「自分なりのベストを尽くせ」ハドソン川の奇跡 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
自分なりのベストを尽くせ
2009年1月、乗客155人を乗せたUSエアウェイズ
1549便が、ラガーディア空港を離陸した直後に
両エンジン停止。“サリー”ことサレンバーガー機長は
ハドソン川への緊急着水という離れ業を成功させ、
さらにそのわずか24分後には沿岸警備隊とNY市警
によって乗客全員が救出された。
“ハドソン川の奇跡”として日本でも大きく報道された
この出来事。報道を聞く限りは美談と思っていたが、
まさかその後でこんな不穏な出来事があったとは。
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航空会社と保険会社の人間によって構成される
事故調査委員会は、サリー達に疑いの目を向ける。
『ハドソン川への着水という危険極まりない賭け
をせずとも安全に着陸できたのではないのか?』
左エンジンがまだ動いていた可能性、
コンピュータによる着陸成功の試算、
それらがサリーの心を追い詰めていく。
未だに夢に見る事故時の恐怖、
自分の決断は本当に正しかったのかという不安、
そして、もし“英雄”から“偽の英雄”に世評が傾けば、
職務も家族も全て失ってしまうという憂い。
「42年間の経験がたった208秒の決断で疑われる」
正しいのは42年間の経験による判断か、それとも
機械が弾き出す冷徹無比のシミュレーションか。
事故の恐怖の記憶から始まる冒頭から、
サリーが仕掛けた最後の賭けまでの96分間、
僕は固唾を呑んでその様子を見守った。
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『ああすれば良かった』『こうすれば良かった』
という言葉は、事が起こった後であればいくらでも
口にできる。そもそも人は、己の望む結果が
出るよう恣意的に物事を考えがちなものだし、
事情を事細かに知らない第三者なら尚の事。
だが実際に現場に出くわした人間は違う。
事故の瞬間、刻々と悪化し続ける状況を
目にしながら、パニックに飲まれることなく
冷静にベストな判断を下すことができるか。それには
豊富な知識と経験に裏打ちされた強い精神が必要になる。
それに、あの機長の場合は着陸に成功したけれど、
何がベストな判断かなんて本当は誰にも分からない。
大事なのはとにかく、自分なりのベストを尽くすこと。
最も困難で奇跡的な業をやり遂げたのはサリーだが、
冷静にサポートした副操縦士や搭乗員たち、
そして身も凍るような川の上からわずか24分で
155人の救助に成功したという沿岸警備隊や
NY市警の人々もまたプロフェッショナルだ。
各々が自分の職務に責任とプライドを持ち、
各々が自分なりのベストを尽くした。
それが完璧に合致したからこその奇跡。
神様ではなく、人間が自ら起こした奇跡だ。
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イーストウッド監督は見事というか流石というか、
こちらの感情を終始揺さぶるドラマでありながら、
語り口自体は清流のように澄んでいて淀みが無い。
シンプルかつ豊穣。どのシーンにも無駄が無いのだ。
例えば、あの不時着を振り返るシーンは正味3度も
繰り返されるにも関わらず、シーンの負う意味が
毎回変わるので、飽きるどころか毎回スクリーンに
目と耳を釘付けにされる。
事故に対処した側だけでなく、乗客達の心情をも
さらりと切り取って魅せる辺りも、さりげなく巧い。
サリーを演じたトム・ハンクスも自然体で良いね。
実直で家族想いな彼からは、突然“英雄”になったこと
への戸惑いと苛立ちがストレートに伝わってくる。
副機長スカイルズを演じたアーロン・エッカートも
思いを共にする一番の味方として存在感を発揮。
最後の台詞もグッド(笑)。敵も味方も後味爽やか。
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この映画は、
あの出来事が偶然もたらされた奇跡なんかではなく、
自らの職務に誇りと責任を持つ者達が、己のベストを
尽くしてたぐり寄せた奇跡だった事を教えてくれる。
完璧かどうかは分からなくても、とにかく必死に
自分なりのベストを尽くすことが大事なのだと、
そう言われたような気がする。
にしても、こういう映画を作れるイーストウッド監督
自身もまたプロフェッショナルな御方だと思う今日この頃。
さりげないけど、凄い映画。
<2016.09.24鑑賞>
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余談:
レビュータイトルを大好きなFoo Fightersの曲
『Best of you』にしようとしたが、まあ
知らない人は何のこっちゃなのでやめた
(それにバリバリのロックだから映画の雰囲気と違うし)。
けどサビの歌詞がホントにピッタリなんすよ。
未聴の方はぜひ歌詞検索されたし。