ゲティ家の身代金のレビュー・感想・評価
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【孫が誘拐されても眉一つ動かさず身代金要求に”No"と言った男と母親との闘い】
直前の主役交代(ケヴィン・スペイシー、何やってんだ!)を感じさせないリドリー・スコット監督の執念(再撮影した件も含めて)と強欲なジャン・ポール・ゲティを演じるチャーリー・プラマーの演技には脱帽する。
又、人質になったポールの母、ゲイル・ハリスを演じるミシェル・ウィリアムズは安定してよい。
だが、残念だったのは元CIAのフレッチャー・チェイス(マーク・ウォールバーグ)が誘拐犯との交渉役だったのだが、何ら機能しなかった(この映画でもゲイルを励ますだけ)ように見えたのと、ジャン・ポール・ゲティの誘拐犯と対峙する姿勢には最後まで共感出来なかった作品。(事実だから仕方がないし、実際身代金を孫の体の一部を身代わりにあそこまで引き下げたのはある意味、金の亡者として筋を通しているのかもしれないが・・)
<2018年5月26日 劇場にて鑑賞>
ゲティ家の事情だけは面白い。
1973年大富豪ゲティの孫ポールがローマにて誘拐されて身代金を要求されるお話。
孫と言っても今は事情があり、ゲティおじいちゃん、その息子さん(父親)、母親アビゲイルの関係を過去も含め映画で語る事でゲティ家というものを知る仕組みに。
事情は面白かった。
また前半のみ1973年当時の富豪と一般人の生活、風情が映像としてうまく表現されており、映画らしさも醸し出し私は好きでした。
1700万ドルの身代金を一切払わないとテレビで公言しちゃうゲティおじいちゃん。身代金を用意出来れば何とかなると思っている母親アビゲイル。
前半は映像と脚本が中身を期待させるだけに、途中のポール捜索劇と拉致した人間達のつまらなさはどうにかならなかったのか?
そこが残念であります。
特に何も残らない
実話ベースの誘拐事件。これは期待しちゃいけないヤツだ、と思い特に期待してはなかったが、観た後にこれほど何も心に残らない作品も久しぶりだった。
只管アタフタする母ミシェルウィリアムズは相変わらず安定してる。強欲ジジイのクリストファープラマーも良かった。(途中までイアンマッケランだと思ってた)。でもマークウォールバーグかなぁこの役。彼がゲティ家の警備全般を整備した、と言われてもなあ。彼は嫌いじゃないが少し間抜け感(多分「テッド」の所為)があるので、もっと切れ者感ある役者の方が説得力あるよなあ。
「ポールは特別だ」とチェイスに伝え、最後に抱いていたあの絵の意味とか、JPゲティの真意をすごく考えたが、それがラストの胸像で全てぶち壊し。
ラストに字面で後日談語るなら、犯人たちのその後も知りたかった。特にチンクアンタ。
あ、でも心に唯一残った場面がある。
あの美術館の土産物のシーン。アレは切ない。
実話をもとに構成、というと忠実過ぎてのっぺり、または脚色しすぎて軽...
実話をもとに構成、というと忠実過ぎてのっぺり、または脚色しすぎて軽い、ことになりがちだが、そこはバランス良く楽しめるデキかと。
脚色部分については、おそらくキャラ色付けには気を配っていると思われる。とくに大富豪ゲティ。彼の金に対する独特の哲学をいかに表現するか、で話しの運びも変ってくる。金はアホほどあるのになぜ身代金を出し渋るのか、ここを見る側に納得させなければ辻褄が合わないのだ。そこを外さず、綿密に見せている点はすばらしい。
あとは、この事件についてあれこれ言ってもな。。作品の評価としてはそんな感じです。
誘拐犯には屈しない!
「孫は14人いるんだ。一人に1700万ドル支払ったらみんな誘拐されちまう」という台詞だけはまともだった。当時の価値で約50億円という要求額。まぁ、値切ってもしょうがないかと思わせておいて、それが単なるケチな守銭奴だったからだと暴かれていく。
ミシェル・ウィリアムズ演ずる母ちゃんも鬼気迫る演技。息子ポールのために離婚の際も慰謝料を一切もらわず、親権だけを勝ち取ったのだ。普通のじいちゃんなら、それでも援助はすると思うのだが、多分一切与えていなかったのだろう。
そんな守銭奴じいちゃんをケビン・スペイシーの降板により急遽9日間でプラマーが再撮で完成させたというのだから凄い。解説を読むと、ナチスとも繋がりがあったというが、『サウンド・オブ・ミュージック』ではナチス嫌いだったという点から描きづらかったのか・・・。
400万ドルに値切ってからも、100万までしか税金対策にならないから100万ね!とか、凄すぎる。人の命を何だと思ってるんでしょ・・・。自宅に来客用公衆電話を置くくらいだから、もう次元が違うんでしょうね。
ゲティ爺さんがすごい
濃厚なドラマ
自宅に電話ボックスってどんだけケチなんだよ
関心ないように見えるゲティの孫への愛を感じた
実話に基づく作品、となっていました。
どこまでが真実でどこからが作られているのかは分からないですが、とても引き込まれました。
目を背けたくなるような(実際背けました)描写や観て感じるより事実は長い監禁生活…沢山の財を手に入れた家系に生まれると自分とは違う生活でも誘拐されてしまう現実。
不公平だと感じ誘拐する罪人達の気持ちは分からない。
それだけの財を成し遂げた人=相当な努力があっての結果、だと気付かないところに罪深さを感じる。
ポールの側にいる人があの人じゃなかったら結末は残酷でもっと監禁生活は短かったのだろう。彼がいて良かった。
マーク・ウォールバーグが珍しくまともで良心的な役で意外と合っていました。とても良い役でした。
ポールがどうなるか、犯人達が捕まるのか、家族達がどういう行動に出るのか先が気になる飽きさせない内容で興味深かったです。
値段を見極めるために人は苦労するんだ
映画「ゲティ家の身代金」(リドリー・スコット監督)から。
冒頭「実話に基づく物語」と表示されて、ドキュメントに近いのかと
思っていたら、けっこう脚色されている気がした。
(まぁ、それは映画だから、それはそれで良しとして・・)
まだ事件が起きるだいぶ前、アメリカの大富豪ジャン・ポール・ゲティと、
その孫が、初めて出会うシーン。
さりげなく、そしていて事件のキーワードどもいえる、
「モノの価値」について、語る台詞があった。
「どんな物にも値がある。値段を見極めるために人は苦労するんだ」
このフレーズは、孫の命の価値ともいえる、誘拐犯の身代金でも同じ。
それが「高いのか、安いのか」の判断は、その人の考え方次第だ。
特に「人の命」(それも孫)となると、その見極めは難しい。
だからこそ、この2人のはじめての会話が、のちに輝いてくる。
冒頭のナレーションで、誘拐された本人(孫)がこう呟く。
「ゲティ家の者は一般人とは違う、祖父が僕にそう言ってた」と。
だから僕が誘拐され身代金を要求しても、祖父は応じないかも知れない、
そんな思いがあったのかもしれない。
人の命だけでなく、絵画などの美術品、彫刻等の芸術作品でも同じこと。
「本当にそれ相当の価値があるのか」は、常に念頭に置いているはずだ。
言い換えれば「値段を見極めなければ、人は苦労しない」とも言える。
さて、どんな生き方がいいものやら・・。
どうでもいい、かな…
ゲティ家の一族と本作の、金とスキャンダル
1973年に起きた石油王で大富豪の孫の誘拐事件を描く実録サスペンス。
作品そのものより作品にまつわるスキャンダルやトラブルばかりクローズアップされて余りに不憫。
しかし作品自体は、リドリー・スコットらしい骨太で見応えあるものとなっている。
非常に有名な誘拐事件らしい。
デンゼル・ワシントン主演『マイ・ボディガード』(奇しくも監督は亡き弟トニー!)の原作『燃える男』はこの事件を着想にしており、監督ダニー・ボイル×ドナルド・サザーランド×ヒラリー・スワンク×ブレンダン・フレイザーでTVシリーズ化された事もあるとか(これはこれで見てみたい!)。
が、恥ずかしながら全く知らず…。
事件の概要を整理しながら追っていくと…
1973年。石油王ジャン・ポール・ゲティの孫、ジャン・ポール・ゲティ3世がローマで誘拐される。
誘拐犯の身代金要求額は、1700万ドル。
総資産50億ドルと言われる世界一の超富豪にとって微々たる額だが、思わぬ事態が。
ゲティは孫の身代金支払いを拒否する…。
超富豪でありながら守銭奴…いや、ズバリ、ドケチだったというゲティ。
何よりも己の利益優先。金!金!金!…アンタはカネゴンか!
孫の命と引き換えの身代金なのに、無駄遣いの余分は無いとまで…!
金持ちほど金が惜しいとはよく言う。
ゲティの言い分もまあ分からんでもない。
彼には他にも孫が大勢居て、ここで身代金を払ってしまえば、他の孫たちも身代金目的で誘拐される恐れがある。
卑劣な誘拐犯どもには屈しない!
それに、彼とて孫の身を案じてない訳ではない。
元CIAの交渉人、チェイスに孫の救出を依頼するのだが…
やはり端から見れば、超金持ちなのに孫の身代金も払わない冷たい祖父。
気が気じゃないのは、3世の母、アビゲイル。
息子が殺されてしまうのでは…と危惧し、ゲティと対立。
ゲティがアビゲイルを煩わしく思うのは、息子2世の元妻で、今はもう“一族”ではないから。
金と同じくらい“一族”を重視するゲティ。
アビゲイルにとって難敵は、息子を誘拐した犯人たちより、元身内という信じ難い現実…。
ゲティに翻弄されるのはアビゲイルだけではなく、誘拐犯側も。
ゲティに身代金支払いの意思が無い事を知ると、身代金の額を下げてまで要求。さらには、3世の身柄をマフィアに売却。
果ては孫が企んだ狂言誘拐説まで飛び出して、ゲティは財布をますます固くする。
そんな時、3世の身に遂に危害が。
3世も決して全うな青年ではなく、放蕩生活を送る世間知らずのボンボン。身を襲った災難は気の毒だが、これも超金持ちの孫として産まれた事が運の尽きなのか…。
アビゲイルの執念もあり、ゲティはようやくやっと身代金支払いに応じる…が、ある条件付きで。
金が絡むと文字通りのモンスター級の欲深さと傲慢さ。
誘拐犯とゲティの間で板挟みになる母親という難役を、ミシェル・ウィリアムズがさすがの巧演。
マーク・ウォールバーグも交渉人役で抑えた好演。
見る前は、ウォールバーグがいつもながらのタフで男臭いイメージでもっと活躍するのかと思っていたら、実質主役はミシェル。
なるほど、それで例の問題は…指摘されても仕方ないかもしれない。
本作最大の話題は何と言っても、クリストファー・プラマー。
公開直前に某俳優のスキャンダルが発覚し、全シーンカット&降板。
急遽の代役となるも、僅か数日で再撮影をこなし、本当の意味で本作の救世主となっただけではなく、アカデミー助演男優賞ノミネートというオマケ所ではない離れ業まで披露!
本作製作陣は、この名優に頭が上がらないだろう。
某俳優がどう演じていたかも気になるが、結果的にプラマーで良かったのでは。凄みと圧倒的存在感で“マネーモンスター”を演じた。
話は二転三転と言うか、予断を許さない展開で、飽きさせはしない。
リドリーの演出もさすがの確かな手腕でスリリングだが、如何せんちと地味な印象は否めない。
もっとエンタメ色のあるポリティカルな内容を期待すると肩透かしを食らい、好みは分かれるかも。
本作はあくまで事件の経緯を追うハラハラドキドキのサスペンスと言うより、勿論それも含めつつ、事件の真相と顛末、その背後のスキャンダラスな人間模様が焦点。
金とスキャンダルの、ゲティ家の一族。
この誘拐劇さながらの本作自体の“金とスキャンダル”の問題については…
いや、もう何も言うまい。
金持ちはケチ
映画自体は面白かったけど、
テーマがどこにあるのかいまいちピンと来なかった。
まず孫のフニャフニャした世間知らずの感じが、
キャラとしては良かったけど観ててイライラした。
心の何処かで自業自得じゃ!と思ってる自分がいた。
金持ちはケチと言うけれど、それを地で行っていた。
徹底してて気持ちが良いほどだった。
寄付してくれ、と言う人には
あなたみたいな人を相手にしてたら
破産してしまうから無理と言い、
誘拐犯には孫が14人いる、孫の価値は0と言い放つ。
自分の立場を分かっていながら
危ない夜道をフラフラしてた孫が悪いから
その通りだと思っていたら、
金は払わないけど愛情はあったようで、
後半キャラがよく分からなくなった。
値切りたかっただけなのか?
愛情よりケチな性格が勝ったのか、
とても虚しい最期だった。
で、結局何が言いたかったのか、
凄くモヤッとしている。
オール・ザ・キングス・マネー 【本文修正】
'73年に実際に起きた誘拐事件をリドリー・スコット監督が映画化したサスペンススリラー。
石油等で財を成した実業家ジャン・ポール・ゲティ。その17歳になる孫が誘拐される事件が発生。
※同姓同名でややこしいので本レビューでは祖父を主に老ゲティ、孫をポールと表記する。
誘拐犯はポールの母親であるゲイルに1700万ドルを要求し、ゲイルは義父である老ゲティに
身代金の工面を懇願するが、老ゲティはマスコミを通して「一銭も払わない」と宣言。
ゲイルは、老ゲティに雇われた元CIAの探偵チェイスと共に、息子を救出しようと奔走する。
...
実業家ジャン・ポール・ゲティは史上初めて個人資産が5億ドルを超えた人物
ということで、当時における、正真正銘、世界一の大富豪だったそうな。
しかし映画で描写される彼の倹約ぶりは、“世界一の大富豪”にしてはあまりにみみっちい。
電話代節約のため自宅に公衆電話を置いたり、ホテルの洗濯代5ドルを渋って自ら衣服を洗ったり……。
まあそこまでなら「ドケチ!」と呼べば済む話かもだが、あろうことか彼は人の命を、
それも、血を分けた自分の孫の命をも値切ろうと企てる。
老ゲティは、自分の損得が絡まない限り決して動かない。
身代金交渉の場でも、それをだしにゲイルから親権を取り上げようとしたり、
身代金に発生する税金を渋ったり、怒りを通り越して呆れかえるほどの守銭奴ぶり。
「一度払えば他の孫が誘拐される」というのは冷静な道理と言えなくもないが、
孫の誘拐を聞かされた時も株価の書かれたバカ長い電報を読むのに夢中だったり、
身代金は一切出さないが美術品にはあっさり数百万ドルを支払ったり、
常人とは価値観が違い過ぎるというか、いや、ほとんど狂っている。
(最終的に老ゲティが支払ったのは290万ドル。
これは、所得税が控除される最大限度額の220万ドルと、
息子に年4%で貸し付けた70万ドルの合計額だそうな。)
遅々として進まない交渉の間、孫のポールの置かれた状況は刻一刻と悪化。
マフィアに売られるわ耳を削ぎ落されるわ、ちょっとした地獄巡りの様相。
監禁場所からの逃亡シーンや、最後の市街逃走劇なんて心臓バックバク!
この辺りはさすがにフィクションだとは思うのだが、闇の深い映像とキレの
良い演出で、ゾクゾクするほどサスペンスフルな見せ場に仕上がっていた。
最後は誘拐犯チンクアンタが危険を顧みずにポールを救うが――
なんというか……ゲイルを除き、血の繋がった家族よりも赤の他人の方がポールのことを
心配していたというのは……温かい気持ちにもなるが、反面やるせない気持ちにもなる。
...
近年のR・スコット監督作では、王のように権威を振るう人間が個人を蹂躙する構図がよく見られる。
今回の老ゲティとゲイルの関係性もそうだ。
壮麗な遺跡を歩きながら、ゲティは自分がローマ皇帝ハドリアヌスの生まれ変わりだと語る。
有り余るほどの金、その金に裏打ちされた絶大な権力。それでもなお止まぬ、金への執着。
そりゃ、僕も到底金持ちとは言えない身分なので、大金は欲しい。家族が一生 衣食住を
心配せずに済むくらいの金が転がり込んでこないかと考えることは往々にしてある。
だが、家族すら信用できず心の安寧を失うほどの金なんて、
自分や家族や大事な人を幸せにする為に使えない金なんて、
そんなものにいったい何の価値がある?
本当に信頼できるのは金と物だけ。
愛する息子や孫さえも所有物としてしか扱えず、
他人の行動すべてが利益目当ての打算に映る。
それってどれほど孤独で虚しい人生だろう。
広く暗い屋敷を彷徨い、親子の温もりにすがるかのように、
聖母マリアとその赤ん坊の絵にしがみ付いたまま息絶えた老王ゲティ。
救いようがないほどに強欲で傲慢な人間だったとは思うのだが――
どうしてもっと普通に家族を愛せなかったのかと、堪らなく悲しくなった。
...
物語の最後、古の王達の胸像と並べられるように置かれた老ゲティの胸像。
怒りとも恐怖ともつかない表情で、その亡霊のように真っ黒な顔を見つめるゲイル。
己が王であると信じた男の底知れない強欲と傲慢に背筋が冷たくなる、見事なラスト。
監督特有の、陰影の締まった美しい映像、そしてキレのあるサスペンス演出の数々、
壮麗なのに奇妙に滑稽なゲティを表すかのような、重厚かつ軽妙なスコア、
C・プラマー、M・ウィリアムズ、M・ウォールバーグら主演陣のパワフルな演技……
メチャクチャ面白かったです。大満足の4.0判定で。
<2018.05.26鑑賞>
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長い余談:
老ゲティ役は元々ケビン・スペイシーが特殊メイクで演じ、映画も完成していたそうだが
(彼の登場する予告編もある)、件のセクハラ騒動を受け降板。本作の公開が危ぶまれるも、
公開1ヵ月前にC・プラマーを代役に立て、9日間で再撮影して上映にこぎつけたというから、
R・スコットはじめスタッフ一同プロ根性がハンパ無い。おまけにプラマーは
アカデミー賞助演男優賞にノミネートまでされたのだから恐れ入る。
実は個人的にC・プラマーがメチャクチャ好きなので結果オーライだったりするのだが……
私生活に問題があるとしてもK・スペイシー自身は優れた俳優だと思うので、
彼のバージョンもいつか観られるなら観てみたいものである。
K・スペイシーに対する非難の嵐はメディアでも取り沙汰されたが、本作の追加撮影では
M・ウォールバーグとM・ウィリアムズのギャラ格差も槍玉に上げられた。
某記事によると、ウィリアムズとウォールバーグの芸能事務所は同じなのだが、
ウォールバーグの契約の方には「共演者を選ぶ権利」なる要綱が含まれていたそうで、
ウォールバーグの代理人がこれを盾に再撮影のギャラ100万ドルを要求したという話らしい。
ウォールバーグ自身はこの件が取り沙汰されるまで事情を知らず「とても気まずい
思いだった」と語ったそうな。(その後ギャラ分を寄付に使ったのは周知の通り)
まあ彼が本当に関わっていなかったかどうかは僕には知る由も無い訳だが、
ギャラは役者ひとりに支払われるものではないし、役者自身が決めるものでもないので、
これはさもありなんといった話ではある。そうだとしたら、彼にとっては気の毒な話。
セクハラ/パワハラ/不当な格差は大いに問題だと思うが、
それをどこまで作品と切り離して考えるかというのは悩ましい点。
自分はなるべく切り離す方向で、点数を付ける人間なのでご了承されたし。
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