劇場公開日 2019年2月8日

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「月までの苦難の疑似体験型映画。」ファースト・マン HALU6700さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5月までの苦難の疑似体験型映画。

2019年2月21日
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鑑賞方法:映画館

怖い

興奮

知的

イオンシネマ草津にて、父親と一緒に2D字幕版で鑑賞。

「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」との有名な言葉を残した、人類で初めて月に降り立った、アポロ11号の宇宙飛行士ニール・アームストロング船長を、「一人の人間として」彼の半生を描き映画化した作品でした。

ただ、これまでの『セッション』や『ラ・ラ・ランド』といったデイミアン・チャゼル監督の過去の2作品から、エンタメ性や映画的なカタルシスを求めて鑑賞に出向くと、淡々としたドキュメンタリータッチなお話しの起伏の少なさから、やや退屈な作品に感じられたり、眠たくなってしまう観客もお有りの様ですが、この作品は、エンタメ性よりも、宇宙飛行士を主観に捉えた独特なカメラワークによって、死と隣り合わせの恐怖感やコックピット内での圧迫感まで感じ得るかの如く、すごくリアルに再現されていて、彼と共に月面着陸までの過程を追体験するかのような、終始抑えめながらも緊張感が続いていくといった、まさに疑似体験映画にもなっていました。

疑似体験型映画と言えば、あのクリストファー・ノーラン監督の戦争映画『ダンケルク』(2017年)を想起しますが、あちらの方はハンス・ジマー作曲による激しい劇伴と効果音を響き渡せることで、死と隣り合わせの恐怖感を継続的に演出していましたが、こちらの『ファースト・マン』の方は、全くその真逆で、申し訳なさそうなくらいにジャスティン・ハーウィッツ作曲の旋律が静かに流れていき、これはこれで緊張の糸が張り詰めるような静寂感により、徐々に真綿で首を絞めるかの如く、死に対する恐怖感・緊張感を見事に演出していました。

ニール・アームストロング船長による月面への第一歩も、例えば、もしも、あのロン・ハワード監督が撮っていたとするならば、もっと映画的なカタルシスを得られるような劇的なエンタメ性に富んだ描き方をしたのかも知れないでしょうけれど(苦笑)。

今回のデイミアン・チャゼル監督の場合には、淡々とした描き方ながらも、ニール・アームストロングが参加した、このジェミニ計画からアポロ計画の幾多の試練の間に、亡くなっていった同僚たち、また幼くして亡くなったニール・アームストロングの娘の命も悼みながら、この<生命の宿る星・地球>と対極にある、既に死んでいる惑星でもある月を<死後の世界>と、ある種の隠喩を持たせていると、監督もインタビューでも答えられてる様ですが、単なる半世紀前の彼らの偉業を追体験する作品にとどまらず、人生を変えてしまうほどの喪失感や数え切れないほどの悲しみを抱えた男が、<月=死後の世界>に行ってまで愛する我が子、そして共に歩んだ仲間達の想いを遂げようとする姿を描いた誠実で壮大な人間ドラマとして演出し撮っている点にも好感が持てる作品でした。

親しくして頂いている、映画ブロガーのemiさんの「いつ星屑になってしまうかも分からない男とその妻と子供たちが、どうやってリアルライフを継続させていくのか。帰宅しても家族とギクシャクするニールは、現実社会に馴染めない帰還兵とちょっと似ている。」という意見も目にしましたが、(この作品の劇中には、生憎と詳しい説明がないですが)、ニール・アームストロングが、朝鮮戦争で実戦経験がある優秀なパイロットでもあった、その彼の精神力を以てしても、米ソの間の宇宙開発競争の中、次々と多大な犠牲者を出し、その上、世論はNASAの開発費は税金の無駄遣いとデモや集会が実施されるなどしていれば、PTSD障碍までに至らなくても、かなり精神状態もおかしくなり、家族ともギクシャクするのも分からないでもないと思われました。

また、我慢していた妻のジャネット役のクレア・フォイが、逃げてばかりの夫のニール・アームストロング役のライアン・ゴズリングにビシッと言うところが良かったでしたね。
夫婦だけならばそんな夫をそっとしておいてあげるのもいいのかも知れないですが、子供がいて、またそれ相応の年齢に達しているのならば、帰還できないかも知れないという事の説明義務は親として当然あるべきでしょうからね。

ライアン・ゴズリングの演技と相まって、あたかも『ブレードランナー2049』のレプリカント(?)と言った様にも受け取れるくらいに、最後まで感情をあらわにすることなく非常に感情表現が不器用なニール・アームストロング像でしたが、この静かな演技により、細やかな心情を表現してくれていたかと思いましたし、最後のガラス越しに妻のジャネット役のクレア・フォイと遣り取りするラストシーンも個人的にも好きですね。

宇宙空間もの映画では、やはりIMAXも良さげですが、4DXやMX4Dならばジェミニ8号のトラブルの際の臨場感も半端なさそうですね。

ロケット発射時の<轟音>と、荒涼とした月面の<無音>の静寂感が、死との恐怖感、そして、実に、この世とは隔絶した感覚にさせられました。

ですので、ドルビーアトモス若しくはIMAXなどの出来る限り、音響効果の優れた設備の劇場でご覧になられる事をオススメします。

ただ、ちょっと欲を申せば、お話しの起伏が少ない分、141分という上映時間が長尺に感じてしまったので、編集上、もう少し短くなれば良かったかなとは思いました。

私的な評価と致しましては、
「この主人公ニール・アームストロング像に共感出来ない。」と言った意見も一部に散見しているようですが、私個人的には、この抑えめながらも持続し続ける死と隣り合わせの緊張感・恐怖感を映像から疑似体験していて感じることは、主人公のニール・アームストロングの置かれている状況を鑑みると、あの様な現実社会に馴染めない様な不器用な性格であっても然るべきでしょうし、当時のアポロ計画のコンピュータは初代の任天堂のファミリーコンピュータの性能よりも劣るくらいの物だったことからすれば、死をも覚悟して、人類初の偉業を成し遂げに行った<一人の人間として>の誠実で壮大な人間ドラマとして実に秀逸だったと感じました。
賛否両論が大きく分かれているみたいですが、歴史的偉業でありながら、劇的で映画的なカタルシスを得られないような演出が見事過ぎるぐらいに淡々としている点が素晴らしかったですね。
あくまでも<一人の人間として>のニール・アームストロングを描いていたのでしょうね。
ですので、五つ星評価的には四つ星半評価のほぼ満点の★★★★☆(90点)の高評価も相応しい映画かと思いました次第です。

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HALU