スリー・ビルボードのレビュー・感想・評価
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マクドーマンドはかっこいい
女性の復讐劇は面白くないな
同じ母としてあたしなら悲しみの表現方法は全く違うし
そもそも娘がレイプされるなんていう環境が疑問…事故とは言え
その割に息子は素直に育ってる
ああ、こんな私情盛らずに
エンタメとしての映画の見方をしなきゃ
『ノマドランド』『フレンチディスパッチ』どちらのマクドーマンドもかっこよくて好きだけど
これは…ひでぇ女だな(口悪)
登場人物が面白い
クソポリスの変化が一番面白い
というかこの映画の肝なんだな
自殺した署長、優しい小人、元夫と19歳の天真爛漫な飼育係の彼女
あのふらりと店に現れたサイコパスな男は犯人じゃないのか??
優れた脚本の妙とUnited States
アメリカ南部の分かりやすい田舎町。
差別主義の根深さがメキシカンだけでなく、人種、体型、職業などそこらかしこに噴出している。
人は見たいものを、見る。
娘を殺した犯人はいるはずだ。
小人は所詮小人。
黒は黒、白は白。
でも正義のようにハッキリとした
分かれ目がないものがある。
間違っていると分かっていながら止められない母親を、唯一止められそうな腐った男が、爽やかな余韻をもたらす、という不思議な印象で終わっていった。
素晴らしく風刺的で、恐ろしく繊細な脚本だと思う。
あなたの街のお話
この街の歪さと優しさの矛盾。
本当のことはわかってても互いの日常が壊れることは言わないし、しない。昨日と同じ今日を守ることが大切。それが狭い人間関係の、もしくは全ての人間の掟。
それを壊す人間を初めは嫌うが、理由がわかるから住人も苦悩して矛盾だらけの行動をする。
とても人間らしい映画でした。
これほど重要なタイトルがあっただろうか
微妙なラストである。ラストを見るまでは、もしかしたらこの映画はクライムサスペンス映画史上の傑作の一つになるのではないかと予感したくらいだ。特に自殺した署長が2人に宛てた手紙は感動的だった。その手紙のおかげで、署長は良い人だったこと(広告料を払っていた点を含む)がわかる、また、警察をクビになったディクソンのその後の生き方が、この映画のその後の流れを変えるポイントとなって、演出的にも面白い。
俳優陣の名演技もさることながら、予想を遥かに超えた想定外の展開が素晴らしい。それが結局あの消化不良のラストになってしまった。普段は想定外のラスト(どんでん返しといっても)が大好きな私であるが、この映画に限っては好きになれなかった。
犯人と断定するのを避けたいのであれば、せめてあの男の皮膚の一部を鑑識に出して、その結果を待つディクソン元警官と主人公(被害者の母親)の会話のシーンで終わるとか。主人公がディクソンへ「あの男が犯人じゃなくても、あなたには感謝しているわ」で終わるとか。
もしかしたらあの男は他の女性へのレイプ自体もやってない可能性があるので、想像だけで犯人とみなして殺してはいけないだろう。さすがに映画の中では、アイダホ(あの男がいると考えられる所)に行く途中で予定を変更する可能性を示唆している点は良かったが。
しかもあのラストは殺しに行くと言うよりもピクニックに行くような感じだ。主人公が自分が警察署に火をつけたと告白した時、ディクソンが他に誰が考えられると言ったら、この映画で初めて主人公が笑った。しかもバックに流れるのは、爽やかなカントリーミュージックだった。いずれにしてもそれまでの流れとはかなりの違和感ありありのラストだった。それとも、あのカントリーミュージックの心地よさは、二人の怒りが既になくなっている証なのか、つまり奴を殺しには行かないということか?
<気になった点>
・焼死したのに犯人のDNAは残るのか。
・主人公が警察署を燃やすのはやり過ぎだ。これまで共感できていた主人公だったが、この辺から共感できなくなってしまった。また、娘に車をかさなかったことが間接的な原因でレイプされたことがわかった時も、共感できなくなってしまった。
・他の人のレビューで、新署長がDNAは一致しているのに一致していないと嘘をついているのではないかとの感想もあったが、もしそうであれば、ラストで二人が殺しに行く展開が非常に重みが出てくるので面白かったかもしれないが、嘘をついているとは思えなかった。確かに、奴が事件当時いた場所を機密情報なので教えてくれなかったが、それだけで犯人ではないと嘘をついている理由にはならないと思う。
・自殺した署長の手紙を、彼の奥さんが主人公に渡すが、奥さんはその時点でもあの看板が自殺の原因の1つだと思っているのは、主人公が気の毒だ。その手紙を渡す前に、奥さんは既に手紙を読んでしまっていて、「ごめんなさい、手紙を読んでしまったの。あの看板が自殺の原因じゃなかったのね。」と言って謝るようなシーンがあっても良かったのではないか。
<その他>
見終わったあとでキャストを調べたら、歳とってたので気づかなかったが、主人公は「ファーゴ」の主人公だったのですね。
<追記>
ラストは消化不良と言ってしまった手前、じゃあどんな結末になったったらいいのかと突っ込まれそうなので、以下のような続きを考えました。
ようやくアイダホの彼の住んでいる家を突き止め家に入る。そこには娘が所持していたアクセサリーがあり彼が本当の犯人であることが分かる(新署長は嘘ついていたことになる)。
ディクソンが奴に向かって一発撃ち瀕死の状態になる、そこで奴が「俺を殺しても娘は戻らない」と言う、そして主人公がトドメの一発を撃つ。
不思議な味わい
シリアスな話でユーモアもありませんが、変にブラックで、突っ込みどころ満載で、話が破綻しそうでしない、妙な味わいがあります。主演のせいか?演出のせいか? その原因は不明です。
好きな人には後を引きますが、受け付けない人も多いでしょう。
エンディングが良かった
ノマドランド、ファーゴと異なり、この映画の舞台はアメリカ合衆国でも緑があり郊外には美しい湖がある町だ。砂漠も雪原もない。季節はイースターの頃、春来たるの陽射しで花も咲き庭でブランコに揺られることもできる。音楽も昔のアメリカの歌で穏やかで懐かしい気持ちになる。そんな季節と音楽を背景にストーリーはこちらのほっぺたをひっぱたくような内容だった。
みんながみんなを知っている小さな町で、顔を上げて堂々と行動するミルドレッド(マクドーマンド)が周りに石をぶん投げる。当然彼女にも色んなものが降りかかる。嫌がらせ、応援と共感、資金援助、仕事仲間が逮捕される、署長の死と手紙、火事には火事を。ミルドレッドは何をされてもその都度毅然と対抗する。一方でディクソンの成長物語があり、署長からの手紙と病室でのオレンジジュースが彼にきっかけを与えた。
常に強くて逞しく見えるマクドーマンドは警察と他人と自分への怒りにまみれている。その怒りは映画を超えて、白人警官による黒人虐待や妻へのDVや聖職者による男の子への性的虐待が示唆されることでより燃え上がる。同じ立場・職業のあなたが見て見ぬ振りをしたらあなたも同罪だと映画が突きつけてくる。
最後がああいう終わり方であることが私には非常に良かった。犯人逮捕で終わって大団円だったら観客はカタルシスを得てしまう。いい映画見たね、じゃ、どこに食事に行こうか?になってしまう。カタルシスを与えたらだめな作品というのがあると思う。捕物帳とか勧善懲悪でまとめるんじゃなくて、人間の世界は悪いばかりではないけれど単純ではない、それに裏に何があるかわかったもんじゃないよ、がこの映画のメッセージの一つだと思うから。そのためにも、舞台が広いアメリカ合衆国でどこへ行くにも車が必要で目的地まで延々と車を運転しなきゃならない場所が必要なんだと思った。ハンドル握りながら助手席に座りながら広い広い同じ風景を見ながら考えることができるから。どうしょうか?まだ決めなくていいね、ちょっと考えてみようか、などと話したり考えたり黙ったりできる。沈黙もコミュニケーション。目的地にすぐ到着してしまうような狭い土地や渋滞ばかりの場所ではダメだ。短絡的になってすぐ頭に血がのぼってしまう。
広大な大陸を運転する姿がマクドーマンドほど似合う女優は居ないと思った。
感動的な遺書を読むその後ろに火炎瓶ボンボン投げ込むシーンが、映画を...
感動的な遺書を読むその後ろに火炎瓶ボンボン投げ込むシーンが、映画を観終わった後も脳に響く。
【刑事になるのに求められるのは愛だ】
画面切り替わって
「くらえ!」ボワーー
そして看板屋と同じ病室に。
物語として、もうちょい先までみせて欲しいと思うけれど、署長の言葉で覚醒したサムロックウェルの盛り返しが非常に良かったのと、「アンタ以外に誰がやる」という台詞が、ラストにピタリだった。たぶん全員思ってるよね。
否定された容疑者に、米国の大きな闇を感じたが…
米国社会の病巣とそこからの脱却への期待を
描いた見事な作品だった。
お互い正義を振りかざして、他人を傷付ける
ことに無感覚な行動を繰り返す、
負の連鎖が果てしなく続く展開。
それも、次々と思いがけない方向に進む
ストーリーには大変驚かされた。
それでも、自殺した署長からの
ミルドレッドとディクソン巡査への手紙や、
その巡査が痛め付けた広告代理店経営者の
病院での対応、
また元夫の恋人の言葉などから、
殺伐とした状況が徐々に雰囲気を変え、
徐々に赦しと和解につながり、
終盤では、敵対していたはずの二人が
力を合わせる展開も想像を超えるばかり。
しかし、殺人事件の真相に絡み、
新署長の、疑惑の男についての
ディクソン元巡査に対する報告は、
何か謎めいた疑惑を感じさせるものがあり、
娘を殺した犯人はこの男ではないと
否定はするものの、
実は、公正な人物に見える新署長でさえ
大きな闇の一部であり、
そこに米国の抱える大きな負の面を示唆して
いるようにも見える。
そして、最終シーンの先に何が起こるのか、
二人は犯罪者になる覚悟で
家族に別れを告げて出発したが、
疑惑の男を殺害するかしないかの
描かなかった結末は観客に解釈を託した。
しかし、二人は負の連鎖を断ち切る、
と国民には想像して欲しいとの監督の叫びが
聞こえてくるようなエンディングと、
私には思えた。
時代設定がいつなのか悩みながら見たが
10年程前か、娘夫婦がノースカロライナに数ヶ月住んでいた時に、初めてアメリカ(大陸)に行った。
シカゴ乗り換えだったが、成田から10時間以上飛行機に乗ったにもかかわらずシカゴ到着時刻は乗った時間より4時間も前、さらに1時間も飛行機に乗ったのにノースカロライナに着いたのはシカゴに着いた時間。
地球の回転の妙を切実に味わったのだった。
というのは無関係な余談ですけれど。
シカゴの空港には私以外日本人らしき人は見かけなかったし、ノースカロライナに至っては
例えば日本の田舎町で外国人を見かけた時よりさらに無遠慮な視線を浴び 挙句にはフードコートのメキシカンなお姉さんたちが、私たちが何人か( 中国?韓国?日本?)で賭けをしていて、当たった人が大喜びしたという目にもあった。率直すぎて不愉快な思いなど全くなかったが、人生初のジャパニーズを見たという経験をそのフードコートで働く彼女たちにさせたのだった。
ほんとに広い国土なのだ。
ミズーリ州の人なんて海など見た事ない人が半分、いや8割か?と想像してしまう程の内陸部。
黒人だけでなく有色人種に対する差別はまだまだ根強い。
黒人よりも、ヒスパニック系の人々の貧困が犯罪を生むしコロナのせいでアジア人は一括り的にチャイニーズだ。
そういう土地であっても
いくらなんでも (いくら腹がたったって言ったって)
やる事がヤクザの抗争並みの荒っぽさだし、その事が事件とならないのかなるのかも警察の匙加減的ないい加減さ。
アメリカは州によって警察は独立しており、トランプさんが大統領時代に起きた警察案件も 大統領の権限では目の届かない部分。
1960年代くらいなのかと思いきや携帯もあるし、ネットで検索しろというセリフもあるので、文明レベルで言えば2000年代のようにも思える。
つまり アメリカの田舎町ではそのくらいの時代であってもなお閉鎖的で排他的な町が存在する、という
その空気感を味わってないと
この映画の閉塞的なイライラとか爆発的な行動は 理解し難いものなのかもしれない。
母は娘をレイプの果てに殺され
それが全く解決の方向に向かない苛立ちを解き放つ方法を
朽ち果てた看板を見ながら、思い立つ。
登場人物たちは皆 苦悩を抱え 持って行き場のない怒りを持て余し、時に諦観によって心に平穏を取り戻す者や外に爆発させずにいられない者の対比がある。
一番 苦悩もせず 自分のした事(看板に火をつけた事)に対しても自己完結的に言い訳を披露する 元の夫が
もっとも そう言ったわけで 成長もないアホなので
あほヅラ下げた顔だけ可愛い19歳とお似合いなのだった。
2度目の主演女優賞作品に納得
ノマドランドを観て、女優さんを知り、この作品を見ました。
アメリカ社会の負の部分を描かれていました。ただ、警察署長にしろ、ディクソン警官にしろ、全てが腐っているわけではない、かすかな希望を感じました。社会に希望がないと、生きる希望もなくなります。
怒りが怒りを生み復讐をしていけば、その連鎖で平和は訪れない。
世界の指導者に気づいて欲しい。
近年では傑出した面白さ
だれが何をするか、いきなりとんでもないことしたりするので、まるで展開が読めなかった。こゆのつくる人いるんだびっくり
たぶんだが、あまり最初からがっちりストーリー決めないで作ったんじゃないかとあるいは現場でどんどん変えていったとか
じゃないとこんな映画にならないと思うけど
ただ、それだけに
え、ここで終わり?という尻切れトンボ感はありますな
あと、出てくる人物がやな奴ばかり、主人公からしてすげーやなやつ
やたらキレる警官とか こんな町には住みたくないねえ
見てて決して気分のいい映画じゃないが、発想と展開に脱帽 面白いです
断罪なしに閉口。
被害者遺族なら全て許される的空気に調子付くヤンママ外道クレーマーを断罪せぬ作者に閉口。
コーエン的と評すにはその特徴たるエレガンスと断罪精神が圧倒的に欠如。
余韻と結末回避の尻切れとんぼの違いを勉強して出直せ。
敵だと思っていても味方であることもある
怒りは怒りを来す
この言葉がまさにこの映画そのもの。
娘の死を境に悲しみと怒りに支配される感情。犯人を捕まえられない警察に対する苛立ちと怒り。
その行き着く先にどのような展開があるのか。最悪の展開すら頭をよぎる中で、いろんな結末を想像したけど、予想を大きく外しつつ、考えうる内で最も良いと思える終わりでした。
ディクソンへのミスリーディングが凄すぎて、最悪の展開を想像してました。見るの辛いなぁと思いつつ、展開が気になってみてた。途中はおいおいおいおい、という展開もあったけど、最終的には良い方向に収まりそうな雰囲気を漂わせて終わったので一安心。
犯人が確定、というと普通のサスペンスだけど、確定ではなく、犯人じゃない可能性の方が高い人間だけがわかるというだけ。でも、この映画としてはそれでいい。犯人がどうとかではない、人間の怒りそのものがこの映画のキーワードであり、その怒りとどのように人間は戦うのか。良い人間であり続けられるのか。
そこがテーマであった。その結末はまさにこの映画だからこそのもの。最高レベル!
二人はきっと、怒りに身を任せたりはしないだろう。そこが救いか。
あなたの周りは敵ばかりじゃない。怒りでそれを見失わないようにしよう。
怒りではなんも解決しないってことを言いたかったのか?
予備知識0で観賞。警察不審を正す正義物かと思っていたら、娘の死にいくぶんからむ自責の念を晴らすために人のせいだと転換し、周囲の人たちをとにかく不幸にしていく胸糞物。一方、対照的だったのが広告代理店の元警官に対する罪を憎んで人を憎まず的なシーン。主人公の心の着地点が描かれていないので想像するしかないけど、要するに、怒りという感情は誰の得にもならないっていうことや、人のせいにしたところで自分のわだかまりは消えませんよっていうことをさとすための映画で、見ているあなたはこんな主人公のようになっていませんかっていう警鐘を諭すためのものなのか。そんなふうにとらえ、子を持つ親として気をつけようと思うことにしよう。
スリー・ビルボード
怒りの連鎖は時に関係のない人を巻き込んだり、後から後悔することになる。
作品全体は暗くて遅い印象たが、署長の自殺や看板の焼失等によって良いテンポ感に。
常に復讐心に燃える女性の演技が素晴らしい。だからこそ最後の笑顔が印象的だったし、良かった。
炎が怒りのメタファーに?
怒りの連鎖には暗闇の中光る炎があった。火事はもちろん、ライターの炎も。
署長の自殺は怒りとは無関係だったから炎が無かった。
最後、ディクソンは火事を起こした主人公を許したような感じ。ここで怒りの連鎖は終了か。あの後、レイプ魔を殺しにいってまだ怒りの連鎖が終わらないのか、殺しにいくのをやめて怒りの連鎖が終わるのか、どちらともとれる。スッキリとはしなくともベストな終わり方。作品としては綺麗にクローズした。
タイトルなし
一言で言い表せない、怒り、赦し、笑い様々な要素が入り交じる。娘を殺された母フランシス・マクドーマンドが捜査が遅々として進まない警察に怒り、ガンで余命間もない署長ウッディ・ハレルソンと対決するだけかと思いきや、署長は自殺してしまい、そこから複雑にストーリーが急展開していく。どうしょうもない差別的暴力警官サム・ロックウェルが暴走→クビ→火傷→改心赦しへと変化していく。ラスト単なる犯人探しだけで終わらず、結局犯人ではなく残念な気もするが、これはこれで良いのかも。
傑作に出会えた
まず、傑作と呼べる作品に出会えた事に喜びを感じる。
一つの事件と三枚の看板を基に数珠繋がりに絡み合っていくマーティン・マクドナー監督・脚本の完成度の高さをまず称賛したい。
その上でフランシス・マクドーナンドの熟練の演技が更に味を出している。
ちょうど本作の鑑賞前に「FARGO」を観ていたのだが、同一人物とは気づけないほどに雰囲気から何から変えられていた。ここには20年近い歳月だけでなく演技の幅の広がりを感じずにはいられない。
そして本作で最も輝いていた役者はサム・ロックウェルであろう。
登場の際の印象と、観賞後の印象でここまで振り幅を感じたのは初めてかもしれない。
次はサム・ロックウェル目当てで「リチャードジュエル」でも鑑賞してみようか。そう思わせるほどの存在感であった。
内容に触れていないが、良い作品というのは簡単な言葉で表現できず、けれど心に残る、そのようなものでありここでは書かないこととする。
未鑑賞でこちらを読まれた方には、まずは是非作品を見ていただきたい。
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