クレイジー・リッチ! : 映画評論・批評
2018年9月25日更新
2018年9月28日より新宿ピカデリーほかにてロードショー
“クレイジー”だけどシリアスな、アイデンティティと国籍を巡る問いかけ
依然快進撃が止まらないオール・アジアン・キャストによる史上最大のヒット作。果たしてその中身は。。。
若くして大学教授に上り詰めた中国系アメリカ人のヒロイン、レイチェルを、恋人のニックが故郷のシンガポールへ招待する。一緒に親友の結婚式に出席するためだが、本当は家族にレイチェルを紹介するのが目的だ。さてさて、そこから始まるラグジュアリーな展開は文字通り“クレイジー”。看板に偽りはない。2人が搭乗するのは専任バトラーが待機するリビングルームみたいなファーストクラスで、ニックの実家はダイニングにも壁画が飾られた5つ星ホテル並みの広大なチューダー様式建築。男たちがヘリコプターに乗って着地するのはバチェラーパーティが開かれる海上に浮かぶタンカーの甲板。総費用4000万ドルの結婚式会場には色とりどりの蘭やアナナスが飾られている、と言った具合だ。
こんな贅沢な設定と演出は今のハリウッド映画には似合わない。まさに、チャイナマネーの成せる技だ。アメリカに住む中国系アメリカ人やアジア系移民の人たちが、日頃抑制されがちなアイデンティティを刺激され、熱狂する理由がよく分かる。
勿論、熱狂ポイントはそこだけじゃない。レイチェルが自分を部外者として断固受け付けないニックの母親、エレノア(永遠に続く喧噪の中で唯一、終始物静かで風格を漂わせるミシェル・ヨー!)と対峙した時、自らに問いかける家族、家柄、キャリア、愛情、信頼、譲歩というシリアスなテーマは、何もアジアに限ったことではないのだ。
中でも、エレノアがアメリカ育ちのレイチェルに言い放つ「あなたは私たちチャイニーズとは根本的に違う。チャイニーズ・アメリカンなのよ」というフレーズが胸に響く。母国アジアに居住し、古くからの仕来りと自尊心を重んじるネイティブ・アジアンから見れば、レイチェルたちは中国人と言えども所詮、国籍はアメリカ。実質的には他国人なのだと、エレノアは言いたいのだろう。それは恐らく、移民大国アメリカに住む多くの○○○系アメリカ人たちにとって、生きている限り付きまとう問いかけに違いない。
一方、生涯日本列島に住まい、国籍について考える機会があまりない日本人は、これをどう受け止めるべきか。過剰なクレイジー・リッチぶりに辟易するのもいいだろう。願わくば、少なくとも「アジアの一員」であることを再確認させ、世代によって異なる価値観とその克服法を学ぶには絶好のチャンス、と捉えるのがより賢明だと思う。
(清藤秀人)