさとかね
まあ逃げちゃうのは悲しいよね
おばあちゃんのありがとうの言葉も良かった
普段からでてこないんだよね
最後埋められちゃったけどね
おばあちゃんもお金せびりにいったり、結構自己保身の強い人達の集まりでそれでも特殊な家庭が作られていた
安藤サクラっておばさんみたいだなあなんて最初の印象から一変、ラストのほうはすごくよかった。
虐待されてた子も、見せかけだけの母親の愛情よりあの家族にいたほうが幸せだったね
実の親の部屋はこぎれいだったけど子供より化粧、でもきっとあの家族と共に過ごせたことで変わるんだろうなも思う。
万引きはよくないけどね
知ってて見過ごしてた駄菓子屋のじいさんは良かった
刹那的で儚い家族の物語
格差社会の底で育まれた儚い家族の絆。側から見ると異常だが、確かに家族愛は存在していたのだと思う。ありきたりな感想だが、この子供達にとっての幸せとは何だったのだろうか?と考えさせられる。
本当にある世界です
家族に万引きを教えられ虐待を受け
家出をし水商売で働いた経験を持つ私からしたら
全てのシーンやセリフが刺さりました。
万引き家族は犯罪者の集まりです
映画の世界を体験してない、見た事ない人が観たら何も響かない映画かもしれません。
「犯罪家族」「虐待家族」「仮面家族」
毎日虐待を受け続けると判断能力も鈍ります
誰が悪いのかも分からなくなります
信代がりんに言った「叩かれるのはね、りんが悪いからじゃないんだよ。好きだから叩くんだよなんて言うのは嘘なの、好きだったらねこうやってするの 」とハグをした時は涙が止まりませんでした
仮面家族で育った亜紀は存在意義が見つけられず自分の居場所を探し続けています
体を求められているだけでも必要とされる事に喜びを感じ、おばあちゃんが自分の変化を察してくれる事に幸せを覚えるシーンが印象に残りました。
家族によって傷つけられた者同士が自然と集まり
生活しているだけなのに愛情が生まれている
やられた者だけが分かる痛み
冬に出会った6人家族、最初は歪だったのに
花火や海のシーンでは本物の家族のようでした。
犯罪をしていて長く捕まらないはずがありません
祥太は駄菓子屋のおじさんが教えてくれた事で自分が悪い事をしているんだと気付かされますが生活していく上でやらなければならない、妹にはさせちゃいけない葛藤の演技がとても素晴らしかったです。
池脇千鶴さんの演技も素晴らしく
どのセリフも腹が立ちました。笑
「本当の家族だったらそんな事しないでしょ」
「子供にはね、母親が必要なんですよ」
確かに犯罪は駄目です
全てを経験している私からしたらどの家族も最悪です
愛情があるからまだよく見えているだけで犯罪を教えるなんて本当の愛情ではありません
治と信代が働いておばあちゃんの年金でも十分に生活出来るはずなのにしない理由は犯罪者は楽な方に逃げるからだと思います
きちんと働いて稼ぐよりも盗む方が簡単
誠実に生きるよりも邪魔者を殺す方が簡単
ひとつの嘘を隠そうとまた嘘をつくのと同じでどんどん悪い状況に自ら堕ちていく
おばあちゃんを床下に埋めた時に治が祥太に「おばあちゃんは最初からいなかった」と言った顔が怖かったです
一部の情報だけ報道され真実が隠されたまま
りんちゃんは本当の家族に返されまた同じ悲劇を続けるラストがリアルでした
親権がある人間がどんな人であるかを見る前に法的に「親だから」という理由だけで誰も守ってくれないのが今の日本の制度です、というメッセージ性を強く感じました。
この映画で何も響かなかった方はとても幸運です
親は選べませんから普通は
大好きな樹木希林さんの作品で
古傷が少し癒えました、観てよかったです
誘拐までは出来ませんが私も困っている子供がいたらすぐに助けてあげようと思います。
意見が分かれるテーマ! 大事なのは『家族』の部分です。
この映画は、テーマが難しく意見が分かれる映画だと
思われます。
映画の尺がもっとながかったら違ったかと思いますが
それぞれの、家族一人ひとりの背景が描き切れていません。
そのため、回収できずに終わってしまうものがあります。
一番描きたかったものは、
『家族のかたち』だと思います。
万引き家族とありますが、ものを単純に盗む万引きでなく
困っていた子供を守る意味で、子供の万引きがあります。
その行為自体や、他の家族が揃ったいきさつは、
畠から観たら、犯罪行為、そして悪い行為ですが、結果としては
それがあったからこそ、幸せになっています。
時折、父親、母親として、承認を求めたい人の思いも描かれており
単純に血がつながっているから家族であり、一緒にいないといけない、
いることが幸せでなく、相手を助け合い家族としての役割が生まれ
幸せに生きることが、幸せなのではと感じました。
監督自身もこのテーマを扱いたいからこそ、描いたものではと感じます。
ここの部分の視点で鑑賞すれば、見え方がかわるのではないでしょうか。
逆に、万引きという行為も貧しさや生き抜くための手法として描かれていますが
そこにタイトルから注目してしまうと、最後まで何を描きたかったのか、不明のまま
終わってしまうと思われます。
法律の観点で言えば悪いことだらけで、理解されずらいことばかりだからです。
投資家して、この映画のスポンサーにと持ち掛けられたら
どういった点を大事にするのか知りたいところです。
あれもう終わり?
終わり方が中途半端でモヤモヤが多くあまり感動は出来ませんでした。
ストーリー自体は面白く最初から惹き込まれました。
序盤中盤あまり人間関係についての描写がなく、予想しながら見るのもまたこの映画の楽しみ方だと思いました。
最後の方で明かされるおばあちゃんと亜紀の関係性。そして発覚するおばあちゃんの本当の狙いにとても胸が苦しくなりました。結局亜紀は客の男とはどうなったのか、帰る居場所はあるのか。どういう形であれ、亜紀にはつらい思いをした分幸せになってほしいと思いました。
万引きがメインではない
レビューに感想が思い浮かばないって方がいたけど、私もその一人。私も含め、そういう人は
幸せな日常を送ってきたのだと思う。
血が繋がっていなくても、
努力次第で、絆はできると描かれていたけど、その絆はものすごく脆く
すぐに壊れてしまうものなんだと感じた。
どの目線から見るかで社会は全く違って見える
つきことさんのレビューに触発されて、遅まきながら目黒シネマで鑑賞。
現代の家族とは?人と人が一緒に生きることとは何なのか?格差社会、家庭内暴力、児童虐待、高齢化社会…現代の日本が抱える社会問題を凝縮した形で見せながら、しかもどこか明るさや人の優しさ、親しみなども感じさせる秀作でした。
カンヌ映画祭や日本アカデミー賞で、この映画が高く評価されたことに、現代の都市が抱える問題の根深さを痛感するとともに、でもそれを直視しようとする「まっとうな人」がまだまだ多くいることに、一縷の望みを感じました。
ロードショーの時期はとっくに終わり、WOWOWでも放映されるというタイミングでしたが、目黒シネマは朝一の回でも満席でした。観に来ていた人は、60代ぐらいの人が多かったけど、その中に混じって20〜30代ぐらいの若者も何人かいたことが、印象的でした。
先日の池袋駅近くで起きた交通事故の加害者がいまだに逮捕されず、マスコミでも「さんづけ」で報道されていることに対して、ネット上で「上級国民は社会で優遇されてる」と騒ぎになっていると聞きます。こうした問題も、「物事を誰の立場から見るか」によって、見方が大きく変わる問題だと感じます。「万引き家族」は、世間一般から弾き出されてしまった弱い立場の人たちが、一般の社会規範から見たら「違法な行為」によって生計を立てていますが、「こうした人たちの目線から社会を見ると、こう見える」というのを徹底して描いており、しかも映画として高く評価されているという点がとても素晴らしいなと思いました。
日本映画らしい、大げさでないリアリティ重視の表現、役者さんたちの真に迫る熱演、とりわけ安藤サクラさんが終盤の警官による取り調べで心情を訴える場面の演技は、「演技」を越えて役になりきっているように感じました。
難しい…
疑問がたくさん残る映画でした。
・しょうたがなぜわざと捕まったのか
・りんちゃんの最後のシーンは何を意味しているのか…
・お姉ちゃんはなぜお客さんを抱きしめて、語った?のか
私には難しくて理解することができませんでした。
しかし、血が繋がってないからこそある絆というものは作品を通して、感じ取ることができたと思います。
不道徳な映画
家族愛があれば何をしても良いのか?ちょっと哲学的なテーマの映画だったかな。ホラー映画や殺人がでてくる映画を不道徳な映画とは思わないが、なぜかこの映画を見ていたら、子供には見せたくない不道徳な映画だなと感じてしまった。
是枝監督ファンには申し訳ないが、いかにも是枝監督らしい作品だった。つまり、後味が非常に悪い。
前半のややユーモラスタッチの流れから、逮捕されてからの超シリアスモードになるギャップについていけなかった。
そもそも、ゆりの面倒をみるようになったのは、親から暴力を受けていたようなので、保護したいこともあったはずで、彼らが捕まった際に、そのことを弁明する場面がなかったのは脚本の手落ちだ。
また、祥太が捕まったのは、ゆりが万引きで捕まらないように、あえて自分が身代わりになって万引きをしたのであったはず。つまり、祥太のゆりに対する、愛情までとはいかないかもしれないが、少なくとも思いやりの気持ちからだったはずで、その帰結(例えば、最後のシーンで、ゆりが欲しいと言ったがあげなかったネクタイピンを実は持っていて、彼の愛情がわかるとか)が何もないのは、はなはだ欲求不満を生じさせられた。
貧困、虐待、犯罪、その上に成り立つ家族
自分には関わりのない世界と思いながら、
この貧困や犯罪を犯す環境に
誰でもが少し間違えば陥ってしまう日本の現実。
1つの万引きという犯罪から、どんどんエスカレートして、死体遺棄まで。
ただ今の貧しさから逃れるために犯罪を重ねていく家族。
血の繋がった家族が本当の家族なのか。
それとも一緒に暮らしているという共同体が家族なのか。
ラストに向けて、悲しい現実をどんどん突きつけて、問いかけてくる。
あなたにとっての本当の家族とは何なのか。
安藤サクラさんの尋問のシーンは、胸にグッとくる。
すべてが解決しないまま、ラストを迎える。
それがこの映画の伝えたかったことなのか。
皆さんのレビュー評価が良いのと
話題の映画だったので、ビデオパスでレンタルして観ました。
この家族、全員血が繋がってなかったんですね。
虐待から保護した女の子だけと思ってましたが、全て全員血の繋がりがなく少しだけ後半に驚きました。
おそらく血の繋がりがないってわかるところが後半以外に何度かあったのだと思いますが、万引きするシーンなどがすごくハラハラするのでまともに観てなかったから、気付かなかったのかもしれません。
まともに観てないのでレビュー評価は低めですが、
柄本さん演じる駄菓子屋さん。
見て見ぬ振りをしてくれてたこと。
スーパーでの万引きで捕まったのは女の子を守るためだと思っていたが、
駄菓子屋さんが潰れたと勘違いして「わざと捕まる」ように万引きしたんだなってこと。
なんかいろいろと考えさせられました。
この映画は、日本のダークな部分をみんなが見て見ぬ振りをしてる部分で本当は見て見ぬ振りをせずに考えなければいけない部分を伝えているのかなと思いました。
虐待されてる子を保護したら、誘拐になってしまったり。
仕事中に現場で怪我をしたのに労災がおりないことなど、弱いものが負けてしまう弱いものは泣き寝入りするしかない社会を伝えて観ている人たちに考えるきっかけを与えてくれてるのかもしれません。
観ているときは、あんまり心に響きませんでしたが
観終わってからジワジワきてます。
なので、明日もう一度観ようと思います。
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