ワンダー 君は太陽のレビュー・感想・評価
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独りじゃない。家族の勇気が起こした、幸せの化学反応。
【賛否両論チェック】
賛:容姿のせいでイジメに逢い、苦しみ悩みながらも、家族の支えを胸に頑張り続けた少年・オギーの勇気に、観ていて涙が止まらない。そんな彼の姿を見るうちに、少しずつ周りの子供達が変わっていく様や、オギーの変化と共に省みられていく家族の絆にも、また感動させられる。
否:内容的には群像劇の要素が強いので、あまり期待しすぎて観ると、やや冷めてしまうかも。
手術を繰り返した自分の容姿に自信を持てず、肉体的にも精神的にも殻にこもっていた少年・オギー。そんな彼が初めて学校に来て、イジメや裏切りに遭い苦悩する姿は、観ていて涙が止まりません。
しかしそれでも諦めずに立ち向かい続けるうち、1人また1人とオギーに感化されて変わっていく、言ってみれば化学反応が起こり始めます。オギーへの悪口を聞き逃せず、イジメっ子に殴りかかったジャック。
「ペストが移る。」
と言われても、
「平気よ。」
と手を差しのべたサマー。みんなの心を優しく変えていくオギーの存在は、まさに太陽そのものだと気づかされます。
また、そんなオギーの存在が大きすぎるゆえに、これまで光が当たってこなかった姉・オリヴィアやその親友・ミランダの織り成す若さゆえの人間関係の機微が、また物語に深みを与えているようです。
「相手を知りたかったら、やることは1つ。よく見ること。」
初めは相手の靴ばかり見ていたオギーだからこそ、その言葉にも説得力があります。相手に心を開いてほしかったら、まずは自分から興味を抱き、心を開いていくこと。そんな大切なことを教えてくれる本作を、是非ご覧になってみて下さい。
感じて欲しい
犬の演技が光る
かなりの感動系の刺激があり、多くの観客の涙を誘っていた。
表面的なパーツを拾っていくと、逆境を才能と会話と家族の支えで突破していく姿は、たしかに尊く感じる。
しかし自分はひねくれてるのか、「いじめる奴は、いじめが目的で、いじめはやる奴の側に理由と責任があるのに、そいつの親は『いじめられる側に原因がある』って言いやがったな」と大昔の学生時代にあった、クラスのいざこざを思い出したせいなのか。
会社で被害にあったパワハラやセクハラ、他国人へのヘイトなどを思い出したせいなのか。
「実際には、世間って差別される人々にはここまで優しくない」って現実に思い至ったのと。
順調に認められる経緯の演出をやりすぎで、障害者への感動ポルノ的な部分も感じてしまった。
ジュリア・ロバーツに、子役たち、犬の演技は素晴らしかったんで、そこは見応えのあるポイント!
みんな特別で普通の人
すごくリアル。
皆んな色々と大変なんだ
前作「ウォールフラワー」では、原作・脚本・監督を努め、独特な味わいの青春映画を作り出したスティーブン・チョボウスキーが、R・J・パラシオの児童(だけではないが)小説「ワンダー」を映画化。監督が”原作の忠実な映画化”とインタビューで言っていたが、やはり2時間程度でこの原作の完全映画化は無理か。時間が足りないだけで無く、色々な登場人物の視点で同じ時系列を別々に描いたりするし、続編だってある。でも、完全は無理としても、チョボウスキー作品には魅力がある。温かみのあるサニー・サイドな映像、ストーリー、そして「ウォールフラワー」に顕著だった音楽の使い方がイチイチ良い。明るく前向き感のあるパッション・ピットと、原作のインスピレーションの元だというナタリー・マーチャント「ワンダー」は、是非本編中で使ってほしかったけどね。「ウォールフラワー」のデヴィッド・ボウイの様に。肝心の内容の方は、”泣ける映画”である事は間違い無いが、単に”可哀そう””良かったね””感動した”だけでは終わらない。主人公だけではなく、登場する人々の良い事も、悪い事も、悲しい事も、嬉しい事も、どーでも良いことだって、何だか観る側が感情を揺さぶられてしまう、そんな作品。原作もそうだったし、そういう意味では”原作の忠実な映画化”が成功したってことでしょうね。素晴らしいです。
とても素晴らしい映画です
大好き。
半分予想通り、半分違った
正直、どうせお涙頂戴映画だろうと思いつつ見ることを躊躇っていたけれども、果たしてそれは予想通りで、かなり泣かされてしまい、それ故に尚更腹立たしくもあったりしたけれど、予想を超えた人物描写に非常に感心するばかりで、よくある感動ものとはひと味もふた味も違っていたような気がした。
確固たるベースがある作品なので、さすがに脚本とか会話なんかも非常に面白いと感じたし、感動的なストーリーを絵と音で巧みに磨き上げていたような印象…というのは見終わってからの後付け的な感情かもしれないけれど…帰結するところは常に想像ついたけれど、それでもことごとく泣かされる、決してハードセル的なアプローチではなくまわりからじわじわと感動を呼びこむようなマジックからは逃れることなど出来なかった。
久々にジュリア・ロバーツ出演の映画を見た気がするけれど、彼女の実力を再確認した。大げさに言うと、あらためて彼女がたくさん出てくる映画は見るべき価値があると思ってしまった。
平和な時代の平和な地域の清く正しき青春映画、というものを目指して作られているような作品。
個人的には、結末など関係なく、もっと広く人とのかかわりというものを描いてほしかったなーと思ったり…一瞬脇道に逸れるような人物描写が一番良かったから特にそう感じた。
あたたかい家庭
勇気づけられる傑作
ジュリア・ロバーツは大きな口でよく笑う演技が印象的で、トム・ハンクスと共演した「しあわせの教室」ではまさしくその魅力が全開だった。一方、ジョージ・クルーニーと共演の「マネー・モンスター」では冷静で頭脳明晰なテレビディレクターを好演し、芸達者なところも見せていた。「プリティ・ウーマン」から随分と時が過ぎたものである。
本作品ではおおらかで優しくて毅然とした母親の役だ。理想的な母親だが、映画ではあまり登場しないタイプである。というのも、表現者というのは多かれ少なかれひねくれているから、こういう母親は理想的過ぎて表現するのが躊躇われるものである。どこか気恥ずかしいのだ。それを真正面から堂々と登場させたところにこの映画の価値がある。
母親が優れた人格者なら子供たちもまた正直で優しい。そういう子供たちが困難に対峙して健気に乗り越えようとするものだから、これはもう最初から泣けてくる。汚れつちまつた悲しみに打ちひしがれる大人にも、汚れていない時があったことを思い出させてくれるのだ。
さて、人間は見た目を気にする動物である。他の生物にも見た目を気にする種があるかもしれない。色とりどりの花や派手な色の鳥や魚や昆虫などを見ると、見た目を気にしているのかなと思うときがある。しかし人間が他の生物と違うことが二つある。ひとつは、人間は個体の見た目を気にするということである。霊長目ヒト科ヒト属ヒトのオスまたはメスという種としての見た目ではないのだ。もうひとつは、見た目の価値基準が文化や時代によって異なることである。
人間は承認欲求の生き物だから、自分の見た目を何よりも気にする。見た目の評価が高ければそれだけで自信を持つし、低ければコンプレックスとなる。ダイエット、整形、カツラなど、人間の見た目に対する意識を相手の商売は巷に溢れかえっている。もっと広げればファッション、化粧品、ネイル、時計、バッグなど、生活のあらゆるものが見た目を気にする人間の弱点につけこんだ商売になっている。
釈迦もキリストも見た目を気にすることからの脱却を説いたが、人間はいまだに見た目に捉われている。人からよく見られたいという積極的な気持ちだけではなく、人から笑われたくないという消極的な理由も含まれている。人間が見た目を気にすることから脱却することは将来にわたってないだろう。個体差を個性としてみることができればいいのだが、どうしても優劣で見てしまうのだ。企業の人事担当者も、他の条件が同じなら見た目がいい人を選ぶと言っていた。見た目が商売になる以上、人が見た目を気にしなくなる日は絶対にやって来ない。
オギーはそういった人類普遍の差別と闘うことを、生まれつき余儀なくされている悲惨な子供である。その胸の内がどれだけ苦しいか、考えただけでこちらの胸が張り裂けそうになる。差別する人間は小物だから、こちらが大きな人間になればいいと、母親は正論を言うが、正論は気持ちの整理をつけてはくれない。見た目を気にする世の中が変わらない以上、自分自身が変わるしか、不幸を脱する道はない。家族や学校での人との触れ合いの中で、オギーは人のことを気にしない強さや人を許す優しさを身につけていく。この子役の演技がとにかく素晴らしい。この映画を見れば、自分の見た目を克服できるような気がしてくる。とても勇気づけられる傑作である。
wonderful story !
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