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本作はシリーズ6作目、最大の悪役で後に王(リチャード三世)となるリチャードが登場し、活躍する作品である。
リチャード三世は悪役であるのはもちろんだが、最も見せ場の多い役でもあり、この役を射止めるのは役者として最大の栄誉でもあるらしい。
そしてこの役を満を持してベネディクト・カンバーバッチが演じている。
なおこのリチャード三世となんらかの血縁関係にある人々が英国内には100〜1700万人ほどいるといわれ、カンバーバッチ自身も子孫に当たるのだとか。
シェイクスピア劇の中におけるリチャードは、背中から異様に背骨が浮き出ていて片方の手と足が短い異形の身体障害者として描かれているが、実際のリチャード本人も遺骨が調査されて背骨が横に曲がる病気を煩っていたことがわかっている。
さて本作はシェイクスピアの原作で言うと『ヘンリー六世』第2部の第4幕から第3部までをまとめた作品になるが、前作Part1とともに2部作にしているせいか人物の名前や行動も含めて原作とは異同がある。
もっとも1823年のロンドン、オールド・ヴィック座で既に3部作を2部作に圧縮する試みは行われている。
また『ヘンリー六世』3部作はそもそもシェイクスピアの真作かどうかも長い間疑われていて上記公演自体も全く批評家の注目を引かなかったらしい。
本作は次作『リチャード三世』でいよいよ王となるリチャードが戦争を通して野心を強めて台頭していくような作品に仕上がっている。
シェイクスピアの原作も『ヘンリー六世』3部作と『リチャード三世』は薔薇戦争4部作と呼ばれ、4作品で1つと捉えられているらしい。
なお本シリーズにおける『ヘンリー六世』のPart1とPart2の違いは、ヘンリー六世とヨーク公が決定的な対立を迎えたところを境にPart1とPart2に二分されているのはもちろんだが、Part1は戦争描写よりも政治的駆け引きを主に描いているのに対して、Part2は冒頭から戦争シーンで始まる程ほぼ戦争に明け暮れる内容になっており、いうなれば静と動のような対比関係になっている。
本作の冒頭では原作第2部第5幕の「第1次セント・オールバーンズの戦い」から幕が上がるが、第4幕の内容も兼ねたシーンになっている。
本作では原作の王妃マーガレットの愛人としてのサフォーク公の性格がサマセット公に吸収されているのだが、本来のサフォーク公が死んで王妃が斬首された彼の頭を抱えて嘆き悲しむのは原作では第4幕であり、実際はシーンが違う。
また本作でもサフォーク公が登場してヨーク公に殺され、息子がその仇討ちを果たす内容になっているが、原作で本来その役を担うのはクリフォード卿になる。
整理すると、原作は第4幕でサフォーク公だけが死に、第5幕でサマセット公とクリフォード卿が死ぬが、本作では第5幕に当たる戦闘でクリフォード卿は登場させずに、サフォーク公を兼ねたサマセット公と本来はクリフォード卿であるサフォーク公が同時に戦死する設定に変更されている。
その後は概ね第3部の内容に忠実だが、原作の息子のクリフォード卿はリチャードに致命傷は負わされるものの、本作のように一気に止めは刺されない。
これはクリフォード卿の死後、死体がリチャードら3兄弟に見つかって悪態をつかれる描写を思い切って省くためと考えられる。
史実ではこの戦争は「タウトンの戦い」と呼ばれ、本作ではエクセター公(アントン・レッサーが演じ、『ヘンリー五世』から長く登場し続けている)も殺されているが、原作ではこの戦闘で行方不明になって以後登場しない。
本シリーズにおけるエクセター公は温厚そうな人物だが、実際は残酷で野蛮な嫌われ者だったらしく、リチャードの兄であるエドワード四世に寝返りフランス遠征の帰国中に船上で事故死したようだ。
ただし一説には国王の命令で殺されたとも言われているので、本作ではそちらの説を活かしているとも言える。
前作から引き続き王妃マーガレットは黒人女優であるソフィー・オコネドが演じているが、息子であるエドワード王太子は幼少期も長じてからも全くの白人俳優が演じている。
やはりどうしても違和感を感じて作品への集中を妨げてしまう。
ただしオコネドの嫌気がさす程の気位の高さを感じさせる演技は前作同様相変わらず見事である。
そして本作は何と言っても次作へつながるリチャードが野心という鎌首をもたげる物語である。
原作を読むとリチャードには自分の野心を吐露する傍白の台詞がいくつもあり、おそらく舞台では直接俳優が観客に向かって話しかけているものと思われる。
本作の監督は前作に続き元芸術監督であるドミニク・クックだからだろうか、リチャード役のカンバーバッチにあえて何度もカメラに向かって話しかけさせている。
この演出をわざとらしいと感じる向きもあるだろうが、筆者にはカンバーバッチの演技力も相まって効果的な演出に思えた。
とにかくカンバーバッチが、野心とコンプレックスの塊であるリチャードを演じて圧巻である。
また、トム・スターリッジの演技はまさに運命に翻弄される情けないヘンリー六世そのものである。
史実ではリチャードはヘンリーに直接手を下しておらず、リチャードがヘンリーに手をかけるシーンはあくまでもリチャードの悪逆さを際立たせるためにシェイクスピアが加えた演出上の虚構にはなるが、本作の一方は殺し、今一方は殺される両者の醸し出す緊迫感は2人の共演による見せ場である。
本作においても素晴らしかったカンバーバッチが最終作となる次作でどのような演技を披露してくれるのか、そんな期待を盛り上げてくれる作品である。