劇場公開日 2018年10月20日

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テルマ : 映画評論・批評

2018年10月16日更新

2018年10月20日よりYEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにてロードショー

恋する少女のアンバランスな感情が超能力として噴出する北欧青春ホラー

鹿狩りに出かけたひと組の父娘が、水面の凍りついた湖を渡って森へ分け入っていく。この幻想的なオープニング・シークエンスからして、ヨアキム・トリアー監督の並々ならぬ映像センスが感じられるノルウェー映画である。しかし、息をのむのはまだ早い。次の瞬間、父親が携えた猟銃は数メートル先にたたずんでいる鹿ではなく、なぜか赤いオーバーを羽織った愛くるしい娘に向けられる。美しくも恐ろしい青春ホラーの幕開けだ。

父親が殺害を思いとどまった幼い娘テルマは、少女から大人への一歩を踏み出す大学1年生となった。まず、この年齢設定が重要なポイントだ。田舎の親元を離れ、初めて都会でのひとり暮らしを始めたテルマの胸中は、新生活への期待と不安がせめぎ合っている。その内なる心の揺らめきは通常目には見えないはずだが、本作の場合は違う。やがてテルマが同性のクラスメートと恋に落ちたとき、未知なる動揺が噴出したかのように周囲で摩訶不思議な現象が巻き起こる。そう、これは超能力映画なのだ。

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超能力を扱ったホラーにもいろいろあるが、本作は主人公に万能のパワーを与えるそれではなく、超能力を呪われた厄災として描いた「キャリー」の系譜に連なる。大学キャンパスの上空を舞う鳥の群れは狂ったような異常行動を示し、コンサートホールの天井から吊られた巨大オブジェは大惨事を起こしかける。初恋の喜びによって光り輝き始めた日常が一瞬にして悪夢へと変貌したテルマは、少女と大人、そして人間と怪物との狭間の危ういボーダーライン上で宙ぶらりんとなっていく。

厳格なまでに信心深い両親のもとで育てられたテルマが、この人生最大の恐怖の中で頼るのは神への祈りだ。得体の知れないスーパーパワーに目覚めてしまったヒロインの葛藤を、まるでオカルト・ホラーの悪魔との闘いのように描いた点に本作の独創性がある。しかもテレパシー、サイコキネシスといった超常現象の描写は、樹木をざわめかせる風やプールを満たす水などと結びつき、このうえなく不穏かつ繊細に、時空をも超えるダイナミックなビジュアルで表現される。さらにクライマックスでは、興奮のあまりつい映画史上屈指と断言したくなるパイロキネシス=発火現象まで炸裂する。

要するに本作はあらゆるシーンが必見なのだが、最も観る者の目を釘付けにするのは可憐な主演女優エイリ・ハーボーの一挙一動だろう。テルマの激情を制御不能の恐れ、震え、悶え(!)として体現した渾身の演技は、理屈では説明しがたいシュールなエンディングをもたぐり寄せてしまうのだ。

高橋諭治

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