追憶 : インタビュー
岡田准一×小栗旬×柄本佑が名匠たちから“継承”した日本映画の系譜
日本映画界の伝説(レジェンド)と称され、故高倉健さんらとともに数々の名作を発表し続けてきた降旗康男監督と木村大作キャメラマンの16本目のタッグ作「追憶」が完成した。今作を「新しい旅の始まり」と断言する名匠2人のもとに駆けつけたのが、主演の岡田准一であり、小栗旬、柄本佑だ。現在の日本映画界にあって、欠かすことの出来ない存在へと上り詰めた3人が今回の現場で一体何を得たのか、話を聞いた。(取材・文/編集部、写真/江藤海彦)
降旗監督と木村キャメラマンが現場をともにするのは、「憑神」以来10年ぶり。高倉さんの遺作となった「あなたへ」を執筆した青島武と映画監督・瀧本智行が脚本を手がけた今作は、幼少期をともに過ごした少年3人が、25年の時を経て殺人事件を捜査する刑事・四方篤(岡田)、容疑者・田所啓太(小栗)、被害者・川端悟(柄本佑)という形で再会を果たし、心の奥底に封印してきた忌まわしい過去と対峙していく姿を描く。
「声をかけてもらえたこと自体が嬉しい」と口をそろえる3人は、降旗組で過ごした日々がいかに実り多きものであったかを、穏やかな面持ちで語り始める。
岡田「降旗監督と大作さんに向けて芝居をしていた感じが強いですね。ラブレターのように。現場でおふたりの事を見続けていたら、大作さんが監督に声をかけられて打ち合わせをしているんですが、相槌を打つくらいで特に話をしていないんですよ。会話がなくても心がつながっている。僕らも現場にいることで、つながってくる何かがあるのかなと思っていました。そういう感じが好きでしたし、その姿は美しかったですね」
小栗「准一くんが言っているように、映画という祭りを少人数でやっているムードというか、空気みたいなものが、最近の僕らが参加する現場とは違うものとして流れていたんです。時間がとにかく穏やかで、こういうところにいられるのは幸せだなあと思いました。他の現場ではホテルの周囲をゆっくり散歩するような時間もありませんでしたし、本当にぜいたくな時間を過ごさせてもらいました」
柄本「監督と大作さんに向けて……僕ら俳優部だけじゃなくて美術部、照明部、録音部など、全員が意識をひとつにしますよね。『ああ、これが映画作りなんだな』って。ひとつひとつの仕事があって、その中心に監督がいる。監督が『スタート!』といえば、全部がひとつになって動き始める。映画ってこうやって作られてきたんだよな……というのを見られた気がして。非常に嬉しかったですね」
酸いも甘いも知り尽くしたベテランスタッフが多く集った降旗組にあって、3人を含むキャストの多くは若手といっても過言ではないだろう。基本的にテストは1回、本番も1回の真剣勝負。張り詰めた空気と同様に、現場には活気がみなぎっていた。
岡田「最近の映画の現場では、時間をかけて撮っていく事が多いですが、降旗組は一発で撮っていく。刀で、一発で斬りあっていく感じです。一撃で仕留めます!といった撮影方法でしたね」
小栗「基本的に一発勝負だったので、准一くんと『手応えが全然ないんだけど……』って言い合っていましたね」
柄本「よほどの事がない限り、『もう1回』とはならなかったですよね」
小栗「午前中に撮影が終わることも、よくあったもんなあ」
柄本「大作さんが、中華料理屋でラーメンを食べているエキストラさんたちに向かって『おまえら、ロボットがラーメン食ってんじゃねーんだぞ!』って怒鳴ったこともありましたよね。みんな、ガッチガチになっちゃって、どうにもならないから『もういいよ! 笑顔で食えよ! ラーメンは笑顔で食うもんだろうが!』って(笑)」
小栗「笑顔で食べない人もいると思うけどなあ(笑)」
岡田「結局のところ、情熱がほとばしって、燃え盛っているので、何もかもが楽しいなあと思わせてもらいました」
小栗「憧れていた映画の世界をのぞき見ることができた……というのはありましたね。“檄”が飛んでいる現場って、そんなにないですからね。もちろん、怒る監督はいるとは思いますが、それ以外のところでもすごく活気がある。あのムードは良かったなあ」
柄本「思い返してみても、すごい楽しかったですよね」
三者三様にキャリアを積み重ね、俳優として脂の乗った30代で出合った「追憶」という作品で、それぞれの人生が交錯した。こんなにも無邪気な面持ちで撮影現場を振り返っているが、この作品が意味するところは誰もが理解していたはずだ。
日本映画の黄金期を牽引してきた故高倉健さん。2011年8月に降旗監督作「あなたへ」で6年ぶりに銀幕復帰を果たすと発表された際には、「山が動いた--」と形容されたほどの国民的スターだが、降旗監督との更なる新作企画が実現することはなく14年11月10日に永眠した。
名匠2人は、岡田に高倉さんの姿を重ねる。4月4日に行われた完成披露試写会でも、「ななめ後ろからの姿」を共通点に挙げ、降旗監督は「岡田准一が高倉健を継ぐような俳優になってくれたらいいなと思って仕事をして参りました」と明かしている。さらに、「背は健さんの方が高いんだけど、ひとりの人間として後ろ姿で人生を背負って生きているような感じが共通しているんじゃないかと思います」と目を細めた。木村キャメラマンも「健さんは後ろ姿に人生すべてを感じさせた。岡田君にもそういうものを感じた」と同調する。
岡田は高倉さんと直接の面識はないものの、「唯一無二の方。憧れの方ですし、代わりはいない。僕はその背中を追いかけ精進していきたいと思います」と表情を引き締める。
また、撮影を終えた際、降旗監督は「今回は出演してくださった皆さんが、現場に臨む姿勢として高倉健になろうとしてくれた気がした」とコメントを残している。小栗は「少年H」で降旗組を経験しているが、少なくない人数の若手が初参加となったことからも、名匠たちが日本映画の系譜を次の世代へと“継承”しようとしているようにもうかがえる。
約3週間の撮影を“堪能”した小栗は「能登、富山での撮影に向かい、現地に着いた初日に大作さんと食事に行くことができたんです」と明かす。さらに、「いろいろなことを話すことができて、最後には大ちゃんと呼ばせてくれました。あの夜があったおかげで、すごく楽な気持ちになって現場に入れましたね」と木村キャメラマンの心配りに最敬礼。横で聞いていた柄本も何度もうなずき、「僕は出番的にそんなに多くないなかで能登、富山と居続けたのですが、出番がない時は散歩したりしていたんです。ただ、夜は“木村組”の宴会があるので、それには戻ってこないといけない。撮影が終わった段階で、大作さんから電話がかかってきますので(笑)」と満面の笑みを浮かべる。
そして、エンドクレジットに「撮影者」として岡田の名が刻まれていることに筆者は驚きを隠せない。あるカットで、木村キャメラマンから提案があり、岡田が撮影を担当しているという。このことだけでも降旗監督、木村キャメラマンから筆舌に尽くしがたい信頼が寄せられていることは、想像に難くない。
今作を語るうえで“余韻”や“余白”という言葉が浮上してくるが、岡田はどこまでもストイックに“先輩”たちからのメッセージを受け止め、今作で演じた寡黙な刑事のごとく、真摯にその姿勢をスクリーンに映し出していく。
「大作さんから『今後の役者人生で経験しているかいないかで大きな違いがあるから、キャメラを回してみろ』と。映画って楽しいものなんだよっていうのを、いろいろな形で伝えてくれている感じがしましたね。僕らは監督の意図などを汲み取ろうとしながら演じていますが、昔の俳優さんたちは『俺のやることが正解だ!』くらいの方が多かったようで、『ぶつけていくのが楽しいんだよ!』ということも教えてくださっている感じもしました」