億男 : インタビュー
佐藤健&高橋一生、「億男」で垣間見た大友組の醍醐味
これまで見たことのない共演は、それだけで胸が高鳴る。佐藤健と高橋一生、この2人の俳優は大友啓史監督作「億男」で初めて顔を合わせることになった。お金の正体とは何なのか? お金は人を変えてしまうのか? お金で本当に必要なものは手に入れられるのか? お金を通して人間を描いた川村元気の小説の映画化「億男」について、佐藤と高橋が語り合う。(取材・文/新谷里映、写真/間庭裕基)
佐藤が演じるのは、借金返済のために昼も夜も働き家族と離れて暮らす一男。ある日、宝くじの当選で3億円を手にする。一方、高橋が演じるのは、一男の大学時代の親友、九十九(つくも)。事業の成功で巨万の富を得ていることから一男は九十九に3億円をどう使うべきかを相談するが、3億円と一緒に九十九が消えてしまう──。
なぜ一男は九十九に相談したのか──物語は彼らの大学時代まで遡り、撮影は雄大なモロッコの砂漠から始まった。大学の落語研究会で意気投合した一男と九十九の2人旅のシーンであり「あの場所だからこそ引き出されるものがあった」と佐藤が思い出を紐解く。「砂漠のど真ん中で芝居ができる、それはもう幸せなことですし、いい経験でした。高橋一生さんとの初共演も嬉しくて。九十九という役を一生さんがどんなふうに演じるのか、すごく楽しみでした。前々からお芝居が達者な方だなあと思っていましたが、本当に達者で、印象通りの人でしたね」
高橋は「こんな世界観のなかで落語ができるのか!」と、モロッコの撮影から始まったことが「新鮮で刺激になった」そうで、佐藤との共演についても「いままで見たことのない健くんを見ることができるんだろうと思うとワクワクしました」と語る。「一男という人間は、どうしようもない奴に見えるときもあれば、とても素敵なときもあって、そんな一男を健くんは豊かに演じていました」。たしかに、華のある佐藤健がこういう役を? という意外性、ギャップを感じるだろう。佐藤自身も「過去演じた役のなかで一番ダサい役だと思います。ダサいけれど、それを笑って見てもらえるような(愛情を感じる)役にしたかった」。挑戦があった。
3億円と共に行方が分からなくなった九十九を探すために、一男は九十九と関わりのある億万長者たちを訪ねる。そのなかで描かれるのは、お金は人を変えてしまうのか? という問いかけだ。
高橋は「変わらないことを意識した」という。「九十九の場合は、大学時代と現在とではビジュアルが相当変わってしまうので、大学時代の芝居の感覚を覚えておくことが大事だと思いました。具体的な振る舞いとかそういうことではなく、あるひとつのキーとなる動きであるとか、目配せとか、視線とか、クセとかです。九十九の変わらない根っこは意識していました」
対照的なのは一男だ。借金を抱え寝る間も惜しんで働く日々が、3億円が手に入ったことで、状況は大きく変わる。佐藤は「過去パートと現在パートの差を匂わせる芝居を心がけた」と説明する。「借金を抱える前と後で、一男は無意識のうちに何か大切なものを失ってしまったと思うんです。潤いのあったときの一男と、そこから変化していく一男、どういうふうに差をつけていくのかは気をつけました」。分かりやすい変化として映し出されるひとつがパーティシーンだ。一男が九十九にお金の使い方のアドバイスを受けるそのシーンでは200人のエキストラが参加、数百万円の本物の一万円札が使われている。
一男と九十九は、親友であり、憧れであり、信じたい人としてお互いの人生に存在する。佐藤は「すごく素敵な関係性」だという。「一男にとって九十九はどこか憧れの存在で、自分にもっていないものを持っている人で、すげえなって思っている。でも、九十九にとっても一男がそういう存在で──その比率は50/50(フィフティ・フィフティ)じゃないかもしれないけれど、2人で100なんだという関係を目指していた気がします」。その言葉に高橋も同意する。「順番だったんだと思います。九十九が先にお金持ちになって、一男は後からお金を手に入れたけれど、もしかしたらタイミングは違ったかもしれない。ただ、お互い求めあっていた。同じだと思うんです」。過去パートでは九十九がメガネをかけ、現在パートでは一男がかけている、そこにも2人の対比と類似が込められているようにみえる。
この映画は“お金”が題材であり、映画を観た人の多くは「もしも3億円を手にしたら自分はどうするのか……」を考えるだろう。しかしながら撮影現場では、意外にも「お金の話はしなかった」と佐藤が明かす。「僕は宝くじ当たらないかなあって毎回買っていますけど、高橋一生クラスになると、3億円はどうでも──というのは冗談で(笑)、お金の話をしなかったのは、お金と向きあうことで人間が見えてくるというか、お金を通して人間を描いていたということなんですよね」
佐藤のイジりに苦笑いしながら高橋も続ける。「お金の重さは常に1グラムだ。使う人が重くも軽くもするんだ、というセリフにもあるように、使う人次第なんだと思います。ただ、これだけお金の話をしながらもしっかり人を描いている、大友監督の手腕は本当にとてつもないです。モロッコのあの砂漠から始まって、最後はものすごく小さな“あるもの”にフォーカスしている」
大友監督と大河ドラマ「龍馬伝」、映画「るろうに剣心」シリーズ、何度もタッグを組んできた佐藤が「進化している」と締めくくる。「監督はどんどん次のステージにステップアップしているので、俳優として大友作品に出ることは、他の組よりもプレッシャーが大きいかもしれない。作品ごとに確実に進化しているので、いま現在は「億男」が一番“いい”と言えると思います」
そして取材中、佐藤と高橋から出てきた「大友組での芝居は本当に楽しい。しあわせな時間だった」というのは、カットごとに撮るのではなく、シーンを最初から最後まで長回しで、何度かアングルを変えて撮る大友監督のスタイルを指す。特に、クライマックスの電車のシーンは約10分の長回しで撮影され、そのシーンの一男と九十九の会話は何とも重みがある。佐藤健と高橋一生の初めての共演で紡ぎ出される芝居、人を引き込む芝居を見逃さないでほしい。