「犬猿の魅力」犬猿 ミポリンさんの映画レビュー(感想・評価)
犬猿の魅力
ヒメアノールでも知られる吉田恵輔脚本、監督作品、
犬猿は刑務所帰りのトラブルメーカーの兄を新井浩文、真面目だが腹には一物抱えてる次男に主演窪田正孝、見た目はブスだか賢い姉に江上敬子、容姿は良いが頭は良くない妹を筧美和子が演じる。
冒頭のシーンは映画の予告から切り替わった険しい表情の和成が予告シーンに目をやるが目つきは決して真面目な次男風では無い。ケータイの着信音に反応し一瞥する表情が彼の気持ちを物語っている。
実写の映画やドラマで大活躍の窪田正孝さんの
見事な演技力は一番普通の真面目な青年に見えて、実は腹の中は真っ黒である難しい役どころを目の動きや表情、仕草、後ろ姿でも表現できるところにある。
舞台挨拶で吉田恵輔監督が話されたように、
日本で一番演技の上手い2人を兄弟に選んだというもう1人が新井浩文だ。粗暴な兄だが、話が進むうちに
人間的な魅力を覗かせるところがなんともズルいのである。
事業が成功し、親の借金も全部完済し、立派なマッサージチェアーをプレゼントするが、父は和成がプレゼントしてくれた椅子に座り直すと俄然子どものように怒り出す。
親の前にあっては、幾つになっても自分を認めてもらいたいものなのである。
心配かけた親にプレゼントをしたり海外旅行の話を企てようとするなど一生懸命贖罪に励む兄と、
コツコツと親の借金を返して来た和成が、いざ借金がなくなり、母から自分のしたいことをしなさいと言われても、自分が空っぽであることに気付き途方に暮れる。
粗暴な兄を利用して自分では手を下さずに相手を痛めつけて、ケータイの写真を見て笑うシーンは姑息な和成を象徴するシーンだ。
派手な生活ぶりの兄への羨望が入り混じり、口では高級車は燃費が悪いとか、高級家具も必要無い、お腹に入れば食べるものも一緒と言っても、
目では高級車のディーラーを獲物を見るような目で追ってしまう、それが和成の本当の姿でもあるのだ。
吉田監督はこのシーンを和成の左後方から撮っている。否定する表情は少ししか見えないが伏し目がちで首はうなだれたままでいじけてるようにしか見えないところが秀逸だ。そこに兄から、お前、カッコ悪いよの一言が繋がっていくのだ。
吉田監督のこうしたカメラワークでお気に入りにシーンが、和成が兄卓司を蔑むような目で見下し、
卓司は背中からしか感情が測れないシーンだ。
このシーンの窪田くんの表情は上手過ぎるのだ。
それを引き出してるのはもちろん背を向けて映ってる新井さんである事は言うまでも無い。
お互い相手に不足は無い、役者同士の火花を散らせる事で素晴らしい緊張感とテンポを生む。
そんな凄い兄弟を脅かすほどのインパクトを与えるのが江上敬子扮する姉由利亜の存在だ。こんな隠し玉を用意するなんて驚きである。
失礼を承知で言わせて貰えば筧美和子はこれまで評価した事はないくらい感情が入ってない印象を受けたいたが、この作品での筧美和子は殻を脱ぎ捨て、
素直な芝居に好感が持てた。
窪田くんが悔しいと言う理由が江上さんのスター誕生に立ち会ったかのような素晴らしい演技にある事は観ていただけばわかる。助演女優賞は彼女に差し上げたいと思う人は多いに違いない。
女優としてのオファーで忙しくなるのは間違いないだろう。
ともあれ、卓司が襲われた現場に帰宅した和成が一度は見捨てようと立ち去る前の表情は窪田くんの真骨頂である。ケータイの白い光が和成を照らし、一層人の心の怖さを増す。
”死んでくれないかな”の一言がここに生きて来る。
由利亜はもっとストレートだ、真子に”死ね”
と言い放つのだから。
自分の存在を脅かし、自分の存在価値を否定されないよう自分を正当化しようと頑張る人間の愚かさ、もの悲しいさがこのオリジナル脚本の面白さである。
悪意を感じる小さなTシャツ事件や遊園地のシーン、笑いもたくさんある中で、最後は役を超えて
伝わるからこそ泣ける。
自分の劣等感を炙り出す忌々しい存在ながら、命の危機に迫り、初めて本当の事が語られる時、自分に置き換えて涙が溢れる。
一番近くて、最初のライバル、兄弟姉妹は、
きっと変わらないし、変われないのだろう。
しかし、家族だからこそ何があっても許しあえる。
この4人のその後の展開を見て観たいと思うのは
私だけではないかもしれない。