ビューティフル・デイのレビュー・感想・評価
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ホアキン・フェニックスの人物造形が画期的!
幼い頃に受けた虐待、戦場体験によるPTSD、慢性的不眠症、等々、日々朦朧としながら暮らす主人公、ジョーだが、生業にしている失踪者捜索を邪魔する刺客が現れると、一気にやる気が沸点に達し、相手をハンマーで殴り殺してしまう。その緩急の落差が最大の見せ場とも言える。ホアキン・フェニックスが疲れ切った表情とボリューミィな肉体を時折鏡に写しながら演じる夢遊病者のような人物造形は画期的だ。噴出する血液の量も半端ないクライム・サスペンスは、同時に、現実と幻覚の境目を取り払い、観客を全く別のジャンルへと運び去ろうとする。境目の判断は人それぞれ。映画の醍醐味を存分に味合わせてくれる、上半期を代表する1本だ。
映像のリズム、空気、感情の流れ。全ての瞬間にシビれずにいられない
久方ぶりのリン・ラムジー監督作のお目見えである。彼女の独特の浮遊するような映像感覚や色彩に飛んだ心理描写は相も変わらず健在。しかもどれを取ってみても一筋縄ではいかない。全てを可能な限り映像言語で伝えようとするため、時に重要な描写をあっさりと省略したりも。だが、そこで生まれる変則的かつソリッドなテンポとリズムこそが、本作の緊張と焦燥感の溢れる「鼓動」を形作っていくのである。
さらに時系列を無視するかのように、過去の幾つかの出来事が記憶の洪水のように主人公の胸にこみ上げる箇所がある。原作小説ではわかりやすく記述してある事柄でも、本作ではほんの数秒のフラッシュバックで差し込まれるのみ。一見すると不親切にも思える演出だが、ここでもホアキンとラムジー、音楽担当のグリーンウッドが巻き起こすケミストリーが観客をなんとも不思議な境地へ誘ってやまない。難しく考えず、作品世界を泳ぐように楽しみたい一作だ。
ホアキン・フェニックスの演技で成り立つ作品
少年時代のトラウマを抱えた寡黙な主人公、さすがのホアキン・フェニックスでした
あまりセリフはなく、表情もほとんど変わらず、でも伝わってくるホアキン・フェニックスの演技なのです
事前情報全くなしで観たので人物像がなかなかわからずで、時々差し込まれる少年の映像やハンマーでの攻撃から、心が壊れたかなり残酷でありながらも哀しい人である事がわかりました
誰かを救う事で少年時代の自分を救っているのでしょうか
ジョーに救われたニーナも無の表情で同じように心が壊れたのかもと思いましたが、ラストの「It's a beautful day.」で、これからの2人に明るさが見えたようでホッとしました
予想しなかった着地のラストで一気にこの作品が良かったと思えました
無情な世界を生きる二人に『美しい日』はあるのか
監督リン・ラムジー、女性とは思えないそのクールな感覚が冴えわたる映画だ。物語としてはスコセッシの「タクシードライバー」を想起させられるが、映画の感触としては、ニコラス・ウィンディング・レフンら新進気鋭の監督作に近いものがある。
主人公が抱える少年時代のトラウマや、病んだ精神によって引き起こされる幻覚を、何ら説明なくカットバックで織り込む手法が斬新だ。見方によっては混乱を招きかねない大胆な演出だが、それが成功しているか否かは、映画にどれだけのめり込めるかどうかで決まるだろう。この感覚は、トム・フォードの「ノクターナル・アニマルズ」や、N・W・レフンの「オンリー・ゴッド」や「ネオン・デーモン」などを観た時の感覚に近いものがある。音楽を含め、映画はどこまでもスタイリッシュで不思議な魅力に満ちている。
銃や刃物を持たない主人公の武器は金槌である。容赦なく敵を叩きのめすそのバイオレンス描写は案外控えめだが、それがむしろ痛烈に迫ってくる。ひげ面のホアキンが時折見せる寂し気な表情が、映画の印象をより深いものにして眼に焼き付く。
原題は『YOU WERE NEVER REALLY HERE』。「お前は本当はここにはいない」とでもいった意味だろうか。殺しや人探しなど頼まれれば何でもやるような裏稼業を生業とする無常な男と、売春組織に売られた少女。心に大きな傷を負った二人が食事をするカフェでのラストが美しい。社会のどん底を彷徨うような二人の道行きに、本当に「素晴らしい日」があることを願うかのようなラストが、この陰惨な物語に一筋の光を見出そうとしているように見えてならない。
嗚呼、タクシードライバーのデニーロ真似たら賞取れんのかよ‼️❓
テレビの録画。
神経症の主人公が苦しめられてる少女を救う話。
で、だから、どうなんだ、とゆことも無く、何も始まらんし、終わらない。
カンヌで、脚本と主演の賞。
誰にも、興味も共感も無い。
たまには、こんなこともある、映画ファンなら🎞🎬🎦悪い見本として、どうぞ。
終盤の急展開にびっくり
「タクシードライバー」が引き合いに出されてしまうのはどうしても避けられないよね。現代版リメイクやリブートなどと言われても仕方ないほどに内容は酷似している。終盤の急展開にびっくりしたけれど、それも含めて似たような内容だった。
それでも、パクリだのなんだのと言われて酷評されていないところが本作のスゴいところだろう。
それだけ「ビューティフルデイ」が持つ力強さが突出していたといえる。
主人公ジョーは心に傷をおい精神が崩壊しつつある元兵士。狂気、優しさ、哀しみなど複雑で多面的な難しい役をホアキン・フェニックスが熱演した。セリフが少なかったのも印象的だ。
これは監督で脚本のリン・ラムジーの特徴かなとも思う。「少年は残酷な弓を射る」もセリフの少ない作品だった。
結果として濃密さや重厚さが増して、力強い作品になる。
ジョーの心的外傷の原因が明白で分かりやすいのも良かったと思う。幼少期の父親からの暴力と戦場での経験の二つだが、これがストーリーが進むにつれて形を変えて修復されていっているような気がするのがいいよね。
そして、血の雨の中から再生し生まれ変わる。「今日は良い天気よ」
解放
中年男と少女、ニューヨーク、売春宿、選挙活動とくれば『タクドラ』か?いやいや、『レオン』か?
どちら風でもなかった。リン監督から現代の男性に贈るメッセージのようだった。
別にカッコ良くなくていいんじゃない?
“オレはやってやるぜ‘’とか‘’背中で語る切ないオレ”みたいなヒーローイズム、もう要らない。
女性(弱い者)と心を通わせて愛を知るなんて、付き合っていられません。男も女も自分のことは自分で解放しよう。
主人公は、父親の虐待によって強い男性像を刷り込まれ、戦争を体験し、生々しい暴力を生業にしてきた。肉体と心が乖離してしまった彼は不眠症と自殺願望に苛まれている。
かつて、父親が彼や母親に対して使ったハンマーで、力まかせに殴り殺す。苦しみと悲しみを吐き出すように。
主人公が自殺せず、なんとかこの世に留まっているのは、母が人生の重石(おもし)になってくれていたからだ。
その母に重石をつけて湖に弔ったとき、変わるチャンスが訪れた。
権力者に利用されている殺し屋刑事は、敵と言うよりむしろ自分に似た存在だった。鎮痛剤を飲ませ、手を握り、歌を歌った。主人公(男性)の心に宿る共感力が見えた。
そんな主人公とは対照的に、少女は冷静に一撃で急所を斬っていた。
血だらけの指で手づかみで食べながら、ナイフとフォークを持ち直す仕草に、彼女(女性)の本能的な理性を感じた。
彼女が、売春宿の顧客のニーズに応えた薄手のキャミソールから、自分の意志で選んだジャケットに着替えたとき、主人公も鑑賞者も前に進む。
今日は良い天気よ。そだねー!それだけでいいね!
ストローでズズズっと吸う音で終わり!こんな潔いラスト、見たことない。
男性像・女性像をステレオタイプにしない。一つの物語としてさっさと終わらせたところがミソ。リン・ラムジーは生ぬるいところがない。
You Were Never Really Here。不快な感情は、本来の自分から乖離しているというシグナル。自分のシグナルがしっかり機能していることを知って、本来の自分に戻ることを進めよう。
リアル感覚の欠落、喪失をきわめてリアルな手触りで描く
1 本作の描いたものは何か?
この映画は、(恐らくは)イラク戦争帰りの退役軍人である主人公が少女を救出する話である。それだけ取り上げれば、スコセッシの「タクシー・ドライバー」を想起するところで、実際に主人公の戦争によるPTSDと裏腹の空虚感は、同作のデニーロと共通しているようにも見える。
ただ本作の場合、空虚なのは主人公ばかりではない。彼と死闘を演じる殺し屋もまた、空虚感を漂わせているのである。救出される少女だって殺人を何とも思わない点で、やはりこのニヒリズムを共有している。どうやら「タクシー・ドライバー」とはかなり趣が異なっているらしいのだ。
とするとこの映画は、いったい何を描いているのだろうか?
2 BGMから読み解く監督の意図
映画が始まって間もなく、主人公がホテルを出てタクシーに乗り込むと、車内にはこんな内容の曲が流れている。
<俺を起こしてくれ
君のその温かさで俺を目覚めさせてくれ>
そして映画の半ば過ぎ、知事の送り込んだ殺し屋が主人公に撃たれ、瀕死の状態になったシーンに流れているのはホリーズの"The Air I Breathe"で、次のような歌詞である。
<ときどきボクは呼吸できる空気さえあれば他には何もいらなくなる>
その後、死んでいく彼が主人公と手を握りあいながら歌うのは、シャーリーンの"I've Never Been To Me"。
<甘い生活を追いかけ、男から男へ渡り歩く私は楽園にいた
でも、それは自分自身ではなかったの>
ところで、この映画の原題は"You Were Never Really Here"(あなたは本当はここにいなかった)である。
これをBGMの歌詞と対比させてみれば、本作のテーマは「自己=現実感を喪失した現代人の空虚」だということが浮かび上ってくる。
監督はここで現実感を喪失した現代人が、心ここにあらず決して充足できない空虚感や喪失感、社会全体に蔓延するリアリティの欠如感覚を描いたものと思われる。
とすると、ベトナム戦争の退役軍人の心の空虚さが生む軋轢を社会問題として抉った「タクシー・ドライバー」とは、ずいぶん距離のある作品ということが分かる。そもそも時代が違うのである。
3 テーマとスタイルの斬新な組み合わせ
監督は上記のリアリティの欠如感覚を、きわめてリアルな手触りのある映像や音響で描く。
冒頭、ひと仕事を終えた主人公が、ホテルでその証拠品、写真やネックレス、携帯電話等を手慣れた仕草で事務的に処分するシーンは、実にクールである。
その後も突然殴ったり殴られたり死体が転がっていたりというシーンが、ろくに説明なしに展開していくさまは、ハードボイルド映画そこのけではないか。
リアル感覚の欠落、喪失をきわめてリアルに描く…それが監督の意図であり、新しさだろう。しかし、この空虚感の行く末が仮想的な自殺だけだとしたらつまらない話だし、恐らくそうはならないはずだ。少女が「今日はいい天気よ」と言ったその後を描いてほしかった。その意味でテーマの追求の仕方が物足りないと思わざるを得ない。
口数の少ない映画でした
劇伴いいなと思ったらRadioheadが絡んでいたとは驚きました。
語るべきところをあえて語らず、主人公の陰気な性格がそのまま映画に現れたような重い雰囲気です。
主人公の過去や自殺願望は脳内補完できるのでいいんですが、なぜ女の子があんなにも冷淡なのかだけ説明してもらえたら嬉しかった、、
上級者向けの映画
序盤は主人公の役柄や人となりを小出しにしつつ進んでいき、ようやく物語が舵を切り始めた頃にはすでに始まって約35分が経過していた 。
前半の物語が冗長な仕上がりになっているため、その間の見所は無いではないが物語に引き込まれる前に退屈さを感じずにはいられなかった。
映画「96時間」のようなアクションを望んでいたなら期待はずれになる。
物語中盤、主人公が「なにがどうなってるんだ!」というセリフがあるのだが、それはこっちのセリフだ。あえて説明しないというスタンスなのだろうが、そういった部分の脳内補完が終わらないうちに次の展開へと進んで行くためついていけなくなる。
なのでこの映画はアクションやそれに伴う細かなディテールは気にせず最初から主人公の人生を辿る映画として観れば180℃違う感想になる映画だと感じた。
It's a beautiful day は誓いの言葉
予測が全くつかない、急転につぐ急転で、ずっと圧倒された
これが短尺の90分に詰め込まれているから密度は高過ぎて、
見終えた時にはグッタリ、凄い作品だった
コーヒー飲んで、やっと落ち着いて振り返ると、
ホアキン・フェニックスの演技の凄まじさ、あれは突き抜けてた
なんであれ程凄みを感じるのか巡ると、音楽・背景の効果音も兎に角効いてた
ずっと背筋が騒つく感じ、落ち着くタイミングなんて全くなかった
観ながらタイトルと物語の相関を探してたら、やっと最後の科白に
心傷が深過ぎて痛々しさが90分続く作品だったけど、
最後の最後に、やっと人間らしさが、ささやかに用意されていたのが救い
二人の未来がどうなるのか さっぱり分からないけれど
ニーナが吐露した あの言葉に二人の心の解放を期待したくなった
ちょっと微妙
好みの作風だが、個人的にはまらなかった。
過去(トラウマ)を抽象的に描いてはっきりとは提示しない手法だが、これがあまりに頻繁に差し込まれるので展開がぼける。見せるなら見せる、見せないなら見せないでどっちかに絞ってほしかった。だからそれなんですか?となる村上春樹みたいな感じをこの尺の映画でやられても正直しんどい。
あと、クズにしたいのかヒロイックにしたいのか、そこもどっち付かずだし、なんかちょっとレオン設定が漂うしで、進むにつれどんどん気持ちが離れていった感じ。映像の質感といい期待値があがるぶん、まじめに観賞したので個人的にダメなところが気になってしまうという。(もとからハードル下げてると気にならない)
まじめに評価するにはちょっと微妙です。。
ビューティフルデイというタイトル
物語はハンマーおじさんのホアキンフェニックスが主役です。
やはり演技が上手いですな。
その演技だけでもってかれます。
全体のストーリーはあまり僕とはハマらなかったのですが、ラストは秀逸でした。
ぜひ最後までしっかり観て欲しい作品です。
たたずまいだけで語る
ジョーはトラウマを負っています。
そのフラッシュバックが、いつの何であるか、明確に描写されませんが、子供のころ体験した親からの虐待だということは、なんとなく解ります。
そのカットシーンが効果的なので、ジョーの暗さと身を置く世界の闇が、すんなりと伝わってきました。
女性監督ですが、こけおどしでない冷徹さがあります。
なんて言うか、地獄を知っているような気配値があります。
挿入される心象風景や点景は相当にスタイリッシュですが、人間社会の病んだ側面をとらえています。登場人物も世界も箱庭的ですが、狭さを感じさせないペーソスがありました。
もっとも特徴的な演技指導が感じられたのはジョーの歩くスピードです。いつでもどこでも、ゆっくり歩きます。それがなぜか、恐ろしい威圧感をともなっているのです。
彼の牛歩には、リンラムジー監督の底知れない実力をうかがわせる、不思議な説得力がありました。
ジョーは雇われの殺し屋ですが、徐々にペドフィリアに対する復讐の様相になっていきます。
議員から、娘ニーナの奪還を頼まれ、いったんは助け出すものの、知事の手下に、また略奪されます。
その直裁の説明描写はありませんが、結局、実父である議員も知事と結託してニーナを弄んでいたという不条理が、ジョーの悲憤を煽るのです。
ただし、復讐とはいえ、ダイナミックな劇へは持っていきません。どこまでも悲しいままで処理します。
すなわちニーナがIt’s a beautiful dayと言ったのはハッピーなエンディングを飾るためではありません。多少の希望をはらんでいるものの、天涯孤独になったゆきずりの二人には、茫漠たる未来が待ち受けています。その余韻を持たせるためのIt’s a beautiful dayだと思います。
ゆえに邦題はやや感傷へ流し過ぎだと思いました。
原題の「ここじゃない」は、ジョーの胸中に繰り返し去来する、虐待の記憶における子供時代の自分に対しての「あれは俺じゃない」がひとつ、退役して人殺しに加担している「こんなの俺じゃない」がひとつ、囚われたニーナの「ここは君の居る場所じゃない」がひとつ、ニーナの犯した罪(知事は死んで当然とはいえ年端もいかない少女が喉を切り裂くのはジョーも望んでいませんから)に対する「これは君じゃない」がまたひとつ・・・。
というように、複層のYou Were Never Really Hereが重なっていると思います。
歯痛や肉体表現も迫真でした。
ホアキンフェニックス。暗い眼窩、たどたどしい口調、哀しげな表情、あまり上手じゃない兎唇の手術跡。カンヌで、壇上へあがることを予期していなかったスニーカーが素敵でした。
脚本がねぇ……モンスター級。
見よう見ようと思っていて、邦題がビューティフルデイだから、後回しに。w
ホントもう邦題つけるのは金輪際必要ない。見事な字幕翻訳はあるが、邦題に出会った事は一度もない。
本編は、見事な脚本に尽きる。トラウマの本質は、本人もどういう記憶で、どんな作用があるか、分からない事。こんなトラウマを抱えてますなんて、トラウマではない、単なる嫌な記憶。みたいな。
忘れた、忘れたいが、戻って来るのがフラッシュバック。あなたはここにいなかったという母親の、消去というかリセットを今度はジョーが少女にするのかもね。まぁお互いかな。
少女が知事を殺して今までの自分と決別してセルフ救助した事は、ジョーにはできなかった事で、なんだ、こうやればいいのかって笑い泣き。
道のりは長いけど、自分と決別して分からない未来に踏み出すのは、二人にとってもはやお散歩です。過去に死んで、新しく生きるという事はほとんどの人間が意味も知らないまま、死んで行くので、こういう映画の価値が評価できる場所がカンヌにあって良かった。w
最後のぶっ放しは、ジョーの涙と共に起こされた変化。本人にも自覚がないとも思わせるほど。決心にはあまり見えなかったけど、少女もトイレで自分をかき切ったかも。w
これで二人は過去「だけ」で生きる所から解放されて普通の会話を手に入れた。幸あれとしか言い様がない。
あなたは本当にここにいなかったというのは、あなたのせいじゃない、あなたの責任じゃないと同義。自己責任常識化と安直な思いやり運動の幼稚さに、強烈なハンマーを投じる。
ホアキンの名演は勿論、考える事でしか何も成長がない事を映画に託すスタンスが見事。訳の分からない作品もあるけれど、その中で考えれば分かる作品は、少ない。
一度死んで新しく生きるを脚本化、映画化して、「本当の救い」に挑戦した事に拍手。日本では、まず生まれないだろうな。傑作というより一つの到達点。映画もここまで来ました。
緊張しながら浮遊。鑑賞後はめまいに似た感覚
これほど最後まで緊張を強いる映画もそうない。張り詰め続けての鑑賞は90分が限界でしょうか。少し疲れるほどではあるが、満足感は高い。緊張しながらもジョーの生い立ちや過去をこちらも一緒に浮遊しているわけで、緊張感と浮遊感が渦巻くレアな体験。多くを語らず、だから鑑賞しながら頭もきっと一緒に回転しているから一層の、このめまいのような後味か。
よい作品を観せていただきました。
大向こう受けする作品ではないですね。
行方不明になった少女を探す探偵と売春をさせられていた少女の物語。
過去のトラウマに苦しみながら少女を探し救い出そうとする冴えない中年探偵。と捕われて心が壊れてしまった少女。
カンヌで高い評価を受けた作品のようですが、私のような似非映画好きには少々敷居が高いように感じられました。それでも、残酷で、切なく、でも美しい情景が描かれているように感じられました。
私自身に年老いた母親がいる為か、心が締め付けられるシーンもありました。
ただ、主人公の過去やストレスからくる妄想の映像が唐突に織り込まれる手法は、正直見難く私には負担でしかなく、その点も含めて評価は少し低めの・・・普通にしました。
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