RAW 少女のめざめ : 映画評論・批評
2018年1月30日更新
2018年2月2日よりTOHOシネマズ六本木ヒルズほかにてロードショー
理性と獣性の狭間で悶える未成熟な少女の変容を描く青春カニバリズム映画
思春期の終わりを迎えつつある“子供”が、ある種の通過儀礼を経験して“大人”へと成長していく。このような青春ドラマは今も昔も繰り返し作られているが、フランスの新人女性監督ジュリア・デュクルノーはかつて見たことのない映画を創造してみせた。大学の獣医学部に入学した16歳の少女ジュスティーヌを主人公に、カニバリズム、すなわち人肉食いという血生臭いホラー的なテーマとイニシエーションを合体させたのだ。しかもこの見るからに不安げで危なっかしいヒロインは、人肉どころか牛や豚の肉さえも口にせず育ったベジタリアンなのである。
郊外の並木道に突然何かが飛び出し、通りかかった車がクラッシュするオープニング・シーンのクールなカメラの視線からして才気を感じさせるデュクルノー監督は、その後のジュスティーヌのキャンパス・ライフを期待に違わぬ異様なエピソードの連続で紡いでいく。おろし立ての白衣を身にまとった新入生たちに、先輩の学生が容赦なく浴びせる血のシャワー。歓迎の儀式の名を借りた恐ろしい悪ふざけはさらに続き、ウサギの内蔵をむりやり食わされたジュスティーヌの身内で奇怪な変化が起こり出す。食べたい、どうしようもなく食べたい。肉がこんなに美味しかったなんて!
かくして肉食という禁断の快楽に目覚めた少女の異常行動が描かれていくのだが、そのへんの学生を手当たり次第に殺して人肉を食いまくるという凡庸な展開には陥らない。理性と獣性の狭間で悶え苦しみ、いつの間にか我を見失って凶行に及んでしまうジュスティーヌの生態は、まるで鮮血の匂いに情欲をたぎらせる吸血鬼のよう。カニバリズムとセックスを明白に結びつけていることからも、ヒロインが未成熟な少女の姿のままケモノと化すこの変容劇は、青春映画とモンスター映画の両面を持つ極めてユニークな一作と言えよう。
また、これは女性監督にしか撮れないガールズムービーでもあり、似ても似つかぬワイルドな姉アレックスとジュスティーヌの絡み合いがいちいち赤裸々で驚かされる。深夜の屋上での姉妹の“立ちション”を堂々と映像化してしまう度胸も凄いが、赤・青・黄の鮮烈な色彩や耽美的な音楽に彩られ、繊細さと荒々しさが同居した映像世界はあらゆるシーンがスリリング。長編デビュー作にして特異なセンスと洗練された演出力を思う存分に発揮したこの女性監督、並外れた才能の持ち主と見なさざるをえない。
(高橋諭治)