光(河瀬直美監督)のレビュー・感想・評価
全113件中、101~113件目を表示
透明
不思議な透明感を持った作品だと感じた。
考えてみれば、闇も透明も「見えない」って事で括ったら同じようなもんだ。
何から感じ取ったのかは分からんが、静寂とか整然とか…静かな水面を想像してた。
主人公の分かりやすい成長を主軸に据えているとはいえ、それを取り巻くものが一癖も二癖もあるモノばかりで…人の内面の複雑怪奇なシンプルさに気づき、そして、それを選択した監督に畏怖の念さえ抱く。
映画の音声ガイドなんて職業をよくぞ選んだものだと思うが、直接的に関わり第三者的に距離をおくにはもってこいのポジションだ。
作品毎にご自身が監督として関わっておられるのかもしれないが、健常者からすれば頭にも過らない。
永瀬さんの視界がゼロになった時にドキっとした。
このまま映像が更新されていかないのではないかという懸念が頭を過ぎり、視覚障害者の世界に一歩、いや半歩、足を踏み入れたような気になった。
恐ろしい。
作中にある言葉通り、僕はこの映画を通して、盲目の方が生きる世界に少し関われた。
そして、その世界に全く色がないわけではないという事も感じられたように思う。
目で観るのとは別の認識が出来る色があるのではないのだろうかと思う。
そして、最後に盲目のカメラマンは叫ぶ。
「そこに辿り着くから、待っててくれ」
と。
同情からの善意…それだって善意なわけだが、そうではなく、並び立つ個としての理解を求められたようであった。
意欲作であった。
圧倒された!完全にもって行かれた!
重いテーマながらいくつかのエピソードと情景をうまく組み合わせながらやんわりと話を作って冒頭の伏線がどうなるどうなる〜ここでドーン!ヤラレター!な感じ
それぞれの演技も流石の上手さで感情移入もできて映像も訴えるものがあったしそういった意味でとても楽しめる
あと、昔から見てる人なら おお、これは!と思うエピソードが上手くハマっててより感情移入できた
大切な人と見てください
心が穏やかになりました。障害をもつ方々の話は難しいものですが、これはわかりやすく描かれていて、とても穏やかな気持ちになりました。大切な方と見てください。きっとやさしさを共有できる気がします。
女性映画作家ならではの繊細さ
なんとなくわかるような、分からないような..
人生経験を積み上げればそうするほど分かりやすくなるような...
でも引き込まれる、不思議な力に。
光を求める二人。
美佐子は父との記憶。
中森は写真に映される光を。
想像力ないのは中森?
それとも美佐子?
むしろ二人とも想像しようもしない。
傷ついて真の自分と本気に向き合わない。
最後に、映画の音声ガイドができ、劇場で最後の台詞は、「光」がある。二人とも、光の正体を掴んだ感じが半端じゃない。
この映画を見るには、観客の感受性が最も重要だと思うし、見終わって解釈しようとしても、あくまでも個人的な意見になるだけ。でも本当に光を浴びるようになる気分だったー
常生活の光をもっと大事にしたいと...
またもう一つの側面、映画。この映画の中また映画が出る。
美佐子は映画のシーンを解説しようとする。彼女の理解は盲目の人の理解を左右していると言ってもよいだろう。
ここで改めて映画は何?と問いかける。 スクリーンのイメージがなければ残りは何?ガイド付き、画面なしの映画は小説の朗読テープとどんな区別がある?
映画は初めから光なしではできないもの。映画を見る人の目に光が映せないなら?
しかしこのような発想は、美佐子が一生懸命映画のガイドを再編するときだけ浮かんだ。曖昧なままでよく分からなかった。
全体的にとてもいい感じでできてる映画だが、振り返るとちょっと単一的な物語になっている。
「光」をテーマに、盲目のカメラマンと、映画にガイドを作る職を勤める女性を設定するのは確かに斬新だー
でもなんとなく何か足りない気がする。
せっかく劇中劇を設置したのに、そん辺よく分からなかった。
クロースアップが多かった。
その分水崎綾女をはじめ、役者さんの演技を魅了した!
素晴らしかった。
奈良の町、山の風景、光、逆光....主人公の感情が繊細に描かれている。
さすが女性監督、お見事。
それを含めた4.0点。
ラストに出るタイトルの恐るべき説得力
映画の音声ガイドという正直この作品を観るまで意識したこともなかった、視覚障害者にとっての映画の楽しみ方という視点にとても衝撃を受けました。 逆説的に映画とは何であるかということをこの作品を鑑賞しながら自問自答し何度か目を閉じて音だけの表現を感じてみたりしてみました。 作中のキャラクターのドラマと作中劇の映画へのガイドの進行がシンクロしていく過程が想像以上にスリリングで、ラストの解釈に至った瞬間のカタルシスはちょっと軽く鳥肌が立つような衝撃を感じました! そしてこれまで水崎綾女さんというとアクションが出来るセクシー女優という固定観念しか持っていなかった自分がとても恥ずかしく、色んな意味で河瀬監督に心よりの拍手を送りたいです。
暗闇に委ねる
印象的なカット、強調される環境音が光に照らされていた。 ただ、音声ガイド以外のシーンでも過剰なまでに表情の一部をクローズアップの長回しで撮り続けており、演出とはいえ行間を読み取らせる誘導がそれこそ押し付けがましく思えた。 また、視覚障害者の方が御自分の言葉で話されているシーンが印象的な分、小市氏以外の役者の台詞回しが浮いている。 それから、雅哉と美佐子の関係の変化が思春期の様に性急である事や前半の美佐子の常識の無い行動・言動から、成長材料を示す描写は多々あるが、それでも納得いなかった。 しかし結末は大変美しく、まさか上映中に目を瞑る事になるとは思わなかった。 映画制作に携わった人間ならば、受け手に伝わらなくとも自己責任として処理ができる。 また、観客ならば誤解や誤読をしたとしても、それは受け手の特権であり間違いでは無い。 しかし音声ガイドは、他者の作品を自らの言葉や文法を通して受け止められるのだから、「正解など無い」と逃げる事が許されない。 心の底から彼等を尊敬する。 さて、彼には一体どの様な光が見えたのだろうか。 少なくとも映画を愛する我々にとっては、暗闇の中スクリーンに映される全てが希望の光である。
余韻、半端なし。
ずっと、胸が苦しかった。 台詞、表情、間合い。こもれ日、夕景の山並み、錆びた手摺り。雅哉の視界、選び抜かれた言葉、寄り添う音楽。すべてが刺さってくる。 涙を流したままにしようとすれば、声まで洩れそうだった。 永瀬が、カンヌでスタンディングオベーションを受け、感極まってうずくまってしまったのも納得の出来だった。 しかし参った、あそこで「光」と言うか。余韻、半端なしだわ。 光は、美佐子にとっては「生きていく希望」なのだろうが、人によっては「生きてきた証し」でもあるのだろう。 水崎綾女、河瀬監督もいい役者を見つけたものだ。 なお、アップの多用とハンディ使用のため、集中しすぎると酔いそうです。ふだんお好みの席よりもやや後ろの席での鑑賞をお勧めします。そして、五感を総動員して、想像してください。今まで見落としていたものに気付かされ、人を愛おしいと思う気持ちがあふれてくるでしょう。
具体によって制限される健常者と、スクリーン内に入ることもできる視覚障害者
フランス語タイトル:Vers la lumière.第70回記念のカンヌで話題となっている、河瀬直美監督の最新作。
初日の初回。満員とは行かないまでも、バルト9のシアター6は400席の同館最大クラスなので、なかなかの集客である。まるでパルムドールを受賞するかのような報道が続いており、それほど前評判がいい。日本人は、"空気"に弱いから、実際に受賞すれば爆発するだろう。
目の不自由な人向けのイヤホンによる、"映画の音声ガイド"の制作をしている美佐子と、視力を失いつつある弱視のカメラマン・雅哉が出逢い、惹かれ合っていく話。
多くの人にとって、目の不自由な人が感じる、"映像のない映画"という概念をはじめて知ることになる。
"具体があるほど、人間のイマジネーションは限定される"…なんとなく分かっているつもりの事実だが、その現実を強烈に気付かせる作品になっている。
カメラワークも映像が制限されていたり、ソフトフォーカスを使う。また意図的なホワイトアウトやブラックアウトも挟んでくる。さらに"セリフ"、"音楽"、"背景音"、"環境音"などの、音素材を大切にクロスオーバーさせている。アンビエンスサラウンドと、2chファントムの使い分けも効果的だ。
"映画の音声ガイドを作る"という行為は、目に見える状景を言葉に置き換えることだが、"言葉"という具体を使った時点で、作品の拡がりを制限してしまうという矛盾をはらんでいる。いまコメントを記している、この本文も主観という言葉によって、映画の価値を制限しているということになる。
そして目からウロコの事実。健常者は障害者が制限されていると思うが、そうでもないこともある。何不自由なく映画を観ている我々は、当然スクリーンのこっち側にいる。しかし聴覚障害者は、"音声ガイド"によってスクリーンの中に入っていくことができる。俳優とともにシーン内にいるというのだ。
河瀬監督の前作「あん」(2015)は、ハンセン病差別がテーマであった。連続して社会的弱者がテーマの映画が続く。「あん」同様、近作は一般的に解釈しやすい、親切な作りになってきている。その「あん」にも出演している永瀬正敏が、カメラマン・雅哉を演じる。映画には実際に視覚障害者の出演者もいるが、永瀬正敏はその中で、自然にその制限された動作を演じている。
ヒロインの美佐子を演じるのは水崎綾女(みさきあやめ)。映画「ユダ」(2013)のキャバクラ嬢役の主演で注目され、グラビア好きやバラエティ番組好きのミーハーなら知るところだが、一般には知名度は低い。しかしカンヌ新人賞の「萌の朱雀」(1997)で、当時中学生の尾野真千子を見い出だし、「殯の森」(2007)でもスタッフの一員だった、うだしげきを主役に選んでいるので、河瀬監督には珍しくない。水崎綾女の、その演技を観れば主演抜擢の理由にうなずけるはず。これからの活躍も期待したい。
カンヌの結果は29日(月)未明。コンペティションは20作品もあるので、あまり期待してもねぇ。負けないくらい素晴らしい作品ではある。
(2017/5/27 /新宿バルト9/シネスコ)
全113件中、101~113件目を表示