万引き家族のレビュー・感想・評価
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自分の生きている現実世界とはあまりにかけ離れていて、ああいう経験を...
自分の生きている現実世界とはあまりにかけ離れていて、ああいう経験をしたことのない人間には理解の限界があるように感じました。少し悔しいけど。簡単に分かったようなことは言えないなと思いました。
ですがわたしも保育を専門で勉強をしています。
育児や貧困問題などについても知識はあります。
結局、人の心を救うのは人なんです。
誰かがどうにかしないといけない。
支えないと。助けないと。
取り調べで泣いていたお母さんの顔を見てそう思いました。
検事さんの言葉に、そういうことじゃない。そういうことじゃないよ。と思いながら。どうか、誰か、分かってあげて、と祈るような思いでした。理屈では片付けられない事情や気持ちが誰にでもあるはずなのに、そんなことみんなが分かっているはずなのに、世の中のルールや掟なんて窮屈で鬱陶しくて、もどかしいです。
あの家族は、社会的に排除されてしまった人たちの象徴で、居場所がほしい、何かの誰かの役に立ちたいという思いがいちばんにあったと思う。自分の存在価値を見いだすのにもがいているように見えました。
お父さんは働いていたけど、会社から頼りにはされていなかったんだろうなとわたしは読み取りました。
お金がないから万引き、というより、食料を確保することで家族の役に立てるから、役に立ちたいから万引き、だったのかな……とか思いました。
もっと言うと本当は無意識に、誰かに見てほしかったのかも、気づいてほしかったのかもしれない。
ただ、子どもには大人以上に未来があります。
だからあの時しょうたに声を掛けてくれた、駄菓子屋のおじちゃんの優しさは深かったと思いました。
(現実にあんなことがあったら、児童相談所などに通告するべきだとは思いますが。)
そのあとすぐに「忌中」でお店のシャッターが閉まっていて、世の中いい人ほど早くいなくなってしまうことも痛感しました。
いつも思いますが、是枝作品はキャストの使い方が贅沢です。出る人出る人知っている顔ばかりで飽きないけど、急にファンタジー感が増すという意見も分からなくはない。
より多くの人に観てもらって、感じてもらおうとするなら、終わり方ももう少し分かりやすくていいのかなと思いました。スッキリしないと「難しい」で終わってしまう人が多そうでもったいない気がします。
わたし自身は、人との向き合い方について改めて意識させられる映画になりました。
現実だとなかなか難しいこともありますが、こういう状況があるということを知れただけでも違うと思うので。
歪んだ家族愛、絆
決して美化してはいけない愛と絆で結ばれた擬似家族の物語。
私はこの映画から何を学ぶべきなのか。
「歪んだ」とタイトルに付けたが、では真っ当な歪んでいない家族とは?冷蔵庫のCMで見るような家族で料理を手伝い、食卓を一家で囲み、笑いが絶えない家族のこと?この映画にも家族団欒のシーンはいくつもあった。
所謂、社会の底辺、貧困層として喘いでる人たちは其処彼処にいる。その人たちが事件を起こしたとき、私は、ニュースで結果しか知ることが出来ない。何故その事件を起こしてしまったのかは、報道というバイアスのかかった情報でしか知ることが出来ない。彼らの生の声を聞くことは出来ない。
こうした貧困層に目を向けたとき、何を考えるべきなのでしょう。社会が悪い、政治が悪い、手を差し伸べない誰かが悪い…といった犯人探し?
映画は道徳の教科書ではない。
「誰も知らない」にも通じる、こういう人たちがいるのは聞いたことあるけど遠い世界の出来事、と一蹴してしまいそうだけど、知っておかなければならない、見ないふりをしてはいけない現実を描いた映画。
重いテーマの映画でした、と一言で片付けてはいけない映画。
直視しましょう現実を。そして、考えましょう。
親子とは家族とは…突きつけられる
パルムドールを拾った男
万引きによって生計をたてている家族の絆を描いた映画なのか。それとも、ダルデンヌ兄弟風の演出で貧困と再生を描こうとした映画なのか。ラスト、唯一法の裁きを受ける信代(安藤サクラ)の罪状に注目すると全く別の見方ができる1本である。
家族が暮らす隅田川沿いのあばら家をロケハウスに選んだ是枝は、美術のお姉さんに徹底的な“汚し”処理をするよう注文を出したという。そんなゴミ屋敷に集う家族が、周囲から隔絶した闇の中に花火のようにぽつんと浮かぶシーンが印象的だ。
本編で詳細は語られないものの、自分の本名を子供たちにつける治(リリー・フランキー)や亜紀(松岡美優)もまた、かつては親に見捨てられた子供たちだったのではないか。日雇い労働と風俗嬢に身をやつした現在は、親からそして社会からもネグレクトされた存在なのだろう。
幼いゆりにも万引きの手伝いをさせようとする治のやり方に疑問をいだきはじめる翔太が、駄菓子屋の店主(柄本明)に万引きを見逃してもらった時、亜紀が4番さんとふれあった時、そして信代と治がSEXした時、けっして自分たちが幽霊ではないことに気づいたのではないか。
しかし社会というものは残酷にできている。一度見捨てた人間たちに対し、けっして居心地のいい楽園を与えたりはしない。その証拠にこの偽家族は、世間のスポットライトを浴びた瞬間、いとも簡単に“絆”を放棄し、ものの見事に崩壊してしまうのである。
本作で描かれている“万引き”とはつまり、(自分たちを捨てた社会への復讐というよりは)夫や親、そして社会からゴミのように捨てられた人間たちの、「自分の存在に誰か気づいてほしい」という“声なき心の叫び”だったのではないか。是枝が当初考えていた映画タイトル『声を出して呼んで』に映画の真意がよく表れている気がするのだ。
万引きを助長する反社映画との的外れな批判もあるようだが、むしろ是枝裕和の進化したストーリーテリング・テクニックを堪能すべき作品といえるだろう。「捨てたんじゃない、ひろったんだよ」信代がふともらしたこの台詞には、「パルムドールを受賞するのは俺だ」という是枝監督の確信がこめられていたのかもしれない。
万引き家族
朝まで生テレビ
家族の問題を提起し続けている是枝監督らしい作品だが評価は微妙、これ...
さすが是枝作品
お父さん、お母さんって呼ばれたい?
父ちゃんとノブヨは風俗かなんかの客で、ノブヨのダンナを正当防衛で殺して2人で遺棄したあと窃盗で食いつなぎ、婆さんの部屋に転がりこんで年金と万引きで暮らしていた。車上荒しのときに男の子を盗んで自分の名前を付け万引きを覚えさせる。婆さんは死んだ旦那の後妻のとこに焼香しこずかい稼ぎ。そこの自傷癖の娘は海外留学と偽って婆さんのとこで風俗のバイト。虐待されてた5歳の女の子を拾ってきてまるで6人家族のように暮らす。みんなで海に行ったあくる朝、婆さんが突然死んだので床下に埋葬。いつもの駄菓子屋でリンと名づけた少女には万引きさせんじゃねえぞと。いつものスーパーでリンが自分から万引きするのを見てショウタは自ら捕まる。警察や世間に全てが暴露され全員バラバラに。罪を被ったノブヨの拘置所へ父ちゃんとショウタが面会に。ショウタの両親のクルマを教え自分で決めなと。虐待に戻ったリンはお兄ちゃんが迎えに来るのをひたすら待つ。捨てられてるから拾う。血の繋がる家族はどこもダメ。絆とは?子役や樹木希林が素晴らしいが安藤サクラがスゴイ。
演技を観に行くのでは無い
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