あゝ、荒野 後篇 : インタビュー
菅田将暉&ヤン・イクチュン、スクリーンに焼き付けたそれぞれの存在意義
寺山修司はボクシングにも精通していただけに、「あゝ、荒野」におけるその描写はち密でリアリティに満ちている。体現するにはかなり高いハードルがあることは想像に難くない。だが、菅田将暉とヤン・イクチュンはストイックに自らを追い込み、プロボクサーとして生きることでそれぞれの存在意義をスクリーンに焼き付けた。(取材・文/鈴木元、写真/根田拓也)
ヤンは韓国である程度体を絞ってから来日したが、バリカン建二としてデビュー戦で“対戦”するトレーナーの松浦慎一郎による指導を「ハードトレーニング」だったと断言する。
「すごく体を使いすぎて、テニスエルボーができました。私は右利きなので特に右がひどくて、訓練を受けてはシップを張っていましたね。松浦さんの話では、訓練の量も中身も完全にプロ仕様だったそうです。全くのアマチュアの状態からなので、それくらい激しい訓練でした。菅田さんは『筋肉が痛い』と言いながらやっていましたよ(笑)」
新宿新次として鮮烈なデビューを飾る菅田はさらに深刻で、血液中の酸素濃度が低下し皮膚や粘膜が青紫色になるチアノーゼを生まれて初めて出たそうだ。
「呼吸の量など、多分体が追い付いていかなかったんでしょうね。松浦さんが、ジムの他の場所で練習しているプロの方に『そんなトレーニングをさせちゃダメだよ』と怒られているのを見て笑うけれど、自分の体がサーっとなっていく(と血の気が引いて倒れるような動作)という感じでした」
だが、試合(本番)になると疲れや痛みが「全く気にならなくなる」とアイコンタクトを取って確認し合うあたり、成果は確実に体にしみ込んでいたのだろう。ただ、建二は非情になれず思うように勝ち星をのばせない設定のため、ヤンも思わぬ苦労を強いられた。
「映画全体の3分の2はボクシングが下手だという設定なので、あたかもできない表現をしなければいけなかった。既にうまくやることを知ってしまった状態だったので、知らないふりをしてやるのは大変でした」
建二は状況を打開するため、新次とたもとを分かつ。あえて自身の弱さと向き合い、あこがれである新次を乗り越えるための活路。一方の新次は順調に階段を上り、かつての友で因縁浅からぬ裕二(山田裕貴)との対決を迎える。このボクシング・シーン、顔面以外は当たってもOKのフルコンタクトだったという。
「ボディを重点的にやったおかげで助かりましたね。人を思い切り殴っていい、なんてことないじゃないですか。最初の方はお互いに我慢大会みたいになっていたけれど、本気で同世代の役者とやれたのはすごく良かった。お互いの練習も見ているから、こっちも安心していけるので、そのリアリティはありました」
そしてついに、建二の願いが聞き入れられ新次との対戦が実現する。パンチを出すタイミング、それに合わせたガードの仕方など大まかな流れはあるものの、もちろんこちらも“ガチ”の攻防。菅田が「ヤンさんは腹筋が強いし、パンチもめちゃくちゃ重い」というだけに、ひとつ間違えばという“息もできない”ほどの緊張感をもたらす。
「熱くはなりましたね。それこそ油断してヤンさんのボディを食らったら倒れますから。ボクシングの試合をテレビで見ていても、ボディは効いているのか効いていないのか分からない。解説の人が足にきていますねと言っても、本当に?と思っていたけれど、急にストンってくる感じがすごく分かりました。その経験は面白かったですね」
淡々と振り返るが、撮影は昨年の夏。ボクシング・シーンは数日間に集中して行われ、しかも菅田は裕二戦との“ダブルヘッダー”。その過酷さは想像を絶するものだったのだろう。
「個人的にしんどかったのは、ずっと汗をかいている設定というか、練習をしていても汗をかくので気が付いたらずっと濡れている状態なんですよ。パンツを何枚持っていっても足りない。やっぱり人間は陸で生活している生き物なので、ずっと濡れていることがこんなにきついんだと思い知らされました」
リングという荒野での、命を賭した死闘。妥協することなく肉体と魂を存分にぶつけ合ったからこそ、互いの理解が深まり確固たるきずなが生まれたといえる。だが、ヤンからは「サムギョプサルを食べたから」という、思わぬ言葉が返ってきた。
菅田「ヤンさんが上手に焼いてくれるんですよ。キムチも取り放題(の店)だったから、いっぱい持ってきてくれた」
ヤン「私がちゃんと切って、菅田さんがお金を払ってくれる。世の中は、そんな風に全部つながっているんですよ、肉が」
これには2人につられて大爆笑してしまったが、あうんの呼吸が垣間見えた瞬間でもあった。そんな会話が自然と交わされるところも信頼関係の証。あらためて、満足げな笑みを浮かべながらヤンが続けた。
「現場ではバリカン、新次としてつながっていたし、切っても切れない関係になっていたと思います。撮影に入る前の準備の段階から考えれば6~7カ月、ずっと役の気持ちをつくり続けてきましたし、それが切れてしまったら感情表現もできなくなってしまう。だから2人はずっとつながっていたんです」
同意を示して何度もうなずいた菅田にとっては、大きな刺激となったことは間違いなく、今後の糧としてほしい。もちろん、その表情からは十分に心得ていることがうかがえた。
「バリカンを見ていると心を動かされるし、話していたらそれを聞く、僕が殴ったらよけるといった当たり前のコミュニケーションが自然にできたのが楽しかった。バリカンの感情の起伏には本当にウソがないので、表現のストレートさと息を飲む緊張感は本当に忘れたくない。それでいて、ヤンさんはすごく遊び心があるから、そこが一番うれしかったです。そういう感覚が同じだったので、間違っていなかったという気がしました」
ヤンも日本をはじめ海外の作品に出演することは「慣れてしまった国から逃避でき、独りの時間が持てる機会」と冗談めかすが、「あゝ、荒野」に関しては「こんな貴重な作品に出合える機会はなかなかない」と言い切った。壮絶な戦いを全力で駆け抜けた2人は、共に勝者である。