劇場公開日 2017年4月8日

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午後8時の訪問者 : 映画評論・批評

2017年4月4日更新

2017年4月8日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにてロードショー

ナイーブでイノセントな魅力に溢れたヒロインの柔和な表情がひときわ印象に残る

少年犯罪、失業、育児放棄、貧困、差別など深刻な社会問題に切り込み、その矛盾を鋭くえぐり出す独特の作風で知られるジャン=ピエールリュック・ダルデンヌ兄弟の新作だ。舞台となるのはいつものベルギーの小都市セラン。映画は無残な遺体で見つかった〝名もなき少女〟の死の真相を探る若き女医ジェニー(アデル・エネル)の日常を中心に描かれる。亡くなる前夜、診療所のモニターには必死にドアベルを押す少女の姿が記録されていた。ドアベルの音を無視しなければ彼女の命を救えたのではないかという贖罪の意識にとらわれたジェニーは、必死に少女の身元を探索する中で、予想もしなかった事態に直面する。

ダルデンヌ兄弟は、<犯人捜し>というミステリ的な語り口を採りながらも、もはや彼らのトレードマークと言ってよい手持ちキャメラを多用した迫真的なドキュメンタリー・タッチでジェニーの揺れ動く感情を掬い取ろうとする。

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患者である少年ブライアンの不審な行動がきっかけとなり、不法滞在していたアフリカ系の少女は娼婦だったこと、背後に暗躍する闇組織の存在など、正視し難いさまざまな真実が明らかになっていく。

烈しい屈折と愛憎に満ちた家族というのは、ダルデンヌ兄弟の描く普遍的なテーマであるが、この映画でも研修医ジュリアンやブライアンがそれぞれ抱える肉親との葛藤やおぞましい暗部が露わになる。さらに、彼らのデビュー当時から通奏低音としてあった、移民という安易な解決を拒む困難な主題がここで一挙に浮上してくるのだ。疲弊したセランという街の佇まいには、EU離脱を表明したイギリスや狂信的な移民排斥をアピールするトランプ政権といった緊迫した現在の欧米の政治状況の縮図を見るようである。

しかし、「午後8時の訪問者」は、決して声高なメッセージを主張するだけの政治的な映画ではない。見終わると、アデル・エネルが演じた、反グローバリズムの時代を果敢に生きる、ナイーブでイノセントな魅力に溢れたヒロインの柔和な表情がひときわ印象に残るのである。

高崎俊夫

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