志乃ちゃんは自分の名前が言えないのレビュー・感想・評価
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キラキラして、切なくて、染みる感じ。
前から気になっていた作品で、公開があらかた終わってから、観なかった後悔と猛烈に観賞意欲が沸いて、ポスターの画像を観る度に“映画館で観たかったなぁ…”と思いが募り、他府県に遠出して観ようかと思っていた矢先に下北沢のトリウッドで上映される事を知り、観賞しました。
鑑賞前の期待値をかなり上げてましたので、少し肩透かしはありますが、それでも切なくてなんかキラキラして羨ましく思える。
それぞれの苦手な事にコンプレックスを抱くのは思春期の女の子なら当たり前で、志乃が心の底から泣くシーンはまさかの鼻水を出しての号泣。それが2回もあって、思春期の女の子にここまでやらすか!?のまさかの泣きの表現にビックリ。
志乃の吃音も加代の音痴も途中からまさかの合流の菊地の空気の読め無さからくる孤立もそれぞれが抱えているコンプレックスに悩んで葛藤しているけど、志乃がそれと真正面から向き合えなくて固く殻にこもってしまう。
しのかよの解散も個人的には志乃の頑固で多大なワガママが原因に映ります。
だから、余計に加代が男前に映って、加代が可哀想。
ただ、10代の頃の感情の爆発とコントロールが出来ない葛藤って、誰もが経験していると思うし、いろんな事が重なりあって、1つの理由では説明がつかない事の方が多々ある訳で、その気持ちは十二分に分かるんですよね。
勇気を出して取り組もうとしても、解決できないコンプレックスに自分でもどうしょうも出来なくて、落ち込んで、自ら孤立していく気持ちが切なくて、そんな青春の理不尽があるから、はつらつとした場面が対比してキラキラに見える。
この映画の陰日向がいとおしく感じます。
ちょっとした台詞の言い回しも好きだし、加代に“なんか面白い事を書いて”と言われて、まさかのお○ん○んと書く志乃の下ネタにもビックリw
でもクスッとしてしまう。
ただ、ラストは現実的にこういうもんだよなぁと思いながらも、個人的には志乃と加代の仲直りの場面を期待してたので、ちょっと残念。
それでも沼津の海辺の綺麗な風景や90年代の音楽シーンも良くて、加代と志乃の自転車を漕ぐシーンはやっぱり良いんですよね。
あと、ブルーハーツは偉大だなぁw
観たかった作品が観れたのと久しぶりに良い青春映画が観れて満足です。
ブレイクスルー:志乃ちゃんの鼻水は美しい。
開始3分くらいから泣いてた。目覚まし時計がなる前から起きて、名前をいう練習をしながら歩く志乃ちゃんがもういじらしくて切なくて、泣いた。
ミッシェルガンエレファントにブルーハーツ。
ウォークマンにカセットテープだし、携帯電話が出てこない。
加代ちゃんちのCD棚からニルヴァーナとオアシスのモーニンググローリーが見えた。
懐かしい。モーニンググローリーは今も聞いてるよ。
なんかすごく同世代感…と思ったら原作者が同い年でした。どうりで。
ミッシェルもブルーハーツもあたしにとっては友達が好きだったバンドです。でも何曲かは知ってて、世界の終わりと青空は知ってる曲だったので懐かしかった。しのかよと一緒に歌いましたよ小声で。志乃ちゃんの清らなか声が新鮮でよかった。
私世代の(田舎の)中学生男子は麻疹にかかるようにみんなブルーハーツにはまりました。タブ譜とアコギが先輩から受け継がれ、中学の文化祭では三年ともブルーハーツのコピーバンドが発生しました。
ミッシェルは故郷ではだいぶコアな音楽好きだけが知るバンドだったような。高校の友達が文化祭でバンドを組んで、ミッシェルやってたなぁ、知らん曲って顔してる子が多かったなぁと思い出しました。
私の思春期ど真ん中と、どうやら同時代らしい志乃ちゃんたちの世界。
15歳の気持ちと36歳の気持ちが混ざり合いながら、志乃ちゃん、加代ちゃん、菊池くんの一生懸命を見届けました。
名前が言えない程に上手く話せないこと、
ミュージシャンになりたいのに上手く歌えないこと、
みんなの中に居場所が欲しいのに空気が読めずにウザがられること。
私の悩みじゃないけど、私の悩みだと思った。
15歳の頃には上手くできないことが多くて、辛かった。
自分で自分を憎みすぎて辛かった。
壁を越えるやり方は、教えようがないんだよね。
1人づつ違うと思うから。
やり方もわからないまま、彷徨う世界はまさに荒野。
でも超えた瞬間はわからなかったけれど、がむしゃらに走って転んで血だらけになった果てに、超えていたことに気がついた。
できるようになったことも増えた。
今も荒野にはいるけれど、技が磨かれた気がする。
サバイバーとしての自信がついた。
大人になるってそうゆうことかなって思う。
荒野を生きていく術を持つ者。
さまよい、苦しんだ経験を内包している者。
志乃ちゃん、加代ちゃん、菊池くんは、今1つのブレイクスルーを果たした。
これからだよ。一歩づつ、ひとつづつ、自分のやりかたで。
キーワードは自分を好きになること。
菊池くんのことは、最初はこの子無理って思った。
掴みを決めようと初日の自己紹介からはしゃいだけど、だんだんクラスメイトにウザがられる様子が、痛々しく、可哀想だけど仕方ないって思った。
しのかよに割り込み、そのことが志乃ちゃんをよりいっそう傷つけはしたけれども、でも、その後はもがいてるなぁがんばれっておもった。志乃ちゃんにゾウリムシに謝れって言ったのは、かっこよかった。その通りって思った。きっと空気の読み方、これからわかるし、居場所見つけられる。つか、空気読めないままでも居場所は見つけられるよ。がんばれ。
加代ちゃんは本当に強いね。1人で舞台に立ち、歌いきった。逃げた志乃ちゃんを責めずに、待ってるよって言っていたように思った。そしていい詩を書いたね。魔法がなくても遠くに行ける。私もそう思う。
(でも魔法を歌った加代ちゃんは、そんなに音痴でもなく、もうちょい破壊的な音痴を貫き通す感じか欲しかった)
志乃ちゃんのコンプレックスは、そら辛いだろうなと思う。
菊池みたいなちゃかし方されたら、死にたくなると思う。
つか、よく学校来てるな、文化祭もよく来たなぁと思ってた。
志乃ちゃんは気の毒さと傲慢さと弱さと強さが思いっきり詰まっていて、情けなくってかっこよかった。
加代ちゃんの歌を聴いて、ついにみんなの前で自己紹介を叫んだ志乃ちゃん。
かっこよかった。垂れる鼻水も美しく、神々しく思った。
志乃ちゃんは気の毒なコンプレックスを持つ不憫な子ってだけでなく、加代ちゃんの音痴を笑う傲慢さもある。初めての友達を憎っくき菊池に取られそうになってヤキモチからしのかよからも逃げた。切ないだけではない、厚みのある描き方もとても良かった。
志乃ちゃん、加代ちゃん、菊池くんの3人とも演技うまかった。菊池くんの中の子だけ初見かな?
あんまりにも泣いて泣いて泣いて、帰宅してすぐに原作漫画をポチって読んだ。短編を映画的に上手く膨らませていて、映画の方がめちゃよかった。
青春の輝きと痛み
コンプレックスがある「本当は友達が欲しい」3人が動く様が良かった。
体育館で志乃ちゃんのセリフの中で『自分で自分を恥ずかしいと思っている』みたいなセリフがあった。学生時代自分もそう思ってた。
友人が当たり前のようにいて、ちょっとケンカして恋愛するような映画と比べてほしくない、教室日陰民が織り成す最高のキラキラ青春映画。
自分の青春はここにあった。かよちゃんみたいな友達がほしかった。
私を恥ずかしいと思っているのは私。
学生の頃、人との距離感が
わからなくて、
ノーガードでぶつかりあいながら
同じ思いをもっている友達を
見つける話。
同じ思いというのは、
自分をさらけ出しても、
理解してもらえる友人が
欲しいという思い。
ただ本作で、本人達には、
それぞれ一般的には、劣等感をいだく
個性がありました。
吃音と音痴と場を読めない個性。
この作品がとても好きになったのは、
彼等がそれらを含めた
自らのもつ全身全霊の人間性を
どうやって表現したかというところ。
その生身の言葉や行動に
笑ったり、ふるえたりしました。
ひとつめは、
勇気をだして、初めて加代に
声をかけての
筆談のやりとりのシーン。
てっきり、うんこかなと。
ふたつめは、
志乃が加代に、自分が頼んだ
ギター演奏に笑ってしまったことを
詫びたシーン。
みっつめは、
初めての野外演奏で、ひびった
志乃に、加代がかけた言葉。
最後は、志乃が
文化祭で、「魔法」を唄う志乃や
みんなに向かって、叫んだシーン。
本当に、頭がじーんとしました。
鼻水垂らしながらの
本気泣きを久々にみました。
私の親父も、少しつっかえながら
話します。
でも、
それが、恥ずかしいことだと
思ったことは、ありません。
それは、話しにくいのを
あえて話す言葉に重みを感じてた
からで、
食事の時など機嫌のいいときでも
つっかえてました。
キャラとしてとらえてました。
まぁ、
子供のころから母親に
この人は、しゃべる時は
こんなだけど、
やるときはやるだの
考え方が正しいだのといろいろ
洗脳されてたからかもしれません。
まぁ、理解者なんですね。
だから、
文化祭で
志乃が今までいえなかった
自分の気持ちを
自分の言葉で語った後、
ステージから加代が微笑んだことや、
いままで話したことがない
クラスの子から、ジュースをもらって
話しかけられてたシーンは
好きです。
自分のありったけの願いをこめた
思いは、
どこかで必ず受け止めてくれる
人がいるよ
というメッセージに思えて。
おすすめです。
過去の自分を見ているような気がしました
結論から言うととても満足出来ました。
吃音、音痴、ADHDを抱えた3人のコミュ障の物語ですが、生きづらさが凄く共感出来ました。
そういえば自分も高校生の頃息苦しかったなぁ、と。
ちょっと気になるところもありました。
話の中で筆談するシーンが何度か出て来ますが、文字が小さくて何が書いてあるのか全く見えませんでした。
テレビやDVDではテロップか字幕を入れて欲しいなぁと思いました。
何で志乃ちゃんは自転車に乗らないの?何で菊池を仲間に入れたの?とかも気になりました。
志乃ちゃんを菊池がからかったシーンは、菊池をもう少しアップにしないとからかったのが菊池だとは分かりにくいような気がします。
文化祭シーンは他のコメントにもあるように、映画ならではのハッピーエンドでも良かったような気もします。(原作読んでませんが)
志乃ちゃんが最後まで加わらない方がリアルではありますが・・・。
フラグ回収されないまま終わった掃除のおじさんは要らなかったような気もします。
文句が多いですがとても満足出来ました。
アニメ以外の日本映画を映画館で観たのは久しぶりでしたが、遠くから時間かけてまで観に来た甲斐がありました。
子役が女優にメタモルフォーゼする瞬間の青春音楽映画
吃音(きつおん=どもり)によってコミュニケーションがうまくとれない女子高生・志乃と、ミュージシャンになりたいという夢を持っているものの、音痴な同級生・加代の友情を描く青春映画。その設定から音楽映画としての側面も持っている。
これはけっこうな佳作である。特筆すべきは、志乃役の南沙良(16歳)と、加代役の蒔田彩珠(まきた あじゅ/16歳)の絶妙なキャスティング。撮影時は2人とも14歳でこの難しい高校生役を演じているというから感動だ。
まだ2人は無名に近いが、南沙良は三島有紀子監督の「幼な子われらに生まれ」(2017)で、父親・浅野忠信の再婚相手の連れ子・薫役を演じていた。今回は全編にわたり、ドモリのあるセリフを発しつづけるのだが、歌を歌うときはその吃音は止まり、素朴で透明な歌声を聴かせる少女となる。歌がいい。
一方の蒔田彩珠は、是枝裕和作品の常連で、「海よりもまだ深く」(2016)、「三度目の殺人」(2017)に出演。さらに「万引き家族」(2018)にも、松岡茉優演じる亜紀の本当の妹役を演じている。
つまり2人とも"子役"だったわけで、本作でまさに"女優"への変身の瞬間を見ることができるという貴重な1本。
作品は"吃音"を単なる病気として描くのではなく、思春期の友人関係におけるコミュニケーション問題と結びつけている。コンプレックスからなかなか打ち解けられない志乃のようすは、自我(アイデンティティー)の確立過程で少なからず経験する、人間関係の苦い経験を思い起こさせるのだ。志乃が自身のふがいなさに号泣するシーンでは、南沙良の演技に引き込まれる。
クラスメイトとなった志乃と加代は、ひょんなことから近づきはじめる。ギターを弾く加代が、志乃の歌声の魅力に気づき、ストリートライブをしようと誘う。
フォーク/ロックの名曲がカバーされる。THE BLUE HEARTSの「青空」(1989)、赤い鳥の「翼をください」(1971)、加藤和彦と北山修「あの素晴しい愛をもう一度」(1971)、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTの「世界の終わり」(1996)など、その歌詞のひとつひとつがストーリーとリンクして胸に突き刺さる。
2人の関係が音楽によって最高潮に達するときの眩しいばかりの輝き。 本作が素敵な音楽映画でもある瞬間だ。
そんなある日、2人の駅前ストリートライブを同級生の男子・菊地が偶然見かけてしまう。菊地は、志乃の吃音をからかっていた男子だ。しかも菊池は強引に2人のバンドに加入したいと言い出し、その結果、志乃のコンプレックスが再現する。やがて微妙に狂いはじめる2人のゆくえ・・・。
ちなみに本作は押見修造による漫画の実写化である。"吃音"は、押見みずからの実話ベースの話であり、そこにリアリティが伴っている。また脚本が「百円の恋」(2014)の足立 紳というところも注目である。
ゴールデンコンビ
メインの三人の演技といい演出といい素晴らしい青春映画だった。
減点は文化祭の志乃のシーンだけ。
あそこも原作にこだわらず映画ならではの表現に変えちゃって良かったと思う。
「私が私を追いかけてくる」とかあそこだけセリフに聞こえてしまった。
しかしそれ抜きにすれば思春期の危うさや煌めきがタイムスリップしたように甦ってきて胸を締め付けられた。
しかしあの繊細な押見ワールドを完璧以上に表現した湯浅監督には脱帽。
またこのコンビの作品が観たい。
惡の華やってくれないかなあ。
天下取れると思う。
ようやく作り上げた小さな世界の儚さ
問題を抱えた人のサクセスストーリーかなと思って見たら、とても現実的なラストで衝撃を受けました。
吃音の描写も吃音協会に取材してるだけあってリアルで、映画のテンポは悪くなってますが志乃だけに感情移入しすぎず客観的に見れるようになってます。
あのまま菊池くんの加入を受け入れ、素直に3人でバンドの練習をして文化祭に参加するのが理想的なのかも知れません。
でも、これまで苦労して築き上げてきた小さな世界に得体の知れないものが入り込む恐怖って、生きづらい思いをしている人にとっては非常に耐え難いものなんですよね。
謝ってくれたとはいえ以前自分を傷つけた菊池くんの前で自分を出せないとか、佳代と菊池くんが音楽の話で盛り上がってて自分はこのまま蚊帳の外になってしまうのではないかっていう恐怖がひしひしと伝わってきました。
僕はこういう失敗を繰り返してしまい、今でも謝りたい人・謝って欲しい人・また仲良くしたい人が沢山いて時々夢に見ます。
志乃、佳代、菊池くんの3人はこれからどうなっていくんだろうと考えさせられるラストでした。
個人的には不器用ながら二人のことを思いやるようになり、最後には孤独を受け入れた菊池くんにホロリときました。
彼女たちの友情が薄すて、最後は半ば強引。
高校生になり、初めてのクラス内の顔合わせ、自己紹介をすることになり、人前で話すことが苦手な私でさえ、どんどん自分の番が近づいてくる。緊張する。それにしても志乃の雰囲気がおかしい。動悸が激しい。これは尋常ではない。
事前に担任に伝えておけば良かったのではないないだろうか。明らかに「吃音」であり、極度のパニック障害でもありうる。それでも教師は、さした疑問に思わない。思春期に起こり得る症状だ。
ところが、見知らぬ人の前では、はっきりした音程で歌う。このギャップは不思議。
最後まで、加代が歌が上手いと言われていた「菊地」の歌は、結局判らずじまい。
彼女たちを包む景色が大変美しかった。ラストは、半ば強引な終わり方であった。
色々と作品の流れに無理があった。結局、彼女たちのオリジナルが聞けなかったのが残念。友情青春映画ではあるが、青春真只中の彼女ら2人の友情の強さが、映像では伝わりづらい作品になってしまっている。彼女たちの友情とは、一体なんだったのか。
青春だな!
吃音だけど歌えるシノちゃんとギターは、弾けるけど音痴のカヨちゃん。2人は、シノカノってバンドを組んだ。路上ライブなんか、素晴らしい。
そこに、空気読めない男の子が加わりなんかずれちゃう。
思春期の揺れ動く10代の気持ちが伝わる。
吃音にイライラする僕がいた。
学生支援の仕事してるのにね。
そんな発見もあったな!
あの素晴らしい愛をもう一度
この歌はよかった。てか半分青いの影響がだいぶ大きいけど(笑)途中の歌変えずにずっとこれだけ歌ってて欲しかった(笑).
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話は自分的にはうーんだったかな。菊地との和解は?自分だってかよの歌笑った時謝って許してもらったじゃん、なら自分だって許せよ。
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最後も一応かよに頼り切りだったのが成長したってことなのかもしれないけど、ジュース渡してくれた子と結局同じことになると思うんだよね?
ドラマティックになりすぎない
かよちゃんが優しいんだよね。志乃に声を掛けたり、菊地を仲間に入れてあげたり。志乃はかよちゃんの優しさに救われて苦しめられちゃうの。
高校入って、新しい人間関係を作らなきゃってときの、緊張感が良く描けてて、自分が高校入ったときのことも思い出すね。
「ここだ」ってシーンで、そんなに盛り上げていかないんだよね。かよちゃんがメモとペンを志乃に渡すときに『面白いこと書いたらあげる』って言って、「うわ、ここで志乃の高校生活が決まるわ」って「なに書くんだろ?」って観てくんだけど、「それかよ」って回答だしね。
バス停で別れるシーンもすごい。感情ぶつけあって喧嘩すんのかと思ったら、やらないで、淡々と「じゃあね」で別れてく。
それで志乃が感情を爆発させるシーンをかよちゃんのライブの後にもってくるんだけど、ここ、あれだったね。「そういえば脚本は足立紳だった」と思ったもん。貧乏くさい。
それで、その後も、みんなの関係性はそんなに変わらないの。高校の頃って、一瞬なんか仲良いんだけど、少し立つとすれ違っても何も言わないような関係になることあるなあと思った。
世界の終わり
私にとって本作の魅力は『世界の終わり』につきます。
本作の舞台は90年代末期ごろでは、と思います。この作品は時代考証が非常に雑で、90年代の空気はほぼ伝わってきません。女子高生のファッションも髪型も、何もかも90年代の匂いがしません。
しかし、この『世界の終わり』だけは伝わってきました。なぜならば、Thee Michelle Gun Elephant は、90年代末期に勃興した、日本のロック文化の黎明期を象徴するバンドだからです。この偉大なる日本のロックバンドのデビューシングルを選んだおかげで、「本作は98年ごろの物語なのだ」と感じることができました。
ミッシェルの登場までは、日本のロックシーンはかなり洋楽とかけ離れた存在でした。Boowyベースのビートロック〜V系バンドのリスナーはあまり洋楽を聴かなかったし、その逆もしかり。
しかし、ミッシェルの登場によってその壁が破られました。ミッシェルはそれまでのロックバンドが持っていた歌謡曲っぽさを完全に払拭し、洋楽と日本のロックのハイブリッド化に成功したのです。
97年にはフジロックがスタートし、ミッシェルは98年のフジロックに登場。
「俺たちが日本のThee Michelle Gun Elephant だ!」
というチバの有名なMCは、新しい日本のロック文化を体現したものだと思います。翌99年にはハイスタのMaking The Roadがリリースされ、椎名林檎がブレイクします。
この時代、フェス文化が生まれ、洋楽〜邦楽の壁を越えたロックミュージシャンたちが台頭し、日本のロック文化は確実に新しい段階に進んで行きました。この流れはおそらく現在にもつながっていると思います。まさか、こんなに各地でロックフェスが行われる国になるなんて想像もできなかった。現在のロック文化の生成には、確実にミッシェルが大きな影響を与えています。
加代は90年代末期のロック少女です。オアシス、グリーンデイ、ブランキーあたりが並ぶCDラックからは、ロックを覚えたての瑞々しい熱気が伝わります。ボブ・ディランはやや異質ですが、アコギを選んでいることから、彼女の神なのかもしれません。きっと彼女は、フジロックの誕生やミッシェルのオールスタンディングツアーを目の当たりにして、ひとり胸を熱くしていたのでは、と想像します。やがて彼女は椎名林檎の登場に仰天したり、Radiohead を聴き始めたりしてロックの深みを体験したりするんだろうなぁ、と思うとなんか涙が出てしまう。
覚えたてでアルペジオすらできない加代のヘタな生ギターと、装飾が一切ない志乃の唄で奏でられる『世界の終わり』は、彼女たちと同じ時代に生きていた私の胸には深々と突き刺さりました。この曲を聴けただけで、本作を観た甲斐がありました。
個人的には、本作の魅力はしのかよを結成し、橋の上で『世界の終わり』を歌う中盤までで終わっており、それ以降は蛇足でした。物語があまり丁寧に紡がれていないため、後半の展開はぎこちなく、無理にエモくさせられているようで乗れなかったです。
そのままの自分自身を受け入れるということ。
鑑賞前に原作コミックを買った。二人の揺れ動く心に、胸が軋んで仕方がなかった。志乃ちゃんの戸惑い紅潮する表情や、加代の素っ気ないながらも気遣う表情も、すんなりと伝わってきた。
これを、映画は十分すぎるほどに表現してくれた。舞台を海沿いの町に変えたのも解放的な雰囲気がでてよかった。そして太陽光の照り返しが幾度となく二人を照らすのだが、それは海辺だからこその光だと思うし、そのてらてらと揺れる光が二人の心情とシンクロしていて引き込まれた。
あらためて。「うまく喋れない」吃音症の志乃、「うまく歌えない」音痴の加代、そしてそこに「うまく空気が読めない」おそらく軽いアスペの菊池。うまくいかないから逃げていたり、他人を拒否していたり、過剰におどけてみたり。多感な高校一年生の彼らが、うまくいかない自分に、自分自身が苛立ち、嫌いになり、どうしていいかわからなくなる。やっとこの子とならうまくいけそうだ、自分の殻を破れそうだと思っても、ちょっとしたことでまたつまずいてしまう。結局、思うようにはいかないものだ。「頑張れ」って言われても、それに応えようとすると自分を追い詰めてしまうだけだし。そんなもどかしさを言葉にせず、観ているこちらに伝えてくる演出の見事さ。そして二人の若い女優のすばらしさ。
※ここからはまさにネタバレですので注意。
最後、結局、志乃ちゃんは吃音を克服できていない。でも、それはこれまでと同じように逃げているのではなく、自分自身を受け入れたってことなのだ。どもってしまう自分を恥ずかしがらずに、これが自分なのだと肯定したのだ。直前のシーンで、加代がステージ上で、叫ぶ志乃を見ながらほほ笑むのも、志乃が自分を受け入れたことに気付いて嬉しかったからだと思う。
二人の友情
主演の二人がとにかく素晴らしかった。
それぞれコンプレックスを抱えながら、相手を思いやり友情を育んで、二人の笑顔が輝いていた。
あることをきっかけにそれも失われていくのだが、ラストの文化祭で友を想う歌に涙が止まらなかった。
サントラさっそくポチりました。
チョロくないか…
普段から蒔田彩珠が好きでちょっとでも出ている映画でも見に行くくらいなので、主演となればもう舞台挨拶から行くしかないと、足を運んだ。
本編の前の舞台挨拶で感じたのは、蒔田彩珠笑うなぁ…だった。
普段からクールな役が多いせいか、あまり笑顔のイメージがないが、この映画が本当に楽しかったのか、笑顔が多くて映画への期待が増した。
本編は、上手く周りに馴染めない3人の高校生が登場する。
特に南沙良と蒔田彩珠がメイン。南沙良さんは初めて演技を見させていただいたが、吃音症の女子高生という難しい役柄を完璧にこなしていて、涙を誘う。彼女の泣く演技はなかなか見られない全力の泣きだった。素晴らしい。
蒔田彩珠は文句無しに最高だった。いつものクールな演技と笑顔が入り交じる映画は初めてな気がする笑 舞台挨拶と同じ笑顔がそこにあったのは感動した。1番印象に残ったのは、2人の短所を克服することを(吃音を短所と言っていいのか疑問だが)「チョロくないか」と言って切り替わるシーン。彼女のクールさが招いた言葉のミスを、引きの画で考え直す。本作で重要なポイントだった。
萩原利久の表情もよかった。久々に目で演技する俳優を見つけた気がする。
思ったほど泣けはしなかったが、十分に感動する内容で、似たような生徒がクラスにいる学生は是非見てほしい。
それぞれが、何を思って生活しているのか。色々と難しい高校生の時間を全力で演技していた。
渡辺哲もセリフがないがいい役どころ。蒼波純はもう少し登場して欲しかったなぁ…
1点マイナスなのは、映像について。
光の加減が何を表現していたのか分からなかった。
全体的に明るい画が多い。周りの生徒も以上に明るい。それは主人公との対比なのだろうが、たまーに普通に暗くなるシーンがある。2方向がガラス張りの教室だったからか、無理やり明度をあげた感じもして、少し見づらかった。
また、ローアングルショットがまた多い。世界はもっと広い。外に出よう!というイメージを抱いたが、正しいか。
エンディングが、リアルでこれも面白い。
原作は読んでいませんが、ぜひ読みたくなる1作でした。
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