「夫婦愛、普遍的且つ極めて個性的な。」あなた、その川を渡らないで だいずさんの映画レビュー(感想・評価)
夫婦愛、普遍的且つ極めて個性的な。
結婚76年、89歳の妻と98歳の夫のドキュメンタリー。
フィクションではないという点が、胸を打つ。
だけど語り口が、とても物語らしく、ドキュメンタリーである事を忘れ、いつものように物語世界に没頭した。
14歳で妻は嫁ぎ、夫は妻が大人になるまで待つといって
何もしてこなかったそうだ。
そうして17歳になった時、妻は自分から抱きついた。
子どもは12人生まれたが、6人は幼いうちになくなった。
なくなった6人に天国で会えた時、渡してあげたくて、
夫婦は子供用の寝巻きを6着購入する。
歌をうたう夫に「あなたはなんて歌がうまいの、もっと歌って」とほめる。
耳に花を飾った妻に「とてもかわいい」とほめる。
せっかく集めた落ち葉を投げあい、じゃれる。
雪をぶつけ合って雪だるまを作る。
夜のトイレは怖いから外で待ってて、いることが分かるように歌を歌って。
2人は互いがいてこそ自分がなりたつ、依存とは違う必要性がある、そんな風に思えた。
こんなふうに愛しあえたら、どんなに幸せなんだろう。
2人に見える世界は、どんなものなんだろう。
少しでも知りたくて、想像力をめいっぱい働かせながら観た。
もちろん、いつかはくる別れが、そう遠くないという予感がある。
なんといっても夫は98歳だ。喘息を思わせる咳が酷くなる。痰の絡んだ咳。苦しそうだ。
その内、床に臥せるようになり、妻は死んだ後のことを考え始める。
夫の普段着を燃やすのだ。天国で着るものに困らないように。
夫亡き後の自分のことではなく、夫を案じていた。
夫が寝たきりになった後に、飼い犬が出産した。
そろそろ旅立つ夫と、生まれたての子犬が共にいることに、
なんと名をつけてよいか分からない感情を抱いた。とてもいい感情だった。
生まれたばかりのいきものは、泣きたい気持ちにさせる。
やがて夫は死に、妻は墓のそばで泣く。
雪の中、帰ろうとしては悲しみが沸き起こり、立っていられなくなってしゃがみこんで泣く。
彼女は感情が多いと思った。とりわけ夫に対しての感情が多い。感情の深さでは説明がつかない量がある気がした。
技巧がなく、夫婦の感情表現は稚拙とも言える。
悲しい、かわいそう、かわいい、つらい、うれしい。
悲しいからおいおい泣く、うれしいからはしゃぐ。
悲しみを避けようと努めるのではなく、ただ受け止め、悲しむ。
うれしさもしあわせも掴んだというよりは、ただあったのかもしれない。
きれいに生きようとして、避けているあれこれを受け止めた先に、
2人が味わった喜怒哀楽があるのかもしれない。
後期高齢者を不便な家で2人っきりにしておくなんて危ない、
とか、ユニットバスと屋内のトイレがいるよね、といった、
現代的に見るともっと快適な生活の小道具があるのでは、とも思ったりしたが、
そういうものを放棄しているから、2人はあんなに幸せなのかもしれない。
彼らの愛情の真贋は、疑う余地なく本物だし、多くの人が感動する性質のものだと思う。
けれどマネしようがない部分も多く、目指すところにするにはハードルが高いなと、思った。
愛を信じられない人は、この作品を見て、あるところにはあることを知るといいと思う。