ハクソー・リッジ : 特集
アカデミー賞も認定《メル・ギブソン監督作》は傑作の証
“武器を持てない”臆病者が戦場で75人を救出……一体どうやって?
「殺す」ではなく「救う」──あなたの戦争映画イメージを覆す《希望の実話》
今年のアカデミー賞で2部門(編集賞、録音賞)を受賞した「ハクソー・リッジ」が、6月24日より全国公開。第2次世界大戦の激戦地で、武器も持たずに75人の命を救った実在の衛生兵を、「沈黙 サイレンス」のアンドリュー・ガーフィールドが熱演。「アポカリプト」以来10年ぶりの監督作となったオスカー監督メル・ギブソンが、壮絶な戦闘シーンと珠玉のドラマを融合させた話題作だ。
[なぜ? 銃を持てない兵士が英雄に?]主人公は戦闘兵ではなく実在の衛生兵
映画ファンの経験値を超越! 従来の戦争映画の描き方と全く異なる新たな傑作
第2次世界大戦の激戦地・沖縄の難攻不落の断崖“ハクソー・リッジ”を駆け回り、銃はおろか手りゅう弾、ナイフひとつ持たずに、たったひとりで75人もの命を救った男がいたことを、あなたは信じられるだろうか。彼の名は、デズモンド・ドス。武器を持つことを拒み続け、戦闘兵ではなく衛生兵として壮絶な戦場に赴き、「臆病者」と嘲笑されながらも、命を懸けて仲間(ときには敵兵まで)を救い続けた。なぜドスは銃を手にしなかったのか。そしてどうやって奇跡を実現したのか。英雄となった男の真実を明らかにする、驚がくの実話作品が誕生した。
古くは「ランボー」、近年の「アメリカン・スナイパー」「フューリー」でも、戦争映画といえば主人公は屈強な戦闘兵だった。だが本作は違う。主人公は、戦う兵ではなく、治療する兵なのだ。細身の優男という設定はこれまでのイメージを完全に覆すが、描かれる内容を見れば、なぜ主人公がこうなのかが納得できる。「救う」というテーマに圧倒的な説得力が備わるのだ。
デズモンド・ドスとは、良心的兵役拒否者(宗教上などの信念によって兵役を拒否した者)としてアメリカ史上初の名誉勲章を、トルーマン大統領から授けられた人物。造船所で働いていたことから兵役を延期することもできたのに、「命を奪うのではなく、救いたい」と強く志願して入隊。衛生兵として奇跡ともいえる偉業を成し遂げた。
驚くべき意志の強さと勇気、深き人間愛を持ち合わせたドスを、熱く演じ切ったのは、マーティン・スコセッシ監督作「沈黙 サイレンス」で演技派として高く評価されたアンドリュー・ガーフィールド。ドス本人を徹底的にリサーチし、彼本人になりきった熱演は見る者の心を打ち、アカデミー賞主演男優賞に堂々の初ノミネートを果たした。
[なぜ? これほどまでリアル?]CG依存しない撮影がオスカー2部門受賞
M・ギブソンが描く戦闘シーンは「プライベート・ライアン」を超える臨場感
「まるで戦場に放り込まれたような」とは、戦争映画のリアリティを語る際の常とう句だが、本作を語るには、どうしてもこの言葉を避けては通れない。銃弾が頭をかすめ、爆発の熱や風圧が伝わってきそうなほどの臨場感、そして敵が迫り来て、いつ命を落とすともしれない緊迫感が、これまでの傑作戦争映画の数々を明らかに上回っているのだ。「ブレイブハート」のアカデミー賞監督メル・ギブソンが10年ぶりにメガホンをとり、再びそのすさまじい「監督力」を見せつけている。
壮絶なリアリティと臨場感の源は、「可能な限り現実に近付ける」という撮影スタイルだ。CG主流の現在においても、あえて“実写”撮影することにこだわり抜き、爆発を近距離撮影するための特殊効果装置を開発。スタントマンのすぐ近くで爆発を起こすという、壮絶なシーンのリアル撮影が可能となり、圧倒的な臨場感を実現した。
10年ぶりの監督作となったギブソンだが、その才能はやはりすさまじかった。前述の臨場感は、オスカーを受賞した初監督作から、「パッション」「アポカリプト」まで一貫した「実際に撮る」撮影スタイルのたまもの。さらに暴力、戦争、信仰という「ブレイブハート」ともつながる熱い物語を描き出し、見事2度目のオスカー・ノミネートを果たしたのだ。
作品賞、監督賞、主演男優賞を含むアカデミー賞6部門ノミネート(編集賞、録音賞の2部門受賞)を筆頭に、ゴールデングローブ賞3部門ノミネート(作品賞、監督賞、主演男優賞)ほか、全102部門ノミネート・34部門受賞を果たした(※2017年3月7日現在)。ニューヨーク・ポスト紙、ローリング・ストーン誌などの一流メディアも、軒並み高評価だ。
[なぜ? 戦争映画なのに泣ける?]戦闘場面以上に際立つ珠玉の物語
見る者はいつしか、ドスを送り出す家族のような気持ちになっている
壮絶な戦闘を描く戦争映画といえば「アクション映画」の印象が強いが、本作は見る者の心を大きく揺さぶる。それは、ドスが愛する女性(テリーサ・パーマー)と出会ってきずなを育んでいく姿、確執が根深かった父(ヒューゴ・ウィービング)との和解、そしてドスとともに戦場に赴く仲間たち(サム・ワーシントン、ビンス・ボーンほか)との友情のドラマが、アクション描写以上の丁寧な描写で、丹念に積み重ねられていくからに他ならない。
なぜドスは、罪を問われ、軍を追放されるかもしれない窮地に陥ったときでさえ、銃を手に取ろうとしなかったのか。そして、なぜ互いを思い合いながらも、長きに渡って父と確執を抱えてきたのか。その理由がつぶさに描かれることが、当初はドスの存在を疎ましがっていた同僚たちが、彼を認めていく過程に深みを与えていく。加えて、妻との出会いと思いを成就させていく姿が、見る者の心をドスに寄り添わせていくのだ。我々はドスを見守る家族のような、そしてともに戦う仲間のような心境で、彼の行く末を見つめることになる。
壮絶な戦闘を描くアクションのクオリティに加え、それに勝るとも劣らない濃密なヒューマン・ドラマ。このふたつが見事な融合を果たした本作は、戦争映画の枠を超えた、壮大な感動作と呼んで過言ではないだろう。