【「トリとロキタ」評論】移民問題をしぶとく睨んできた兄弟監督が、怒りとともに紡ぐ“姉弟”の物語
2023年4月2日 21:00
いきなりキャメラと正対した少女の顔が切り取られる。質問。答える少女。よどみなく返していた答えが少しずつあやしく、不安を呑み込んでいく様を真正面のキャメラが掬い、その不安がいつの間にか問答を見守るこちらの胸にも食い込んでいる。
「なぜ彼が弟だと分かったのか?」「養護施設がつけた名前をなぜ知っていた?」――問い詰められて少女が助けを求めるように真正面の顔をそむける。そむける度にこちらの不安も募っていく。そうしてもうその時、彼女ロキタとトリとよばれている“弟”に、その行路、その必死の冒険に、すっぽりと巻き込まれ、他人事と突き放せなくなっている自分に気づくことになる。
そんなふうにあっけなく余計な説明も描写もないままにダルデンヌ兄弟の映画は核心へと突き進む。シンプルさの奥行を痛感させる。「イゴールの約束」「ロルナの祈り」「午後8時の訪問者」と、地元ベルギー社会にも欧州の今、世界の今にも深刻な影を落とす移民問題をしぶとく睨んできた兄弟監督の新作「トリとロキタ」はアフリカからやってきたロキタとトリがどこまでも一緒にいようとする、いたいと思う、その裏切りを知らない心と行動を見つめ切る。そこに生起するサスペンス、はたまた紡がれるやさしさの物語。
ビザ取得の面接をしくじって落ち込む“姉”を慰めるトリは小さな体でコマネズミのように快活に動き回る。知恵もある。次のチャンスのために面接で想定される質問を用意したりもする。十代半ばにしては大柄でゆったりと動くロキタと寝台の上を跳ね回るトリの俊敏さの対照がふたりの間に築かれている信頼と親愛の情を微笑ましく染め上げて、彼らを応援したい観客の気持ちをいっそう強固なものにする。
ドラッグの運び屋をして支え合う“姉弟”はレストランで歌い小銭を稼いでもいる。そこでふたりがシシリー島に着いた時、習った歌を披露する。そんな小さな挿話がふたりの出会いや今に至る経路や関係を推し量るヒントとしてさらりとしかし周到に置かれ、しかもネズミを猫が、その猫を犬が――と、より力ある者が弱き者を傷つける社会の真相をいっそ明るく指し示すその歌が、健気に生きる“姉弟”の行方を照射するかにも響く。そうしてシンプルな口調の底に酷薄な世界に向けたダルデンヌ兄弟のしぶとい怒りが感知される。鴎外、溝口の翻案でも知られる安寿と厨子王のことなどもぼんやりと想起しつつ、ことの次第を見届けて、すとんと暗転を導くトリのアップの幕切れに息をのむ。いきなりの余韻が滑り出しのロキタの顔に繋がって、切なくしぶとく兄弟監督の怒りが胸に継承されている。
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