劇場公開日 2017年10月14日

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「「この沈黙は嫌いじゃない」 日記 by マヴィ」静かなふたり きりんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0「この沈黙は嫌いじゃない」 日記 by マヴィ

2024年9月11日
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以前、独りで仕事をしていた頃、
一週間 一言も声を出さず、人と会う約束も無くて、誰とも話さなかったことがあった。電話も使わなかったし、スマホもなかった時代のこと。
人恋しくはないし、人と一緒にいても黙っていることが何の困りごとにもならない僕だ。

語りたいことはペンを執ったし、
歌いたいことは鍵盤に向かった。

その後、僕は人前で喋る形態を生業としたのだが、沈黙を大切にする生き方は否定した訳ではなかった。
だから
「この沈黙は嫌いじゃない」
という早々のマヴィのつぶやきが好きだ。

古書店の老主人と、そこにアルバイトに来た若い娘の映画。
エスプリの効いた短いやり取りと、それぞれのアンニュイな表情がフランス映画的。

自分を語らない老人。そして
語りたい事は自分のノートブックに書き付ける女。
奇妙な二人の同居の話なのだ。

こういうプチ退廃的なドラマって、
あちらで勝手にやってくれているから、
そして観ているこちらに干渉してこないから、
こういう疲れないスクリプトは、
僕の大変好みのものだ。

配役は ―
ともさかりえ似のマヴィ、
二谷英明似の店主ジョルジュ。そして
反原発デモで見かけた好青年ロマン。
( あの青年は非合法組織「赤い旅団」のジョルジュを、その潜伏先に捜査に入った警官かもしれないし、
そうでないかもしれないし) 。

マヴィは、
あの娘は、どうしたかったんだろう。
中学生や高校生のように、自分の居所が分からずに、いまだに自分を探している27歳。
港町からパリに出てきたマヴィは、カモメが空から墜ちる姿に驚くのだけれど、
カモメはたぶんマヴィの心象。
自分で思っているよりも自分って疲れていたりするものだ。

ジョルジュも、マヴィも、「この世の中から隠れて潜伏したい状況にあったこと」は共通だったのかもしれないね。

梱包を解かれない箱の中のマヴィの愛読書、デュラスの「タルキニアの子馬」のことも、覚えておこう。
この本を介して、理由は明かさないけれど二人の二つの人生は、ふと、ニアミスしている。
実はこの本は、マルクス主義の革命について語る部分があるらしい。
つまり「赤い旅団」のネックについてのマヴィとジョルジュの“読書会"が起こっている。

劇中 彼女がふと立ち寄った映画館で観ていた「チャルラータ」もチェックしておこう。

でもパリの六区、カルチェ・ラタンにはこんな小さな本屋があって、店主と店員がこんな風に言葉を交わす。
古書店でのさり気ない日常を切り取った、いい感じのストーリーだった。

いつの間にか現れて、いつの間にかいなくなる。
「日記」と、そして「書き置き」が良い味を出しているから。
「二人でいても、でも、静かである」というこの映画の邦題が良かったのかもしれない。この邦題で、僕は何か心を惹かれてDVDをレンタルしたのです。

レンタル返却の期限が来てしまうまで
ユトリロのようなこの色彩の映像をずっと部屋で流していた。
音楽、色鮮、テンポ、そして俳優たちの表情・・
すべてが好みでした。
星6個 付けたい。

・・・・・・・・・・・・・

追記:
カフェのシーンが度々。

そういえば、
新宿東口を右に出て徒歩で少しのビルの二階、
たくさんのカップがカウンターの背後の壁面に並んでいた喫茶店がありました。
店に入ってきた客の雰囲気に合わせて、マスターがカップを選んで出してくれます。
あのお店、またあるのかな?お店の名前も忘れてしまったけれど。
消息を知ってる方、教えて。

ジョルジュの店の名は「緑の麦畑」でしたっけ。

きりん