「途中まではワクワクしたのに、オチが…。」メッセージ とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)
途中まではワクワクしたのに、オチが…。
丁寧に描写されている場面と、雑な部分と…。
原作未読。
昔、英語なんて使わないのになんで英語の勉強をしなければいけないんだと文句を言う私たちに英語の教員は言った。
言葉を理解することは、相手の思考回路、気持ちを知ること=異文化理解、つまり、あなたの視野を広げ、心を豊かにして、(相手を理解し、思いやるという)人間性を高めること。だから、言葉を学ぶということはとても大切なことなんだ。
この映画をみて、この言葉を思い出した。
(今、英語は偏差値上げるためか、グローバルな場で活躍するための、単なる道具として学ぶものになっているけれど)
ファーストコンタクト。
自分の使っている言葉が通用しない相手との接触。
「意思」で動くのか、衝動・感情で動くのか。自分と同じ、もしくは似た概念、つまり共通項は見いだせるのか?何を手掛かりに共通項を見出し、理解を進めて行けばいいのか…。
全く異なるものとの出会い。その対象への恐怖、戸惑い、そして好奇心…。ルイーズの変化が丁寧に描かれている。
未知の物への好奇心。学者としての本質?初めは怖がっていたルイーズだが、だんだんとのめり込んでくる。『未知との遭遇』を思い出してしまう。
どのように、相互理解を進めていくのか。知的好奇心が刺激されて、へたなサスペンスよりもワクワクした。ルイーズのアイディアで展開していくが、そのアイディアを支えているのは、後方に控えているPCで画像解析・分析している面々。
と、同時に、「カンガルー」という言葉で象徴されるような、世界各地で行われた異文化の出会いを彷彿とさせる。戦国時代、種子島をもたらした異人との交流はこんな風に進んだのだろうか?アメリカでネイティブアメリカンとの交流、オーストラリアやアフリカ大陸でも…。
けれど悲しいかな、武力による植民地化を進めてきた人種にとっては、相互理解でWin-Winな関係を築くことよりも、攻撃こそ最大の防御としか考えない…。しかも、なぜそこで分断するのか。映画的には面白いが、実際の政治的なメリットが理解できない…。
歴史は繰り返すのか、新たな道を見つけられるのか。
言葉。相手を理解し、意思疎通を図るためのもの。
同時に混乱を招くもの。
映画も翻訳一つで意味合いが違ってしまい、レビューでも誤訳指摘があふれるときもある。
同じ言語を使っていても、誤解され炎上するSNS…。
この映画でも、ルイーズが”翻訳”したメッセージをどう解釈するかで危機的状況が加速する。
さあ、どうなる。どう解決するんだ?
緊張が高まったその時、斜め上からの解決法が下りてくる。
えっ?! それ、あり?!
ルイーズがもともと持っていたけれど、それと認識していなかった”武器”で一件落着…。
言語を習得することによって、知らぬ間に身に着けた”武器”ではない。
彼らと接することによって、知らぬ間に身に着けた”武器”ではない。
う~ん…。ここで私の中では映画に対する思いがトーンダウン…。しらけ鳥が飛んでいく…。
”言語”の意義を真正面から取り扱っている映画だと思っていたのに…。
未知なるものとどう対峙するのかがテーマだと思っていたのに。
ペプタポットは非日常ではあるが、
ふだんあまりかかわりを持たない方とのコンタクト、違い言語を話す人、違う文化を持つ人、はじめての場、ハンディキャップを持つ方々他、身近な課題でもある。
バカ受けに似た核は基本自らは動かない。
ペプタポットも、最初は自ら動かない。こちらがしたことを同じように返すだけ。
そこに攻撃性をみるのも、親和性をみるのも、すべて私たちの心が投影されているだけ。
そんな人間の心模様が映し出されるのかと思っていたのだが。
ここで、世界危機の物語から、ルイーズの生き方の物語に転換する。
運命を受け入れるか、あらがうか。
ルイーズの選択は…。
基本、私たちは、明日のこと、未来のことを知らないで生きていく。知らないけれど、うっすらと今と同じような日々が続くと思いながら。
もし、わかっていたらどうなるのだろう。
今、ライトノベルや漫画では”転生”ものが流行っている。まったく未知なる世界に飛ばされるタイプや、人生をやり直すタイプの物も。
失敗や心残りを解消するのかな。
でも、回避できないものや、やり直せないものもある。
生まれてくる子のリスク。出産前の羊水検査。思わぬ結果が出た場合どうするのか。
生活習慣病・ガン、検診。これも、先が見通せる話。癌になるリスクが高いからとまだ健康な乳房を切除した女優もいたが…。
そして親の背中を見て、将来がわかった気になり、夢を描けず、努力をせずに、刹那的に生きる今の若者。
戦中の若者だって、戦争に駆り立てられて、その先に待つ運命を知っていた…。そんな若者は世界中に今もいる。
時制のない世界。フラッシュバックのようなものか?楽しみたいときに、過去の嫌な思い出にとらわれ、未来の不安に拘束される。過去は過去、未来は未来、今は今と割り切れるからこそ、自分をコントロールできるものだと思うのだが。
意思と意志。意志willは、未来を描いて今こうしようというと思うのだから、ペプタポットにもこうしようという未来があるから、時制はあるはずだと思うのだが。
ルイーズの話は、「ああ、そうか」と人生に対する深い洞察を伴い、感動するはずなのだけれど、説明不足なのか、今一つ腑に落ちない。
それでも、映像・音響・世界観は見事。
静かなトーンで、落ち着いた思索にはまれる。
だからこそ、中盤からの展開に惜しいと思ってしまう。
(東京国際映画祭2021屋外上映会にて鑑賞)