「遊び心と不思議な魅力に溢れたデル・トロ監督の映画美術を堪能できる恋愛ファンタジーの秀作」シェイプ・オブ・ウォーター　Gustavさんの映画レビュー（感想・評価）

グロテスクな美術と残酷描写で強烈な印象を残した「パンズ・ラビリンス」（2006年）のメキシコ出身のギレルモ・デル・トロ監督の恋愛ファンタジー映画。個人的にホラー映画を苦手として暴力シーンにも嫌悪感を持つ者として、映画美術が素晴らしい「パンズ・ラビリンス」を絶賛するまでいかなかったものの、デル・トロ監督独特の才能と表現力には衝撃を受けました。そして今回の「シェイプ・オブ・ウォーター/水の形」のデル・トロ監督の演出タッチには、より洗練された深みが感じられて、好印象を持つことが出来ました。

第一にSFホラー映画「大アマゾンの半魚人」（1954年・未見）からヒントを得た不思議な生きもののデザインと生命感のある動きに、映画愛が溢れているのが嬉しかった。獣に近い原作から、より人間に近い半魚人の造形に進化させ、恋愛映画として成立させる映画ならではの面白さがあります。次にの1962年の時代再現のレトロ調な美術デザインの渋さが背景となって、人間の女性とそのクリーチャーの恋愛劇を物語り、成立させる不思議な魅力です。デンマーク出身のベテラン撮影監督ダン・ローストセンの流麗にして的確なカメラワークが素晴らしく、この映像に同調したフランス出身のアレクサンドル・デスプラの控えめで落ち着いた音楽もいい。これら国際色豊かな主要スタッフを生かして独自の世界観を創作するデル・トロ監督の演出力は、俳優陣の演技にも隙無く行き届いています。

特に素晴らしいのは、難役の主人公イライザを演じたサリー・ホーキンスと同僚ゼルダのオクタヴィア・スペンサーの二人です。耳は聴こえるが発声が出来ない身障者の女性が好奇心から恋愛に至る心理変化を丁寧に演じるホーキンスの女性像は、とても説得力があります。恋に落ちたイライザがみせる健気さとその行動力は、この映画の命と言ってもいい。対してスペンサーの御節介でお人好し、物怖じしない女性像の安定感が、イライザを引き立てる。このふたりの信頼関係があってストーリー展開を支える設定に、脚本の上手さが隠れています。適役の軍人ストリックランドのマイケル・シャノン、隣人の画家ジャイルズのリチャード・ジェンキンス、ソ連のスパイのホフステトラー博士のマイケル・スタールバーグの男性俳優陣は、其々に堅実な演技でした。

贅沢な不満としては、後半の航空宇宙研究センターからクリーチャーを救出する脱出劇の緊迫感の醸成が不足と感じられるところ。最後のクライマックスの逃げる者と追う者のカットバックも、危機感を煽るぐらいで良かったと思います。ヒッチコックタッチを彷彿とさせる演出を見せて欲しかった。これは脚本の時点での問題とも言えます。
それでも全体としては不思議な魅力に溢れた秀作と評価したい。パイや卵や当時のテレビ番組を取り入れての小道具の異色さと、劇場のような映画館の上にあるイライザのアパートに、船の客室を思わせる舞台設定や、1950年代のSF映画を再現したかのような航空宇宙研究センターのデザインと雰囲気、モノクロ映像で表現した二人のミュージカルダンスシーンなど、手の込んだ遊び心も映画の面白さになっています。映画タイトルにある水を、色んな形で表現した工夫も見所でした。水没した客船を思わせるタイトルバックを始め、雨のシーンは勿論、バスの車窓ガラスにつく水滴、浴室全部を水槽にする斬新な発想（塩が足りないけれど）、そこから映画館に雨漏りのように落ちる水と、多彩な美しさです。中でも雨に濡れて冷たい車窓のガラスに帽子を当て頭をもたげるカットが、イライザの孤独な寂しさを見事に表現しています。そこから初めて二人が結ばれた後のバス通勤するシーンにつながり、イライザの指がガラス窓の水滴をなぞる。すると二つの水滴が徐々に大きくなり一つに重なる。この映画的な表現の詩的さと美しさが特に印象に残りました。