ガラスの城の約束のレビュー・感想・評価
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簡単に切れない関係だからこそ厄介。
【メモ】
実話ベース。
人と人が理解するのには限界がある。例え親子でも。
簡単には切れない関係だからこそ厄介。
だけど、なんとか愛する方法を見つけようとする話。
万引き家族以前の是枝監督のように、
切っても切れない厄介な親子関係、
そしてダメな親であっても温かい視線で描かれてる。
反抗したあの時の親の教えが、
大人になって自分の糧になっている。
そこ、よく分かる。
私の好きな映画のトップにくる「#ショート・ターム」の監督・脚本・主演再び。なので観に行ってきた。
映画の評価はその人の知識「経験」その時の精神状態によって大きく左右される。
私の経験値が、クレットン監督は、人の心に寄り添う丁度良い温度を知っていると感じる。
判断に苦しむ
なんとも判断に苦しむ。
あれほどまでに引きずり回されて、人生を損なわれて、反発して、逃げ出して、それでもまだ引き戻されるのは何故なのか…?
愛されていたということだけは間違いないが、だからといってあの結末で良いのか?はどうにも判断に苦しむ…
成長した長女のローリを演じていたのが「プリデスティネーション」のサラ・スネークだったのはびっくり。モーリーンを演じたブリジェット・ランディ・ペインも注目したい。
許さないという選択も描いてほしい。
ショートタームの監督&主演の再タッグということで、見てきました。
ブリーラーソン、ウディハレルソン、ナオミワッツと好みの役者が揃ってます。
全体的にはよかったですよ。
父親が破綻しているのは恐らく母親からの性的虐待と徹底的な人格否定による支配構造、なのかなぁと読みました。
腕力では確実に勝てる母に大人になっても逆らえない息子、というのは、本当に辛いだろうと思います。
なんですが、そのツケを次世代に払わせるってのは、私は許せないです。
実質的なネグレクト状態の中、子供たちが主体的に生活を切り回し、独立しようとする事を、受け入れられないって、どんな親よ。本当に死んでくれと、思いました。
透明な豚さんが空っぽにされた時に、明確な殺意を覚えました。
より幼い頃の楽しかった思い出、優しい父の記憶、それがなんだっての。学費の不足分950ドル?(9500?95000?金額うろ覚え…950なわけないか…)それがなに?そんなん親なら当たり前でしょうが。
ジャネットに、許さなくてもいいんだよと私はずっと思っていました。でもジャネットは許す事を選びました。
その選択を批判する権利はわたしにはありません。
死の床につく父との和解(?)シーンは、堪えきれず涙が落ちました。
ジャネットにとっては、最善の選択だったんだろうと思います。
だだ、親を許さないまま、晴れやかに自立した子どもの物語をわたしはもっと見たいです。そっちの物語のほうが、絶対求められてるとも思います。でも数は全然少ない。思い出せへんもん。
子供が親の罪を許す必要はないって、もっと物語ってほしい。でないと親にひどい事をされて苦しみながら生きているたくさんの人が、やっぱ親許すべきなん?ってゆう世間の圧力感じてさらに傷つくでしょう。そんなんおかしいやん。
とまぁ、良い映画でしたが、反発も覚えたということです。
自由に、自分らしく生きる幸せ
ヒトは自由を欲する
だが必ずしも 自由 = 幸福 と言えるのだろうか…
「人間は自由の刑に処せられている」
20世紀を代表する思想家、
ジャン=ポール・サルトルの言葉ですが
【実存主義】という、氏を代表する指針があります。
在るものをありのままに受け入れ
目の前にある事象を他人に任せるのではなく
進んで自らが引き受ける
…といった思想だったと思います、端的にですが。
ここからは概説書を引用して
わたしの言葉に代えさせて頂きますが…
「子供が大人になったら自立して生きなさい。
そして責任を他人になすりつけたりせず
自分の間違いを素直に認めなさい。」
それと同時に、
「自分はどこに向かって生きて行くのか?
という人生最大の問題を自己責任で
取り組まねばならない」
…と、サルトルは【実存主義】のなかで
「人間は自由の刑に処せられている」
という言葉で表現しています。
これほどの重荷があるでしょうか…
前置きが長くなりましたが
本作『ガラスの城の約束』は
いわゆる《反面教師モノ》と言ってしまえば
それまでなんですが…
どうしようもない父親のはずなのに
彼のくちをついて出る言葉には説得力がある!
それはなぜか?
言っている言葉が事実だと当の本人が
信じて疑わなかったからです!
そのときだけは…
その「自分を信じるオレを信じろ!」の精神?が
子供たちに浸透してき、転じて
「オレが信じるお前を信じろ!」とばかりに
感性と才能を育み、子供たちが自信を持ち得ることに
繋がったに違いない。まさに反面教師!
実行力・持続力がないだけで
言葉と精神に偽りのない愛を感じていたからこそ
子供たちも完全には嫌いになれない…
「信じたい、でも…」「嫌い、でも…」
この二律背反が、家族のバランスが
常に揺らいでいるので、ときに笑い合い
ときにケンカもしたりする。
そうして時が経ち子供たちも大人へと
成長するにつれ、親離れをより強く促す。
これまさに反面教師!
「あの頃は酷いもんだったよ!でもさぁ…」と
年月を経て、時間が辛い思い出に
“補正”をかけてくれる。
美談になったり笑い話になったりと
語り合える家族の存在が、強い絆の証を
今になって感じられたら
結果、人生は幸福であったと思っても、いいよね?
あと父親とジャネットが言っていた「悪魔」が
なにを象徴していたのか考えてみました。
幸福を得るために、自由に生きようとしたとき
つい世間の目が気になって自分の信じた道を
まっすぐ歩けなくなる
萎縮してしまう、邪魔してしまう、
そんな〈他人の目を内面化してしまう心〉を
言っていたのかなと思いました!
“ 型破り ”で “ 形無し ” な父親が
“ 型にハマる ” 生き方をするなと
自虐的・可逆的に教えてくれた作品ですね。
最近の洋画って最後に現実パート、
実録ドキュメント部分をインサート
するのが流行りなのかしら?
ナオミ・ワッツの母親役が画家だったこともあり
作中にゴッホ、ピカソ、クリムト
抽象主義、リアリズム、MOMAとか
美術系のアイテムがわたしの気を惹きました。
わたし家族モノには弱いのよね…
つい感情が高ぶって
色々と長々と語ってしまう…
わたしも一度でいいから
親と真剣にぶつかって
ケンカしてみたかったな…
こんなに過酷な育ち方しなくても、家族の愛は学べる
自分の親と比べてみてしまうところがあった。
良くしてもらったけど、不満や恨みごともある。
経済的にも十分、ふつうには育ててくれたってとこだけ比べて感謝を感じてた。
いろいろあったけど、家族っていいなっていうところで終わってるんだが、主人公は育ての親とは和解し絆を深めることはできたものの、自分が新しい家族とは別れてしまって、結局は一人。おそらくは育ての親が原因で。
シュールだなと感じた。
親がクズ過ぎて
主人公の父親は、いつもガラスの城の設計図を娘たちに見せながら夢ばかり語っている。アル中で児童虐待、妻にはDV。自称画家の母親も毒親、ご飯はいつでも食べられるけど芸術は待ってくれない、みたいなこと言って子どもの世話もせず描き続ける。空腹に耐えられなく子どもが飯作りをし出すと、母親は自分の分もちゃっかり娘に作らせる。椅子に乗って調理する娘、火ダルマに。大ヤケドして入院、医療費踏み倒し逃亡。こんな感じで借金取りから逃げる日常で子どもは学校にも通えない。子どもが学校行きたいと言うと、荒野に連れて行く。学校よりずっと学べるとか言って。子どもが密かに家脱出用資金を貯めてたら、見つけた父親は全部飲んじゃう。城を建てるんだと言って掘った穴は、いつしかゴミ捨て場として使っていた。それでも負けず勉強してクズ親から逃れ売れっ子ゴシップライターになってマトモな生活をしていた娘。恋人とハイソな部屋で暮らしているけど、なぜか、いつまでも衣類はスーツケースの中。で、結局、自分らしく生きるため、娘はマトモな恋人と別れ、クズ家族を取る話。クズ親にイラつきながらも、クズっぷりが楽しみになって最後まで飽きないで見られた。
ウディとナオミ
ウディ・ハレルソンとナオミ・ワッツ。
ホームレスを演じたら、そのはしたなさは
目を疑う程だし、
スーパーセレブを演じたら、
清楚で誠実な品位は素晴らしい。
なるほどこのキャスティングは、
大人としては、最低な大人、毒親!
子供たちにとっては世界一のママとパパ。
それを演れるのは誰?
それを演れる筆頭の女と男、ナオミとウディ(^^)
なるほど。
なんだか最近、増えてきてる?
ダメ親だけど愛おしい、記憶に新しい作品でいうと、『ウォルト・ディズニーの約束』のコリン・ファレル、『はじまりへの旅』のヴィゴ・モーテンセン、『シェイムレス』のみんな、社会的に、仕事ができるできないよりも、人として応援したくなる
愛すべき人たち!
論理よりも心理(感情)。
ウォーウォーウォー
と遠吠えをする度に涙が出た。
本物のパパは、チャック・コナーズに似ていた(^^)
全肯定はできない、むしろ全否定にちかい。
でも、思いは痛い程感じてます。
劇中の言葉から
傷ついても愛し方を探す全ての家族へ
ご両親は健在でしょうか?
ご両親は健在でしょうか?自分のアイデンティティは紛いも無く両親のDNA。パーフェクトな親のカタチはない、でも誰も幼な日の記憶は懐かしい。この映画は『じっとり』と涙が染み出てくる映画。いま強い鎧をまとう、それは虚勢かもしれない、でも『いま』の過去かもしれない親と現在を生きる自分は人生にとって決してdeleteできない絆、そんなことを強くメッセージされる素晴らしい映画。お薦めです。
矛盾に満ちた孤独な魂
ブリー・ラーソンは「Room」と「キャプテン・マーベル」と本作品で観た。17歳から7年間に亘ってひとつの部屋に監禁され続けた女性、宇宙から来た無敵のヒーロー、そして理不尽な父親に幼年期から青年期に亘ってスポイルされ続けた本作品の主人公ジャネット・ウォールズと、シチュエーションもキャラクター設定も異なる3人のヒロインだが、何か共通した部分を感じる。
それは負けん気の強さというか、状況に負けない芯の頑丈さみたいなものである。骨太の女性とでも言えばいいのか、兎に角大抵のことにはへこたれそうにない印象がある。勿論ブリー・ラーソン自身の容貌や性格に起因するとは思うが、もしかしたらアメリカ人女性は皆、多かれ少なかれ芯が強いのかもしれない。いや、考えてみれば日本人女性だって弱くはない。思い返せば生まれてこの方、弱い女性にお目にかかったことがない(笑)。ということはブリー・ラーソンは女性の強さ逞しさを表現することに長けた女優ということになる。まあそうだろう。世の中に弱い女性などいないのだ。
ウッディ・ハレルソン演じる父親レックスは、被害妄想で独りよがりで無責任なアル中男である。演技がとんでもなくリアルで、あまりの酷い男ぶりに映画の前半は吐き気がしたほどである。ほとんどクズみたいなこの父親を、家族はどうしても捨てられない。その理由がエンディング近くまでわからなかった。
レックスの母親はインディアン風の容貌でレックスに輪をかけたようなクズ人間である。気に入らないことがあると初対面の無抵抗な孫も平気で殴る。悪い悪戯もしようとする。そのシーンを見てなるほどと思った。
幼い頃のレックスも母親から酷い仕打ちを受け続けたに違いない。おかげで大人になっても世の中がすべて人非人ばかりだと思い込んでいる。世の中を憎んでいると言ってもいい。世の中の価値観を否定し、自分の価値観だけで子供を育て家族に対峙する。しかしときに「ウォールズ家の人間は〜」などと封建的な価値観を使い分けたりする。主張は行き当たりばったりで思想として体系化されていないから整合性がない。要するにご都合主義である。
殴られて育った子供は、人を殴る人間に育つという。暴力に対する歯止めがないからだ。レックスも当然そういう人間である。しかし映画ではレックスが家族を殴るシーンは一度もなかった。
レックスにとって実家の思い出は辛く苦しいことばかりだ。だから過去を全力で否定する。中でも自分が受け続けた暴力はいの一番に否定する。そして自分の家族には絶対に暴力を振るわない。そのように心に決めたのではないだろうか。本来は暴力を振るう筈のメンタリティの持ち主が暴力を振るわないのは並大抵の努力ではない。レックスは家族に対してだけは暴力の衝動を押さえ込んでいたのである。
自分自身に内在する軋轢に耐えきれず、一方ではアルコールに溺れ、一方ではガラスの家の夢を語る。レックスには両方ともなくてはならない歯止めだった。そしてそのあたりを漠然と理解していたから、家族は荒くれ男のレックスの心の奥底にある優しさを感じ、彼を決して見捨てなかった。
弱ってベッドに横たわっているレックスを見るジャネットの慈愛に満ちた表情がすべてを物語る。家族第一主義ではない日本ではなかなか理解され難い作品かもしれないが、こんなふうに生きた男がいたということを力強く肯定する世界観は立派である。矛盾に満ちた自己の精神世界を彷徨い続けてきたレックスの孤独な魂は、愛する娘の慈悲の光に包まれて漸くやすらぎを得たのかもしれない。
“嘘も壮大ならば検証ができない”
いつかその傷が“強さの証し”になるー。
力強く生きる人の背景には、独特な感性を植え付けたユニークな家庭での教訓があるもので、ある人の生き方に、脚本を超える生命力が宿り、丁寧に紡がれた作品は魅惑的だ。本作もその好事例だろう。世界には、知り得なかった生き方に驚かされる事実が、星の様に散りばめられていて、それを時として映画はギフトしてくれる。恥じることなく心に従い自分らしく生きてよい、と背中を力強く押してくれる作品。完璧ではない人間味も含めて、この家族に祝福を贈りたい。
家族っていいな
過去にトラウマを抱えて酒浸り、尚且つ荒唐無稽でホラ吹き、もうほんとに最低の父親。だけど、経験から得た色んな知識があり、それを子供達に魅力的に話せる話術がある。そして子供みたいに無邪気に夢を追いかける、そして家族を愛している。こんな複雑かつ魅力的なキャラクターを演じれるのはハレルソンしかいないってくらいハマリ役。最後の一家で父親の思い出を語るシーンに全てが集約。「私って恵ま
れてるな」って半泣きで呟く主人公が家族を噛みしめたとき、ほんとに泣けた。独身の自分は家族が羨ましい気持ちが半分のよくわからない涙が流れ続けた。
チビヤギの選択
理屈も正論もどうでもいい。
喜怒哀楽すべての感情に直接ゴリゴリと刺さり、激しく揉みくちゃにされる最高の映画。
全ての感情が本物。
良い波も悪い波も全部ストレートに全身で受け止めてしまって、鑑賞後は精神的にも身体的にもボロボロになった。
過去と現在を行き来する繋ぎ方が完璧。
昔の映像を観るたび、「どうして今はこうなったんだ…」と思わずにいられない。
その過程が紐解かれ、未来をどう選択するかが描かれる作品。
親として、人として、かなり最悪だった両親。特に父親レックス。
社会の常識に囚われない生き方、というよりも常識外れすぎて完全にアウト。
個性ある人生は時に憧れるけど、子供が苦しんでいいわけがない。
ユニークで大胆過ぎるその方針と機転と知識量に惹かれるも、酒に浸り子供へ支配的な態度を取る彼には腹立ち嫌悪感が増し、しかしどうしてこうも憎み切れない。
嫌いになって愛しく思ってまた嫌いになって、ひたすらにその繰り返し。
幼少期は分からなかった、その生活の異常性がだんだん実感していくのが苦しい。
ガラスの城の設計や狼が仲間を呼ぶなんて楽しさも束の間、食費を酒にまわし街の喧嘩で負ったひどい傷を手当させ、子供のために別れを選択することも出来ない。
両親が頼れないならこの家を出て自立しようだなんて、小学生以下の子供が決断するにはあまり過酷な現実。
どんなに期待して信じても裏切られる。
でもどんなに裏切ってもその根には愛があった。
一番父との繋がりが強かったジャネットだからこそ拒絶感も強くなる。
少女に言わせたくない言葉が次々出てくるのが本当に辛かった。
ガラスの城の設計図は夢と現実の間の象徴みたいだった。
形にすることよりも夢を見続けることを選んだ中途半端な父親。
セメントの穴をゴミが塞ぎ、その光景に目を塞がなければならない環境なんて。
レックスが会いたくないと駄々こねるほどの、「魔女」みたいな祖母アーマ。
この母にしてこの息子あり、か。
あってはならない弟への仕打ちには心底軽蔑。
溺れてしまう、と苦しんだレックスの過去に少し触れることができたのは良かったけども。
しかしそれでも別れには落ち込んでしまうもの。
そういうものなんだ。
どんなに否定しても拒絶しても、切っても切れない、切らないことを選択した家族の情。
人間は必ず矛盾するもの。
擁護はしないけど否定もできないのは、ジャネットの気持ちが理解できるから。
レックスの気持ちも少しは分かるから。
誰が何と言おうと楽しい時間はたしかにあったから。
振り返った時にあんなに笑顔が溢れる家族をどうして否定できよう。
ここまで極端じゃなくても親に憎しみを抱いたことのある人は多いのではないか。
その内容に大小の差はあれど。
私も母親に自分の育て方を激しく責め立てたことがある。
正直、過去の怒りや恨みは時間が経っても否定しないけど、それは別として親への愛情はあるし親からの愛情も感じる。
そんな自分の事情に少し重ねてしまい、余計にこの物語に入り込んでいた。
多かれ少なかれ、これは皆の物語なのかもしれない。
波乱に満ちた人生だったと思う。
学校や家を出てからの子供たちの苦労も想像に易い。
それでも家族の辿り着く先のカタルシスがあんまりにも良い形で、もう言葉にならない。
たわいもない思い出話でこんなに笑える。それが答えなのかも。
あの団欒こそガラスの城じゃない。
綺麗事で塗り固めるわけでも、強く批判するだけでもない視線が心地良い。
家族一人一人のとても複雑な心情を丁寧に描写して、ドラマに徹してくれる見せ方が好き。
ありのままの感情をきちんと示されることで、彼女たちをたしかに感じることができた。
ただ、この家族とは違う選択をする人や許せない人もたくさんいると思う。
当たり前だし、それはそれで良いと思っている。
何を大事にするかは人次第だし、受難としか思えないシーンも多かったので。
顔面歪ませての「ぶっ殺せー!」は結構本気だったでしょう。あのシーンすごく好き。
楽しく顔を見合わせるシーンに泣き、辛く胸えぐられるシーンに泣き、終始泣きすぎて頭ガンガン痛めながらの鑑賞。
最後の方なんて嗚咽が止められなくて喉から変な音は出るしエンドロールでメガネが外れてどこかに落ちるしスクリーンを出てからも涙が止まらないしでもう大変だった。
とにかく全ての人間の感情が強烈に私の心臓に襲いかかってくる。凄い映画だった。ありがとう。
家族という名の呪縛と、愛。
1ミリでも愛された記憶があったら、父親の元へ駆けつけることができるのだろうか。
あんなに逃げ出したくて、酷くて、酷すぎて、愛に溢れていた場所。
どうやっても、どこの国でも、どの時代でも、絶対に家族というコミュニティから逃げられないんだと突きつけられます。
でも、辛くても兄弟姉妹が仲良く、ジャネットが強くて賢かったのが救い。
ただの虐待映画ではなくて良かったです。
北の国から・・・ではない
観る前は「北の国から」海外版を予想していたが、吾郎さんは酒びたりではない。後半のシーンで、父親(実在)はダメ親父だけど、そのDNAは子ども達に引き継がれていることがわかった映画。ナオミ・ワッツは綺麗だけどふけたな(当たり前か)。
今の社会ならDVだわ、ネグレクトだわ
食費は酒代に消えちゃうし、教育の機会も与えないし、妻にも周囲にも暴力的で高圧的。世が世なら、とっくに通報されてるし保護される子どもだろう。
子どもは親を選べない、親の価値観を受け継いで生きるしかない。そんな状況でも、やっぱり子どもは親が好き。どんな親でも、愛し方が間違っていても、子どもは絶対の信頼を親に寄せようとするんだろう。
いつか、「うちはよそと何かが違う」と気づいても、他人にはとやかく言われたくないもので。
親とどう向き合うのか、その家族を受け入れられるのか。
結局は自分の問題なんだろうね。
人生のドラマは、又次へと受け繋がれる。
人が人を評価するとき、善い人とか悪い人とかいう表現だけでは足りないことが多い。ましてやそれが親兄弟なら、尚のことだろう。
良い事も悪い事も含めて思い出であって、そうしてそれが人生…。最悪の父親だったけれども、最高の父親でもあった訳で、子は親を選べないけれども、親も子を選べない。親が選べるとしたら、産むか産まないかの選択肢だけなんだろう。
そうして、産むという選択をしたのなら、そこから人生のドラマは又次へと繋がっていくという事なんだろうとも思う。
画面を見ながら、年老いた、自分の父親の事が頭をよぎりました。色々とあったし、無学で無教養な父親だったけれども、その親の遺伝子が自分の身体の半分を形作っている訳でもあって…。
画面を見ながら、独り暮らしで孤独死をした伯父の事が頭をよぎりました。我が儘で怒りん坊で子供の頃は良く殴られたけども、子供好きでおしゃべり好きで本当に良く遊んで貰いました。笑うと、小っちゃい目が余計に小っちゃくなって…最高の笑顔でした。
子供は家族を選べないし、良い事も悪い事も有るのだけれども、それでも、それも含めて、それが人生。
そういう事も全て含めて運命の一部なんだろうなと…そんな事まで色々と、画面を観ながら思い起こさせて貰いました。
全55件中、21~40件目を表示