「女が階段から堕ちる時」ダゲレオタイプの女 小二郎さんの映画レビュー(感想・評価)
女が階段から堕ちる時
映画史上、女優さんを一番美しく撮ったのは溝口健二監督だろうか。私が好きなのは『祇園囃子』。木暮実千代の着物からチラっと見えるうなじと足首。妖艶で、それいでいて冒しがたい聖域にいる。
黒沢清氏が溝口健二に並ぶとは言わない(そりゃ誉めすぎだろう)。だが『ダゲレオタイプの女』には、まるで古い邦画から抜け出てきたような、しとやかな美しさがある。主演女優コンスタンス・ルソーはフランス人だが、どこか日本的な秘められた美しさがある。彼女の青いドレスからのぞく首筋、拘束器に囚われるときのため息。妖艶なのに聖域にいる。
コンスタンス・ルソー、大学では映画を学び卒論は黒沢清監督についてだったそうだ。監督の意図を忠実に汲める女優さんだったのではなかろうか。『ダゲレオタイプの女』は古い邦画の雰囲気があり、日本の怪談のようでもあり。それを再現したのが若いフランス人だったことが興味深い。時代や場所をワープする、それが映画なのかもしれない。
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女は階段から落ちて幽霊になった。異界の者となった。
天から落ちた異界の者。日本にはそんな昔噺が沢山残っている。「羽衣伝説」や「かぐや姫」など。異界の女を手に入れようと、地上の男はやっきになるが、果たしてそれは幸せか。だって、異界だよ、恐くないのか気味悪くないのか?手に余ると思うけどなあ、子どもの頃ずっとそう思ってた。
この映画には幽霊に囚われる男が二人でてくるが。聖域にいるはずの女が堕ちてきたら、男たちはどうなるのか。喜ぶのか、愛するのか、恐れるのか、狂うのか、逃げるのか、ただ受け入れるのか。
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主演のタハール・ラヒム(『預言者』『パリ、ただよう花』など)の大ファンなんで観に行った。割と荒々しい役が多い人だと思う。本作はなんつうか、お坊ちゃんみたいな役でタハール・ラヒムらしくないなあと、もっと情熱的に撮ってくれと中盤まで思っていたが、ラストシーン良かった。幽霊なことに気づいているのかいないのか、図太いのか鈍感なだけなのか狂ってるだけなのか。
それらすべてひっくるめて「愛あればこそ」みたいなところに昇華させてるような気もする。それでこそのタハール・ラヒム。
黒沢監督の『岸辺の旅』『クリーピー』そして本作、ホラーというよりもラブストーリーに重心が置かれているようにも思える。
相手が死んでいようが、自分が死んでいようが、相手も自分もクリーピーだろうが、それでも、男を愛する女というのは、崇高でもあり、どこかしら怖い存在でもあり、やっぱりホラーだなあとも思う。
黒沢監督の次作『散歩する侵略者』もLOVE重視なのかなあ。原作の前川知大さん好きなんだよなあ。楽しみだなあ。
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追記:
「相手が生きているのか判らない怪奇な設定」を受け入れられるかと監督に問われたタハール・ラヒムは、『聖闘士星矢』にも似たような設定があったから大丈夫と答えたそうな。溝口の『雨月物語』とかではなく漫画アニメで答えるあたりがイマドキだなあとも思う。