王様のためのホログラム : 映画評論・批評
2017年1月31日更新
2017年2月10日よりTOHOシネマズシャンテほかにてロードショー
異国で極まる中年の危機。ハンクスの軽妙とティクヴァ監督の才気で小粋な人生賛歌に
冒頭、トーキングヘッズの「ワンス・イン・ア・ライフタイム」に合わせ、トム・ハンクスが替え歌ならぬ替えラップをやけっぱちにまくしたてる音楽ビデオ風のお遊びで、グイッと心をつかまれる。「ラン・ローラ・ラン」のゲーム的な筋の繰り返しやアニメの活用で注目されたトム・ティクヴァ監督らしい、ユニークな導入部だ。
主人公アランはかつて米国有数の大手自転車メーカーで取締役だったが、生産拠点を中国に移して失敗したせいでクビに。家財を失い、妻と離婚し、大学生の娘の学費も払えない。再就職先のIT企業で託された任務は、サウジアラビアの国王に3Dホログラムを使った会議システムを売り込むこと。人生の再起を賭けてサウジに乗り込んだアランだが、異文化の地ですべてがままならず、心身に変調をきたすようになる。
原作は米人気作家デイブ・エガーズが2012年に発表した小説。中年の危機を迎えたセールスマンが砂漠の地で悪戦苦闘する姿を、ハンクスが気負わず軽やかに演じている。コミカルに熱演せずとも、困った状況で見せる表情や、共演者との掛け合いの間(ま)で笑いが生まれることを熟知しているからだ。
ティクヴァ監督は自らの脚本で原作を要領よく刈り込み、一方で映像映えするエピソードやハプニングを加え、挫折をひきずり無力感や虚しさを感じている中年男と、産業が空洞化した米国の状況を重ねて描く。砂漠での焦燥や渇望と、終盤の海中のシーン(ハンクスの初期代表作「スプラッシュ」を想起させ感慨深い)で潤い生まれ変わる感覚のコントラストも、小説以上に効果的だ。
時代設定は、“アラブの春”が胎動する2010年。アランの運転手ユセフが民主化運動をほのめかす台詞もある。異なる文化、異なる価値観の者どうしが互いに理解し、共に生きて新しい時代を創ることを謳う本作が、排外主義が勢いを増すタイミングで公開されるのはなんとも皮肉だ。残念ながら本家米国では不入りだったが、せめて日本ではこの作品が訴えるメッセージへの共感が広がることを願う。
(高森郁哉)