エジソンズ・ゲームのレビュー・感想・評価
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天才同士の攻防戦が見応えあり
発明家エジソン、実業家ジョージウェスティングハウス、直流vs交流、暗闇を照らすのはどちらか?ビジネスバトルを描いた、史実に脚色を加えたストーリー。予告を見た感じではビジネスバトルと謳っていますが、あまりビジネスバトルが描かれていない印象の作品、もう少し二人の攻防戦が描かれていても良かったかも…ベネ様のエジソン役がハマり役、演技に定評がある彼ならでは、見応えありでした。
あらすじと解説(?)
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【要約】19世紀末、米国全土にわたる都市配電網敷設にあたり、非効率な直流方式にこだわるエジソンは、経済性で大きく優れる交流方式を推すウェスティングハウスに後背を喫するあまり、交流方式の危険性をこじつけ、電気椅子の醸す死のイメージとウェスティングハウスとを結びつけようとするが、1893年のシカゴ万博における電気設備の落札に失敗したことで勝敗が決した。
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【解説】邦題は『エジソンズ・ゲーム』となっているが、原題は"The Current War"とあり、「電流戦争」「通貨戦争」「時事戦争」を意味する。"current"とは、流通するもの、流れるものの意味であり、複数の意味合いを持つダブル(トリプル?)ミーニングとなっている。
このような邦題となったのは、本作の主演の1人ベネディクト・カンバーバッチの知名度と、彼が主演したヒット作『イミテーション・ゲーム』(2014)にあやかってのことだろう。
そもそもカンバーバッチは『ドクター・ストレンジ』(2016)やドラマ『SHERLOCK』でも見られるように、偏屈で天才的な役柄が多い。
もちろんエジソンの名声もあるだろう。(エジソンはやたらと有名であり、発明家、天才といった称号に併せて1+1=2が分からなかった等の逸話も知られているが、実際のところ電球の発明以外に何をしていた人物だろうか?)
(ここであまり関係のない『モリーズ・ゲーム』(2017)を思い出す)
『エジソンズ・ゲーム』という邦題からすると、天才エジソンの頭脳のなかで繰り広げられる戦略的バトルのような(主観的チェスのような)イメージを受けるが、実際にはこの映画の主役は2人いる。
この映画は、エジソンがチェスの盤面を支配して駒を動かすような天才無双モノではない。(そちらがお好みであれば、ガイ・リッチー版の『シャーロック・ホームズ』シリーズがおすすめだ。第3作が製作進行中という噂もある)
マイケル・シャノンのことを映画好きなら当然知っているだろうし、立派な(業績ある)俳優で、本作でカンバーバッチと双璧を成すにまったくふさわしい画面映えだけれども、一般的な知名度はまったく劣るので、興行的判断からエジソン=カンバーバッチを題することとしたのだろう。
つまり映画の内容は、エジソンとシャノン=ウェスティングハウスが並び立つ内容となっており、むしろ後者に軍配が上がる構成となっている。どころか、観客としては有名なエジソン=カンバーバッチよりもウェスティングハウスのほうに好意的な視線を送りたくもなる。(が、これは観る者の思想や立場によるだろうか)
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エジソンは発明家で、自分の発明に固執するあまり経済的に効率の悪い直流方式を推す。
一方実業家ウェスティングハウスは、エジソンの発明を土台に改良された効率のよい交流方式を推進することで、米国全土に配電網を整備しようとしている。
というのが本作の製作者が用意した対比的構造だ。
(送電方式と電球は別々の発明として分離できる気もしなくはないが、映画のなかでは、送電方式と電球はゆるく一体化したものとして描かれている。交流方式は直流方式とは別物であってなお、各家庭や街灯に灯る電球はエジソンの発明であって送電網とともに電球を普及させようとするWHは盗作者だ、というのがエジソンの思惑だろうか)
どちらかというとエジソンは、人々の暮らしを豊かにするとか電気設備維持コストを考えるというよりもエゴの固まりで、「自分が発明した電球だから、この関連分野には関わるな」という強い縄張り意識から動いている。
そんな偏屈なエジソンをも受け入れる広い度量の男として実業家ウェスティングハウスは登場する。元々ウェスティングハウスは技術者エジソンを取り込んで、共に、交流方式を推し進めて行きたかったようで、仕方なく「カレント・ウォー」にもつれ込んだのも、エジソンが頑なに直流方式にこだわるのみならずウェスティングハウスの評判を下げるという手段に出たからだ、という描かれ方だ。
原題には"war"とあるが、どちらかというと躍起になって戦争(というよりやっかみ?)を仕掛けているのはエジソンのほうで、ウェスティングハウス側はそれを意にも介さず立ち回っているように思える。
というのも経済のこととなれば、より少ないコストで広範囲かつ無数の工場・公共設備・家庭により多くの電力を提供できる交流送電が勝つに決まっているからだ。
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この目に見えて勝敗の明らかな(というのは現在的な視点だから言えてしまうことだろうか?)陣地争いだが、まるでエジソンが1893年のシカゴ万博で落札に成功すれば彼が挽回できるかのように、決着は終盤にもつれ込む。
「各州都市が直流-交流どちらの送電方式を採用するか?」に関しては、明確にウェスティングハウスが優位であり最初から勝敗が決しているようにも関わらず、その点は曖昧なまま、シカゴ万博前の競争入札においてエジソンの直流方式の電気設備が落札すればWH交流式に「勝つ」ことができるかのように物語は展開していく。(ここは映画を盛り上げる展開だろう。)
実際には、エジソンは純粋に発明一筋でそれ以外は何もできないというわけではなく、多量の特許を元に会社を経営する実業家の側面も持ち合わせていたようだから、本作における天才発明家VS実業家(WHも技術者としての側面を持ち合わせていた)という両極化した対比構造は成り立っていない。
ただ、実業家エジソンが経済的効率の劣る直流方式を推し進めようとしていたのは事実のようで(この辺りについてはよく知らない)、WH交流方式を蹴落とす悪あがきとして電気椅子をもちいた印象操作を行なっていたのもまた史実のようである。
経済的効率性の面でエジソン式が劣るのは明らかだった(エジソンがその点を公の場で認めているようにも思えなかったが、理解し、知ってはいただろう)が、エジソンは安全性に訴えることでWH式を押し下げようとした。高電圧の設備に触れれば即感電死だ、というのが彼の主張だった。なんなら街頭の電球に触れただけで人は死ぬ、とまで主張する場面が劇中には存在した。
感電死の危険性については交流方式を推し進める者も対応・対策するであろうし、仮に「電球に触れでもすれば必ず感電死する=確率100%」にしても、防護策が取られたうえで、「実際に感電死が発生する確率(頻度)はどれくらいか」を考慮して技術は使用されるものだろう。その点については触れられていないし、エジソンも劇中で述べてはいない。
(たとえば飛行機事故に遭えばほとんど必ず死ぬとしても、飛行機事故に遭遇する確率がとても低いのと同じ)
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エジソンは、交流送電方式の危険性を主張するとともに、交流を利用した電気椅子という新しい処刑方法の開発に秘密裏に知見を提供することで、交流=死のイメージを一般に形成しようとする。(とはいえ、"より人道的な処刑"を目指した結果の電気椅子でもあるらしいのだが)
が、影で暗躍していることが新聞に暴かれたばかりか(劇中ではここでWHもエジソンが内密にやり取りした手紙を盗んで新聞社にリークするという非合法的な手段に打って出ている)、初の電気椅子処刑が囚人に惨たらしい死をもたらすという結果に終わる。つまりエジソンはWHを蹴落とすために悲惨な死を招く協力をしたということになる。
が、処刑に臨む囚人のシーンはまるで神々しく、この辺りも「映像と音楽の調整で盛り上げようとしているな」という気分を誘う。(コーエン兄弟監督『バーバー』の静かな終わりを思い出す)
★エジソンは、囚人に対しては「人道的な処刑だから」と、ある意味での殺人に関与しながらも電気椅子開発を正当化。それでもなお残る後ろめたさゆえに、開発関与を極秘にすることで世間からの非難を逃れようとする。さらに、開発に関与したのは自分であるはずなのに、まるで電気椅子による処刑がウェスティングハウスによるものであるかのように「交流=死」のイメージを大衆に植えつけようとする。
「人道的な処刑は善」「殺人は悪」という二両取り(ダブルスタンダード)をして、自分は陰に隠れる。そこまでしてなお直流で勝ちたい。この政治力、人間臭さは(現代的な視点での)ステレオタイプな機械オタク科学オタク、ナードのイメージとは程遠い。
元々は「生命第一」主義者であるという描写なのだが、一線を越えてしまったのだろうか……。交流送電方式による事故発生についてもそこまでリスクは高くなさそうだと理解はしていたように思えるあたりからも、「自己」の勝利ということへのこだわりが至上命題だったのではないかと思われる。
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よく歴史で語られるように、直流VS交流というとエジソンVSニコラ・テスラの構図だと思っていた。
(ノーラン監督『プレステージ』(2006)でも、鬼才テスラがエジソンに追われる描かれ方がされている)
が、テスラはどちらかというと実業家ウェスティングハウスに「組み込まれた」ようで、本作でも脇役(のわりに張り切った配役)として登場する。
ただ本作におけるテスラは、目立つ人物として描かれているが、主役というわけでもなく、また勝敗の決着に貢献した描写もない。
ウェスティングハウスという人物に注目し(注目させ)、彼の業績を引き立ててやることが本作の一般に対する仕事かも知れない。
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結局エジソンは、送電方式の陣地争いに負けたばかりか、シカゴ万博での落札も叶わず、敗北することとなったが、なぜか晴れ晴れとした幕切れが目指されており、「なんかエジソンも幸せになれたんじゃね?」という雰囲気が醸し出されて終わる。
映像の華やかさと音楽の心地よさで終盤を乗り切ったかたちだ。
実験室と家族に寄り添うのがエジソンの小さな幸せだよね?と言いたかったのだろうか。
発明王として知られるエジソンの裏側を描いた映画
発明王として知られるエジソンだが、自分もこの映画を見るまで知らなかったが、ダブルスタンダードな面をみせるなど裏では色々と汚いことをやっていたという人間としてのエジソンを描いていた。
反面、ジョージ・ウェスティングハウスは人格者として描かれており、電流戦争で対立した人間としてだけではなく、対照的な描かれ方をしていた。
さて、この電流戦争に絡んでくるもうひとりの人物、ニコラ・テスラは卓越した才能をもっていたのに不運な人だった印象が強い。
エンディングでの彼の晩年を知ると努力が報われるという言葉とは何なのかと考えさせられる。
歴史の裏側を見た感じ
日本語版タイトルからして「エジソンと彼の楽しい発明の物語」と思ったが、行ってみったら全く違うストーリーだった。これまでエジソンと言ったらプラスのイメージですが、本作ではこれまで知らなかった彼の一面を見て、歴史の裏側を覗いてみたって感じです。
電力はこんなって我々の生活に普及されたんだと、感動を覚える作品です。
個人的にニコラ・テスラの設定が素敵すぎて、映画見て三週間経ってる今も思い出すと感動するくらい。神経質で繊細な、でもお洒落な科学者を演じてくれたニコラスホルトに感謝です。
それでもエジソンはすごい
実話を題材に、描かれるエジソンという人間の闇の部分
「光があれば闇もまた生まれる」
今回の作品は、そのように感じる作品であった
エジソンが、人類にもたらした貢献は素晴らしいものだが
その特権争いに、エジソンという人物の闇が現れた
「直流電流の電気」vs「交流電流の電気」は、誰がどう見ても交流電流の方が素晴らしいとわかるが
エジソンは、頑なにそれを認めず、「交流電流」を使った悪評を広げるようにしていた
例えば、馬に対して交流電流を流し、絶命させたり
電気椅子などの処刑道具に使わせたりなど
発明家どころか、人間としてやってはいけないことを、自分の名誉のために行った彼の行動に恐れた
本当の事実かどうか、今で確かめる術はないが、これが事実であれば彼はとんでもない人物だと言える
この作品の悪い点として、
途中で、別の発明家の話が入ってきたりして、誰が誰だかわからなくなってしまう
科学はおもしろい・・・が
電気学会後援!
みんなのレビューを読んで、自分も観るにあたり、電流戦争(送電に直流を使うか交流を使うかを競った、エジソン=GE社とウェスティンぐハウス社の争い)を、Wikipedia で学んでから、観ました。
なので、勉強になったなあ、というのが最初の感想。
冒頭に、ある駅を汽車で訪れて、汽車を降り、ランプを持って歩く。その先で、多くの電球が点灯する、というシーンがあるが、これは、「電気のなかった時代」を象徴的に示していて、うまいなあと感心した。
面白かったのですが、眠くなるところがちょっと多かったのは残念だった。
中身は J. ウエスチングハウス物語
原題は"電流戦争" The Current War
邦題はエジソンズ・ゲーム
その内容は J. ウエスチングハウス物語
皆がいわゆる "でんき" と呼んでいる電灯線が社会的に広まり始めたころの
発電方式、送電方式をめぐる基本原理とその特許、工業規格を争う物語。
VHS vs. ベータ戦争、PlayStation vs. SEGA Saturn 戦争、BD vs. HDDVD戦争みたいな
日本人が好きなライバル企業同士の技術競争を描いた映画、、、
、、、だと思って油断して観ると、半分以上の人はおいていかれる。
教養番組の再現ドラマみたいに説明的なセリフでバカ丁寧に技術を説明してはくれず、
教養番組の再現ドラマみたいなベタな人情話で感情移入させてもくれない。
そういうセリフやシーンもあるにはあるが、尺が短く、さっさと次に進んでしまう。
たいていの人は何を争っているのか良く分からないまま映画が終わってしまう。
また、一般的な技術史において、直流vs.交流競争は
直流派:エジソン。古い世代。職人気質。頑固な上司。敗者。
交流派:テスラ。新しい世代。天才肌、学者肌。上司に理解されない部下。勝者。
という分かりやすい対立構造を使って、面白味を持たせて解説されることが多い。
ところが、本作はこれを重視しない。
テスラはほんのチョイ役に過ぎず、現代社会の礎を築いた真の立役者は
実業家 J. ウエスチングハウスであると言わんばかりに本作の物語の中心をなす。
エジソンは技術論争を仕掛けているのに、ウエスチングハウスは経済効率性を主張する。
両者の議論があまり嚙み合っていないので、両者の対立もあまり盛り上がらない。
なので、企業競争を描いた教養番組の再現ドラマみたいな熱い展開を期待していると
肩透かしを喰らってしまって、つまらないなぁという感想になってしまうのは仕方ない。
が、偉人伝、天才伝によく出てくる有名人エジソンとテスラの影に隠れがちな
ウエスチングハウスに脚光を浴びせたという点が本作の面白さと価値がある。
発明家+実業家
今は無きウェスチングハウスと、エジソン時代から連綿と続くGE(ゼネラルエレクトリック)の、最初期の闘いを描く作品。ビジネスゲーム絵巻としては中途半端で、人物対決としては面白い構図である割に、今一歩踏み込めてない感じがした。中身としては面白いんだけどな。
自分の発明を製品にし、世に出す。発明家は概して変わり者が多いが、それがそのままビジネスに持ち込まれると、なかなかに面倒くさい。相手に対するネガティブキャンペーンや、誹謗中傷など、日本なら好感度を気にしてやらないマーケティングを展開するあたりは、もう少しえげつなく描いても良かったかも。
カンパーバッチは、なんだかハリソンフォードの雰囲気だった。あまり彼らしい感じはしなかったので、そこは少し残念。独特な顔立ちのマイケル・シャノンは、大実業家という感じがぴったりで、意外にぴったりはまっていた印象です。もう少し、二人のこじれたやり取りがあると、ラストへ向けて盛り上がったのではなかろうかと思う。ニコラス・ホルト演じるテスラもまたしかり。
何を見せたいのか、少しぼやけてしまっている。せっかくオリジナリティを持った役者陣だったので、もう少し人間ドラマに降っても良かったかな。少しもったいなかった。
”三相交流”あたりの用語を調べてから見ると、現在当たり前のように使っている電気が、どんな状況から広まっていったのか、興味を持てるのではないかと思う。
電流戦争?
書いてたレビューが消えたので
もう書けないから適当に。
名の知れたカリスマ エジソンと
真面目な経営開発者 WHと
天才 テスラ
の3人が軸になってるのはわかるけど誰も彼も魅力が伝わってこない。伝記は見てるので3人のことは知ってるけども。
創造の苦労とか
泥沼の利権争いとか
天才の奇抜なすごさとか
どれもこれも盛り上がりにかけて電気椅子ばかり目立つ。
せっかくの世界がこれから変わるんだっていう感じがパッとしなくて
エジソンを悪く描きつつ、最後むりやりシカゴでの二人での立ち話で丸く納めた感がいまいち。
カンバーバッチの目色はやっぱり素敵♡
原題の方がしっくりくるかも
主人公はエジソンだけではなかったと思うし、ゲームでは全くなかったと思います。
もしかしたら、直流と交流のどちらが採用されたのかを表すボード(地図)を見て、配給会社の方は“陣取りゲーム”みたいだと思ったのかな…?
“エジソンズ”・“ゲーム”だと思って観はじめたので、イマイチしっくりこない部分がありましたが、原題が【The Current War】(電流戦争)だと分かったら納得できる部分もありました。
ただ、少々お話が難しいところもありますので、歴史的な予備知識はあった方が、より楽しめたのかなと思いました。
キャスト 最高‼️
予告編を観て、面白そうと思った。でも、正直、エジソンの業績って、あまり知らない。なので、歴史の勉強くらいに思ってた。でも、私には、難しかった。直流と交流とかも、名前しか覚えてない。…私、勉強嫌いだもん。何度、眠りの世界へ落ちそうになったか…いや、落ちたし。
エジソンって、発明王なんだよね?私のイメージは、もっと、研究者みたいな人だと思ってた。駆け引きしたり、騙したりもしてたから、ちょっとイメージと遠かったかな。まあ、エンターテインメントなので、忠実に再現されてるわけではないと思ってるけど、本当に、こんな感じの人だったのかな?
出演者、良かったですね。ベネディクト・カンバーバッチ は、最近、悪役のイメージ強い。あ、この人、私は、身長の高い人だと思ってたのに、マイケル・シャノン の方が高かったのに驚いた。思わず身長を調べてみたら、マイケル・シャノン って、191センチだった。スゴイ〜。個人的には、ニコラス・ホルト 好きです。ちょっと、岡田義徳 くんに似てるよね。とても、残念な役が多いので、好きです。
個人的には、ストーリー難しかったけど、面白かったです。こういう分野が好きな人は、きっと、もっと楽しく観られると思います。
天才のエゴがもっと振り切っても良かった!!
ビジネスバトルとしては、
物足りなさは感じますが、
電気の供給方式を巡り
発明家の意地やプライド、
政治的な裏工作など、
駆け引きが沢山あり、
引き込まれる作品でしたー🧐!!
結構、低評価みたいですが…
まずは、
供給方式を巡った戦いが
どんなものか簡単に
理解しておくと話はスムーズです!!
《エジソン派》
電流を抑えることが出来るので
安全だけど、
遠くまで供給出来なくて
街に大きな発電所が必要になるし、
コスパが悪い"直流方式"!!
これが、先駆けなんです!!.
《ウエスティングハウス派》
高電圧により遠くまで電気を
供給する事が出来て、
発電所の数を減らせたり、
コスパが良い分、
感電しちゃうと
ちょっと怖いよねーっていう
"交流方式"!!
この2つの供給方式どちらが
優れているのが、
世論を巡りビジネスバトルを
繰り広げる作品ですね😍✨
これね、
結構面白かったので、
もっとね、
フィクションに振り切った
ストーリー展開にしても
面白かったなぁって思います🤔!!
みんなまだまだいい人過ぎる!!
エジソン的にはね、
俺がやっとの思いで考えて発明した
アイデアを後から出てきて
「直流より交流が良い!!」
なんて言われたら….
「は??俺のアイデアにイチャモンつけてんじゃねーぞ!!」
って気持ちは凄く分かります‼️
だからこそ、
話をもっと振り切って.
「俺は神に選ばれた男だ!!」
みたいな発明家としての
エゴ全開に狂った人物に
描いても面白かっただろうなぁって
いう思いもあります‼️
色々言ってはみても
カンバーバッチは、
ちょっと癖のある捻くれた人物の
演技は上手いし、
視覚的にもどちらが優勢に
展開しているのか分かりやすいし、
世論を巻き込んだ電気バトルは、
僕は結構、面白かったです🧐!!
タイトルなし
これ、観に行ってよかった
予告やポスターで謳っていた
「カリスマ実業家」vs「天才発明家」の構図よりも、カンバーバッチ演ずるエジソンとマイケルシャノン演ずるウェスティンハウスの2人の人間味あふれるところが描かれていて自分の好みな内容でした。
「フェンス」の話しから
「あの電球が出来た時どんな気分だった?」のくだりは、天才同士が真に分かち合う瞬間でなかなかぐっときましたしね~
のちに“電流戦争”と呼ばれる、送電システムの覇権を巡る過程も解りやすかったし、家族への想い出を、自身の発明した蓄音機や映写機で偲ぶ脚色はエジソンの功績を見せながら、彼の人間味も描いていてすごく好きなシーンだった(もうちょと早く家族を省みてたらよかったのにね、、)
自分が思い描いていたエジソンの人物像とは全く違っていたけれど、エジソン=カンバーバッチのイメージになってしまうのはカンバーバッチの演技のうまさが成せる技なんだと思う。
マイケル・シャノン兄貴演じる「ウェスティングハウス」。ウェスティングハウスの名前は本作品で初めて知ったんですけど、発明家であり実業家なんですねー。シャノン兄貴の強面(笑)のせいもあって怖い人かと思ってたら全く違いました。伴侶にも恵まれてたようでキャサリン・ウォーターストン演じる奥さんが要所要所で彼を助けていてそこも好感が持てたなぁ(キャサリン、相変わらずブロッコリーみたいな髪型だったけど)
そして、“ララランド”でグリフィス天文台のシーンに登場したテスラコイルを発明した「ニコラ・テスラ」
彼を演じるのはニコラス・ホルト君。テスラ氏自身も長身だったようでぴったりな役どころ。登場する毎に変わる衣装が驚くほどお洒落でカッコよかった。
テスラ氏についてちょっと調べてみたら、なかなかの波乱な人生を送った人物のようです。
テスラ氏を描いた映画が、イーサン・ホーク主演で公開するみたいです。日本でも観られるといいなぁ。
忘れていたことを思いだしてしまった・・・
原題にWARとあるからには、激しい潰しあいかと思いましたがそれほどでも。直流と交流の違い、そして映画を発明したのはエジソンだということを思いださせてくれたのが救いです。そしてあの性格がノーベル賞と無縁だったのかな?
口髭が多くて、時々混乱。エジソンはたぶんあんな感じだったと思うけど...
口髭が多くて、時々混乱。エジソンはたぶんあんな感じだったと思うけど、ウェスティングハウスはあんなに良い人ではなかったかも。キャストがマーベル過ぎ。旬な俳優ってことかな。
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