音量を上げろタコ!なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ!! : インタビュー
やらない理由を見つけるな!阿部サダヲ×吉岡里帆、勇気とトラウマもらった初共演「音タコ」
「時効警察」「インスタント沼」などで知られる鬼才・三木聡監督作「音量を上げろタコ!なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ!!」が、10月12日に世に放たれる。同監督が構想に約7年を費やした物語は、徹底してシュール、そしてどこまでもパンクだ。“三木ワールド”全開のハチャメチャな物語に身を投じ、恐ろしいまでに破天荒なキャラを演じた阿部サダヲと吉岡里帆が、文字通り“死ぬ寸前”まで悪戦苦闘しながらも、果敢に立ち向かった今作を語る。(取材・文/編集部、写真/江藤海彦)
4オクターブの音域と爆発的な声量を持つロックスター・シン(阿部)には、その歌声が“声帯ドーピング”によって作られているという秘密があった。副作用で喉が限界に近づくなか、歌声が小さすぎるミュージシャン・ふうか(吉岡)と運命的な出会いを果たす。しかし、最後の歌声を目的に謎の組織が動き始め、シンはふうかとともに逃避行に出る。
■“三木ワールド”に混乱… 超シュールかつ難解な台本に「なにこれ?」
今作で初共演の2人。初対面した直後には“立ち稽古”が行われ、入念に芝居の流れを確認した。三木組初参加の阿部は「いきなり現場、じゃなくてよかった」と語り、台本を読むだけでは物語を理解しきれなかったと話す。
同じく吉岡も「台本に『なにこれ?』と思うところがいっぱいあって」といい、「阿部さんは、三木さんの難解な台本を理解した状態で、立ち稽古に臨んでいると思っていたんです。でも阿部さんも『なにこれ』となっていて。それがすごく嬉しかったです。1人じゃなかった!」と続ける。これには阿部も「わけがわからない部分を『こういうことなんだ』と共有できてから、映画に臨めました。それがよかった」と笑い、準備万端で撮影に入った。
三木監督は卓越したビジョンと、妥協を許さぬ情熱を見せ続けただけに、吉岡は「この人の頭のなかに近づきたい、具現化しないといけないと、使命感のような気持ちが沸いてきました」と惚れぼれ。一方で「三木さん自身も、自分の台本に翻ろうされている時があって。『これ、どういう意味だろうねえ』って」と、お茶目な一面も暴露してくれた。
■役づくりならぬ“役づくらない” 強烈共演陣と対峙するコツとは
共演には麻生久美子、岩松了、ふせえり、田中哲司、松尾スズキら。“火薬庫“を連想させる爆発的な面々が集っただけに、アドリブもさぞ多かっただろう……と思いきや、三木監督作ではアドリブは一切許されないという。阿部は「僕もほぼアドリブだと思っていたんですよ。突拍子もないことを言い出す人がいっぱいいるから(笑)。でも1個もないし、台本に忠実にやるんです。びっくりしました」と衝撃をもって明かし、「これだけ練られているのか、と感動もしました」と目を細める。
個性的すぎる共演陣に飲み込まれないよう、吉岡は「自分のペースを乱さない」ことを徹底していた。「私たちまでみんなと一緒のテンションでいると、メチャメチャになる。私はボーっと、マイペースにいる。いちいち反応していたら、収拾がつかなくなってしまう(笑)キリがない」と話すと、阿部も「それが合ってますよね。逆に僕らはつくらないほうがいい。“役づくり”ではなく、“役づくらない”」と同調。“役づくらない”ことで強烈な個性を受け流し、調和と破壊のバランスを取っていたと説明した。
■撮影初日に「主演俳優が死ぬ」危機に…
クランクインは2017年11月3日。同日の夜中にはシンとふうかが鉢合わせし、2人が水浸しになる序盤のシーンが撮影された。この話題に触れると、阿部は「詳しくしゃべりたくないくらい、つらかった」とうつむく。極寒の屋外で半裸、しかも大量の水を浴び、比喩でもなんでもなく「本当に死にそうになった」からだ。
間近で目撃していた吉岡は、「阿部さんは撮影中、生死をさまよっていましたね。でもそれが笑えるって、すごいことだなって思いました」と笑いながら振り返る。一方の阿部は、「面白いよね、そりゃ。僕だって、自分じゃなかったら面白いと思うもん。まあ『初日に主演俳優が死ぬ』となったら、それはそれで、かっこいいですけどね」と顔を伏せ続ける。
なおも吉岡は「キツすぎて亡くなるという(笑)。初日にめちゃくちゃ阿部さんが体を張っているのを見て、『こっちも全力でいこう』と気合い入りました。“かっこ面白かった”です」。これに阿部は「打ち解けられたというか、絆が芽生えました」と表情をほころばせて頷きつつ、「破天荒な役をやることが多いですが、ここまで死にそうになったのは初めて。苦手なことができました。閉所恐怖症みたいになっているし、大量の水が怖い……」とトラウマを植え付けられたことを告白した。
■「やらない理由を見つけるな」「消えろすべて」 未来をこじ開ける数々のセリフ
「やらない理由を見つけるな」「音量を上げろタコ、なに歌ってんのか全然わかんねえんだよ」――。シンがふうかにおくる数々のメッセージは、観客の鼓膜を震わせ、脳髄を刺激し、心の奥底に眠る“なにか”を奮い立たせていく。
シンに勇気をもらった側である吉岡は、「『やらない理由を見つけるな』。三木監督自身が、娘さんに伝えたいメッセージらしくて」と切り出し、「『好きなことをやっていいんだ』とも、『怖がるな』とも言い換えられます。特にシンは、ふうかに対して『みんな大変だ、1人じゃない。おまえも頑張れ』と言ってくれている気がして。一歩踏み出せない人たちへ、三木監督からのエールです」と解釈を明かす。今作が他と大きく異なるポイントを問われ、「見たことのないものを見られると思います。私、喉の奥にカメラを突っ込まれたときは『ここまでやるか』とびっくりしちゃいました」と述べた。
そして勇気を与えた側の阿部は、「ロッカーという役を借りているから、ストレートに言えていた気がします」と心情を説明する。「やらない理由を見つけるな」というセリフは、自身の胸にも刺さったと語り、「学生時代は部活動で野球やっていたんですが、素振りをやらない理由はすごくうまかった(笑)。『今度、左打ちになるかもしれないから』とか言って」と、かつてに思いを馳せる。
それでも役者になってからは、やらない理由を探すことはなくなった。「芝居を始める前、劇団のオーディションを受けたんです。そのときは、理由がなくとも『わけわからないけど、いっちゃえ』と勢いがすごかった。芝居を始めたあとも、知らないくせに『知ってます』『なんでもできます』。やると決めたら、とにかくやる。なぜ変化したのかは、よくわかりません。でも“素振りしない自分”を、振り返りたくなかったんでしょうね」。
シンは歌う直前に「消えろすべて」と叫ぶ。過去を消し去るべく、現在に命をかけ、予想だにしない未来をこじ開けていくその姿は、阿部の過去・現在とも重なるのではないだろうか。今作の物語と登場人物の生き様は、多くの観客の人生と直結し、シュールな感動を残していくに違いない。