「それぞれに」花戦さ 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
それぞれに
時の天下人と深い関わりがあった茶人は有名だが、こちらはまるで知らなかった。
僧でありながら華道に精進し、信長に高く評価され、後に秀吉と対する事となった“花僧”、池坊専好。
それにしても歴史というものは、どんどん掘り起こせばまだまだ知られざる逸話や人物があり、ネタの宝庫は尽きない。
最初はどういう映画なんだろうと思っていた。
“戦さ”とタイトルにあるから、戦国合戦物…?
それとも、利休を題材にした一連の作品のような芸術作…?
もし後者だったら、芸術美には舌を巻くものの、話の方が小難しくてヤだなぁ…と。
確かに利休の死や秀吉の圧政に苦しむ人々などシリアスな展開もあるが、思ってた以上にライトな印象でエンタメ性も高い。
今年公開された時代劇映画の中では一番良かったかも。
それもこれも専好の人物像に尽きる。
天真爛漫な性格。
とにかく頭の中は花、花、花、花の事ばかりで、花を生ける為に生まれてきたような愉快な男。
その一方で、人の名を覚えるのが苦手。一度会った人でも、えっと、誰だっけ…?と、頭を抱えてしまう。
信長や秀吉の事も知らない。今で言うと、総理大臣どころか天皇陛下すら知らないんじゃないかってくらいのレベル。
単なる物忘れではなく、一種の病気なんじゃないかと心配になるくらいだが(実際相手の顔を覚えられない病気はあるが)、いったんその心配は置いとくとして、この専好が堂々と“華”になっている。
野村萬斎が快演。
本当にこの人は、時代劇と言うか、日本伝統文化を扱った役柄がピタリとハマる。
そんな専好と意気投合するのが、言わずとしれた千利休。
こちらは花、あちらは茶、精通するものは別としても、同じ“美”を追求する者として、親交を深め合う。
特に専好は、利休との出会いによって、自分の花にも大きな影響を受ける。
利休役の佐藤浩市はいつもながらの好演。
そういや、かつて三國連太郎も利休を演じた事があり、何だか感慨深いものを感じた。
信長役の中井貴一は出番は冒頭だけだが、存在感を示す。
秀吉役の市川猿之助が見事なまでに憎々しさを放つ。
専好が出会った絵師の娘は、後に秀吉と数奇な因果がある事が分かるが、サブエピソード。でも、森川葵が可愛いからいいや。
何と言っても目を見張るのが、専好が生けた花々。
生け花に疎くとも、その美しさ、素晴らしさくらいは分かる。
信長に献上した“昇り龍”、クライマックスを飾る秀吉への“花戦さ”は、ただただ、天晴れ!お見事!
この花の数々が専好の心情を表してもいる。
専好の花は信長をも魅了する。
信長と言うと猛々しいイメージだが、いち早く外国の文化を取り入れたり、これら花や茶を嗜む。
分かる人には分かる。
信長のとある言葉が良かった。
「武人たる者、茶と花を、人の心を大事にせよ。上に立つ者の道じゃ」
この言葉は後に…。
そんなお屋形様とは真逆に、太閤殿下には良さが分からない。
茶とか花とか良さが分からないから、分からないのがまるで自分が愚弄されてるように感じる。
天下人となり、絶大な権力を手に入れ、暴君に。
民を苦しめる。
その暴虐は、専好の近い者たちにも。
そして、利休も…。
弔い合戦という訳ではないが、専好は遂に秀吉に“戦さ”を挑む。
と言っても、専好は明らかに平和主義者。武器を持ち、反乱分子を率いて、突撃などする訳がない。
彼の武器は勿論、花。
文字通りの“花戦さ”には唸った。
またそれは同時に、秀吉の芸術美を嗜む心、かつてお屋形様が言った人を大事にする心が救われたと感じた。
大合戦ならぬ大爆笑が後味良し。
エンタメ時代劇ではあるが、合戦シーンは無論、剣を抜くシーンすら無い。
人によっては物足りない、退屈とも感じるだろう。
芸術美を嗜むのも良し。
実力派の演技合戦を堪能するのも良し。
つまらないと切り捨てるのもそれで良し。
美(映画)の感じ方は、それぞれに。