イレブン・ミニッツ : 映画評論・批評
2016年8月9日更新
2016年8月20日よりヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにてロードショー
得体の知れない不穏な予兆と恍惚を呼び起こす11分間の崩壊劇
言うまでもなく映画は“時間”の自由な操作が可能であり、過去と未来を行き来することはもちろん、1分間の出来事を90分に引き延ばしたり、その逆を表現することもできる。ポーランドの鬼才イエジー・スコリモフスキの5年ぶりの新作は、午後5時から5時11分までの11分間の出来事を映像化したユニークな快作。とある街で暮らす映画監督、女優とその夫、バイク便の青年、救命士の女性など、11人のキャラクターの人生をモザイク状に描きながら交錯させ、あっと驚く惨劇へと突き進む群像劇だ。
11分という限定された時間内の登場人物それぞれの行動を入念に設計したであろう本作は、緻密な脚本に基づくサスペンス映画であることは間違いない。キャラクターの視点が変わるごとに、同じ時間に起こった出来事がまったく別のものに見えてくる。それなのに意外性を狙ったプロットの“ひねり”が売り物の映画になっていない。そこが凄い。映画の序盤から観る者に「何か恐ろしいことが起こる」と予感させる不穏な気配が、登場人物の行動や意思を超越した不条理な曖昧さをまとい、じわじわと確実に膨張して迫ってくるのだ。
例えば、何度も反復される低空飛行の旅客機の轟音がそのひとつだろう。都会の雑踏のノイズが強烈な音響効果でデフォルメされ、“旅客機、墜落!”の嫌なイメージが脳裏をよぎる。実際には旅客機は墜落しないのだが、この映画は“空”がひとつのキーワードだ。複数の登場人物が空を見上げるシーンがある。まるでUFOを目撃したかのように呆気にとられる彼らは、いったい何を見たのか。“空”を“クラウド”に置き換えて現代的な解釈を試みることもできようが、筆者はそんなことに頭が回らず、空から災いが降ってくる予兆に何度も襲われ、得体の知れない戦慄を覚えるはめになった。
さらに本作はホテルの窓から室内に飛び込んでくるハトや、高所から転落する人間をヴィジュアル化した視覚効果の使い方も抜群に素晴らしいのだが、筆者が最も驚嘆したシーンは別にある。ホテルの1111室で映画監督と対面中の若く美しいブロンド女優がベランダにさまよい出て、突然の体調不良に襲われて気絶する。彼女の豊満な肉体が恍惚感を伴って“崩れ落ちる”瞬間は、まさにこの奇妙な崩壊劇を象徴しているかのようだ。
(高橋諭治)